07


明日の練習試合の相手は、同じ学園グループの音駒高等学校だ。

学校自体もさほど遠くないし、ライバル校ではあるけれど部員は皆いい人。
その上肝心のバレーも強いので練習試合ならば喜んで受けたい相手だった。梟谷の中だけで練習するよりも色んな選手のプレーが見れるし、勉強にもなる。


「そういや明日、練習試合か!」


ハンバーグ定食(ご飯お代わり無料)を頬張りながら木兎さんが言った。木葉さんもエビフライをくわえつつスマホを手にして、音駒の人とLINEをしている。


「なんかデカイ1年入ったってよ」
「え!何センチ?」
「さあ。聞く?」
「明日の楽しみに取っとくか」


デカイ1年か。
バレーをやるなら190の壁は超えたいなと思っていたが、俺はたぶんそこには到達しないだろう。


「赤葦明日も頼むヨン!」
「分かりました」
「頼もしいなお前。主将やろうぜ」
「木兎さんが怪我でもして引退したら引き受けますね」
「ちょっと聞こえてる!聞こえてるから!滅多な事言わないでちょうだい!」


これは、木兎さんに限って怪我はないだろう、と願っているからこそだ。
こんな人だけどストレッチはいつも念入りに行っているし、身体が柔らかい。同じバレー部として尊敬できる部分は沢山ある。


「で、あかーし?すみれちゃん呼ぶ?」


尊敬できる部分は沢山ある…が。


「呼んでません」
「オイィ!呼べよ!」
「でも来るそうです」
「コラァ!先に言えよ!」
「マネージャー決定?」
「さあ、まだ明日は見学ですから」


どういう心境で明日の見学を申し出てくれたのか知りたくて仕方がないが、それは明日聞こうと思っている。
そして出来れば昨日、駅で別れたあと何をしていたのかも。

そう言えば木兎さんが昨夜、白石さんを見かけたと言っていた。
彼女は何をしていたのか、一人だったのか、それを怪しまれずに木兎さんに聞くにはどうすればいいか。

一瞬のうちにいろいろ考えた結果、浮かんだ作戦を実行した。


「木兎さん」
「んー?」
「昨日、白石さんを見かけたって」
「おうおう!見た。本屋の階で」
「その時、木兎さんからマネージャーに誘えば良かったのでは?」
「いや、誰かと一緒だったから声かけてない」


作戦成功、情報をひとつゲットした。
しかし一緒に居たのは誰だろう。


「お!誰?男?」


俺の代わりに木葉さんが聞いてくれた。


「男だった」


OTOKO!
頭の中で木兎さんの声がこだました。

これは大きな情報だがあまりにもダメージが大きかった。駅で俺と別れたあと、別の男と待ち合わせ?


「あかーし安心しな!付き合ってるって感じじゃ無かったぞ!」
「…いや関係ないっす」
「あれ?お前ほんとにすみれちゃんと何も無いの」
「無いですよ、前から言ってるでしょ」


そうだ俺は白石さんにとっての何でも無い。
彼女が男と歩こうが、レズビアンだろうが、俺にはなんの関係も無い。1年間片想いをしてきただけの男だ。

そして1年という長い月日があったにも関わらず距離を縮めようとせず、最近になってようやく保健委員の仮面を利用して、「ただのクラスメート」の壁を壊し始めただけの存在。

明日、その事も含めてうまく聞き出せるように頑張ろう。その前にもちろん、練習試合にも勝つつもりで。





翌日の練習試合には、日曜日という事もあり部員の家族なんかも見に来ていた。また、近所のバレーボールクラブの子供たちや今後梟谷への進学を希望するバレー部員の中学生など。

その中でひときわ目立つ背の高い女性がいた。


「赤葦!すんごいキレーな人いる!すんごい!」
「凄いですね…びっくりしました」


ヒールを履いたら俺の身長を軽く越すのでは無いかというほどの長身だ。そして髪はさらさら、小さな顔に大きなパーツが詰め込まれたモデルのような人。

誰だろうなと思っていると、音駒の部員たちが着替えを終えて体育館に入ってきた。


「よう赤葦、よろしく」
「よろしくお願いします」
「黒尾!フツー俺への挨拶が先じゃねえの!?」
「はいはい木兎よろしくな」
「ひどい!赤葦なぐさめて」


この茶番は置いといて、白石さんの姿を探す。
すぐに見つかった、さきほどの高身長美人の隣に立っている。とりあえずはきちんと来てくれたことに安心した。

改めて音駒の面々を確認すると、見たことの無い部員がいる。こっちも新入部員が居るけれど、特別なのはその部員が、驚くべき身長である事だ。


「木葉さんの言っていたデカイ1年って…」
「んん?おわッ!でけえ!」


木葉さんもさすがに口をあんぐり開けて呆気にとられた。デカイ、と言うより高い。長い。全てにおいて「縦」の長さが強調される外見だった。


「おうリエーフ、挨拶しな」
「はい!」
「リエーフ??」
「灰羽リエーフっす!ロシアとのハーフで。あっ、ロシア語は喋れないんですけどね」


ハーフって…反則だろ。
近くに立つと、すらりと長い手脚が黄色人種との決定的な差を物語っていた。これだけ背が高ければ大きな戦力になるだろう。
対音駒の戦略を立て直さなきゃならないじゃないか。


「怖い顔すんなよ赤葦、こいつまだ素人だから安心して」
「そうなんですか?」
「そそそ。でも試合慣れさせたいから今日は出てもらう。手加減とか要らねーからバンバンやってくれや」
「よぉし!任された!」


木兎さんが大きな声で答えると灰羽はぎょっとした顔をしつつも、木兎さんの凡人らしからぬ身体つきと出で立ちに何かを悟ったようだった。火がついたのだ。

また面倒なやつが現れたものだ、バレーに限らず何かを始めたばかりの人間は、その魅力を知り始めてからの伸びが恐ろしいほどに速い。今年も合宿を重ねながら灰羽の様子を伺わないと。


ウォームアップが始まる直前、俺は挨拶をしに白石さんのところを訪れた。

隣の高身長美人が会釈をしてくれたので、俺も会釈を返した。きれいだ。白石さんも横に居るのに、思わずどきっとした。


「頑張ってね」
「ありがとう。白石さんから来たいって声かけてくれて嬉しいよ」
「うん…あのう、あのね」
「何?」


この前のように、白石さんが言葉を紡ごうとごにょごにょしている。

昨日一緒にいたという男の前でもこんなに可愛い仕草をしているのかな。ああいけない、もうすぐ試合なのに。
すると、やっと白石さんが言った。


「終わってから時間ある?」
「……え…ああ、ある」
「ちょっと話したい」
「うん、」


神様。
昨日彼女が誰と居たのか、いったん考えない事にしておきます。

目的は何であれ白石さんから誘ってくれた。それだけで何倍もの気合いが入ってしまった。
しかも、練習試合とはいえ試合している姿を見てもらえる。


数日前に思っていた「バレー部に来て少しでも元気になってもらえたら」なんて建前はいつの間にか消え、彼女のおかげで俺のほうが一喜一憂していた。
07.保健委員の仮面