07


「太一、白石さんだけど…」


放課後、俺が何も言わなくてもナナコが報告をしに来てくれた。「白石さん、5限の体育見学してたよ」と。俺が白石さんの体調を気にしているというのを賢二郎から聞いたらしい。

ナナコからの情報はとても有り難い反面、やっぱり学校に来るべきじゃなかったんだろうなと一層心配な気持ちは増していった。何様ですかって感じだけど。


「一応、大丈夫?って声かけてみたんだけど反応は薄かったね…」
「そっか…。ありがと」


白石さんの反応が薄かった原因は体調不良の他にも、きっとサッカー部の事を考えているせいだろう。更に間もなく行われる期末テスト。色んな事が重なってとうとう点滴をするはめになった白石さんに俺がしてあげられる事は何も無い。

賢二郎も「諦めるなよ」と言ってはいたが、白石さんの切羽詰まった様子を見て、無理やりアプローチをするのは止した方が良いと判断したようだ。白石さん以外のサッカー部の面々もいつもと様子が違っていたのは、やはり開催まで1カ月を切った全国大会のせいだろうか。


「すげえよな…気合の入り方っていうか、やってやる!みたいな雰囲気が」


期末テスト前最後の土曜日、賢二郎の部屋で勉強をしているがどうも集中できないでいた。俺がぼんやりと口にしたサッカー部の様子について賢二郎も「ああ」と相槌を打ち、問題を解くペンを置いた。


「初めてだからだろ」
「そっか…そういうもん?」
「バレー部は常連だから、監督だって顧問だって要領つかんでくれてるけど。それが全部手探りなんだろ?サッカー部は」


賢二郎の言う事には合点がいった。なるほどな、過去に栄光を築いてくれた先輩たちに感謝しなくては。だから白石さんも、これまでは県内の強豪に注目していたのが全国各地の強豪校に目を向けなければならなくなった。
高校サッカーともなればU17の日本代表として海外を経験している選手だって居るだろう。テレビで生中継の試合に出ていた選手が目の前に現れたらと思うと恐ろしいだろうな。


「…そりゃ大変だわ」
「今から新聞やテレビのインタビューだってちらほら来てるだろ。浮足立つのも仕方ない」
「うげえ…」


確かに、初めての全国出場と言うことでサッカー部への取材は県外からも来ているようだった。ハヤシは新聞にも載っていたっけ。


「俺たちも来年の春高が決まったら、あんなふうにインタビューされんのかな」
「受けたくないけどな」
「そお?俺はキョーミあるよ」


インタビューなんてちょっと憧れる。目立つのが嫌いな賢二郎はあまり乗り気じゃなさそうだけど、俺はいつか女子アナにマイクを向けられてみたい。
…けど、全国大会に出るってことはまた烏野と試合して、今度は勝たなきゃならないのか。俺たちと当たる前にどっかに負けてくんねえかな、烏野。





翌日、日曜日。練習は午前中のみで終了し、「赤点取ったらただじゃおかねえからな」と言う監督の叱咤激励を背中に受けて体育館を後にした。ちくちく胸に刺さる言葉だったが今回も賢二郎のお陰で平均点を取れるだろう。賢二郎が教えるのが上手いというよりは、「同じ空間でこいつが勉強している」と言う状況が俺に危機感と緊張感を与えてくれるのだ。賢二郎様様である。

そんな賢二郎もさすがにずっと机に向かうのは疲れたようで、小腹がすいたので再び近くのコンビニに行く事にした。


「こんな真昼間にフリータイムなんて嬉しいわ」
「テスト期間中だけどな」
「けど、勉強するかどうかは自由だろ?」


俺がそう言うと賢二郎はあきれたように肩を落とした。負けず嫌いの彼はどうあっても成績を落としたくないらしい、俺だって赤点は勘弁だけれども。

コンビニでは秋冬限定のお菓子とか、そういったものが色々と並んでいる他に赤と緑の装飾が目立ち始めていた。
クリスマスまで3週間を切っている。告白するならクリスマスまでに、とつい先日目標を(無理やり)決めたところだが、果たしてそれは現実的だろうか。


「…寄り道していい?」


学校へ戻りながら聞いてみると賢二郎はうなずいた。俺がどこに寄り道したいのかを分かっているからだと思う。こんな時、賢二郎が女だったら良いのになとさえ感じてしまう自分が恐ろしい。言っとくけど俺は正真正銘のストレートだ。

俺はハヤシの会話を、賢二郎は白石さんの会話をそれぞれクラスで盗み聞きしていたのでこの土日もサッカー部が練習をしている事は知っていた。
広いグラウンド全てが今はサッカー部のものになっている。夏には「バレーボール部インターハイ出場おめでとう」と垂れ下がっていた校舎の横断幕も、今では「祝・サッカー部全国大会初出場」の文字に変わっていた。

何の期待もしていないし、今はそういう場合じゃ無い事は分かっているけどやっぱり白石さんの姿を探してしまう自分が居る。
見つけたところで話しかける暇は無い。白石さんが奇跡的に目の前に現れたところで、ゆっくり俺と会話をする余裕も無いだろう。彼女の中では今、もっとも大切な揺るがない事があるからだ。


「…けんじろー」
「ん」


寒いのが苦手な賢二郎がこんなところでサッカー部の練習見学に付き合ってくれているのはとっても有り難い事である。基本的に他人に興味を示さない賢二郎が俺の恋路を応援してくれるのも。

しかしやっぱり思ってしまったのだ。諦めようという訳ではないが、今はその時では無いんじゃないか、と。


「このあいだ賢二郎は、攻めて行けって言ってくれたけど」
「ああ」
「やっぱり今は駄目だと思うわ」


今は無理、じゃなくてたぶん駄目かなと。俺の弱気な発言に呆れられるかと思ったが、賢二郎は以外にも反応が薄かった。


「…太一が我慢を覚えるなんてな」
「俺は犬ですか」
「正解だと思うよ。俺もちょうど同じ事思った。白石さんの夢を邪魔しちゃいけないだろ」
「夢か……」


全国大会で勿論優勝する事が夢なのだろう。過去に一度も全国出場を果たしていない白鳥沢のサッカー部はきっとダークホースだ。突然現れた強敵白鳥沢、って格好いいな。
そのチームメイトと一緒に歩んでいくのが白石さんの夢。ああ、俺には邪魔できない。


「けんじろ、俺の夢…わかる?」
「白石さんと付き合いたい。」
「当たり………」


その白石さんと付き合うのが俺の夢で間違いない。いや、もっと沢山あるけどさ。来年は春高行くぞーとか、ちゃんと考えてるけどさ。


「じゃあ俺の夢、分かるか?」


今度は賢二郎が言った。賢二郎の夢って何だろう。身長を伸ばすこと?なんて言ったら殴られそう。


「あー…あ。そろそろナナコとそういう関係になりたいとか?」
「ああ、それは無事に終えた」
「……ッええ!!?」
「声でけーよ」
「いやいや、まじかよ」


何だよちくしょう、知らない間に賢二郎が一歩先を行ってしまったか。確かに復縁してからの二人は順調だったし、前よりも仲睦まじく見えけれども。

俺もいつか白石さんと…白石さんと。あーあ、白石さんはあそこでハヤシと何か話してる。何十メートルも離れているから会話の内容は全然聞こえない。
どうにかして聞きたかったけど、日曜日に私服の俺達がグラウンド横に長居するのは目立ちすぎるので、賢二郎に小突かれながら寮へ戻ることにした。

スクラップ・アンド・チルド