06


テストまで残り5日間。2学期の期末テストは範囲が広くて少しばかり大変だ。先日コンビニで買ってきたスナック菓子が新品のまま残っているので開けようとしたとき、部屋のドアがノックされた。


「よう」
「おう」


客人は太一だったので、いつも彼が座っているクッションを投げ渡した。受け取った太一はそこに座り込み、一応勉強道具を持っているので机の上に広げ始める。しかしどうやら筆は進まないようだ。


「今日は何の科目?」


勉強が手に付かない様子の太一に敢えて聞いてみると、やっぱり何も返事は無く少し唸っただけだった。
白石さん関連だな。川西太一がセンチメンタルな雰囲気を醸し出すのはどうも慣れない、気持ちが悪くて。


「勉強しないなら帰ってくんね?」
「…話があるって言ったら?」
「白石さんの話なら聞いてやらん事もないけど」
「……」


ビンゴだな、と俺はペンを置いた。
そして先程開けようとしたスナック菓子の袋をびりっと開けたが、思ったより広めに破れてしまったので仕方なくパーティー開けにした。無言でそれに手を出す太一に最初の頃は突っ込んだけど、どうせ一人じゃ食べきれないので何も言わないでおく。

ぱりぱりと数枚食べてから、太一は「うめえ」と呟いた。おセンチにも程があるだろ。


「…今日さあ。授業中の白石さんってどんな感じだった?」


そして、次の一枚を取り出しながら太一が言った。太一に「白石さんの事が好き」と言われてから彼女の事を意識してはいるが、元々本当に目立たない人なのでこれと言って何も無い。ごく普通にクラスでの時間を過ごしていたように思える。


「いつも通りだったと思うけど」
「そっか…実はさ、夕方保健室でばったり会ったんだよ。微熱があるって言ってて」
「微熱?」


微熱なんてありそうだったかな。そもそも白石さんの席は俺よりも前なので、顔色はあまりよく見えないから分からない。確か帰りのホームルーム後はすぐに教室を出て部活に向かっていたはずだ。俺も同じく部活だったから、ちゃんと見ていないが。

太一の話によると白石さんは保健室のベッドで寝ていたらしく、自称「微熱」だが太一が触れたところ、どうやら高熱の可能性があるらしい。と言うか、どうやって白石さんに触ったんだよ。


「…で?」
「で、そのまま部活行こうとするからさ。フラッフラだったからやめとけって言ったんだけど…俺ちょっと説教じみた事言っちゃった」
「はあ?」
「部活もいいけど自分も大事にしなよ、的な」


しばらくの間。
太一の言った事は正しい、とは思う。普段真面目そうな白石さんの事だから、自分の体調が優れないくらいで部活や学校を休みたくは無いのだろう。大きな大会まで残り1ヶ月を切った状態では尚の事。


「…それ説教って言うか、下手したら気持ちバレたんじゃねえの?」
「うーん、そう思います?」
「だって太一と白石さんの距離感考えたら不自然極まりないだろ」
「それを言わないで」


踏み込み過ぎた事については太一も自覚しているらしかった。心配な気持ちは分かるけれども、言い方を間違えれば白石さんの心労が増えるだけになってしまう。俺もその道のスペシャリストじゃないから何とも言えないけど。
明日はもう少し白石さんの様子をしっかり見てみるとしようか。





朝練を終えて教室に入った瞬間から白石さんの机に集中しているのに、なんと白石さんが登校して来ない。担任が言うには遅刻の予定なのだそうだ。さらに女子たちが話している声に聞き耳を立てたところ、病院に行ってから来るらしい。

これは太一に言うべきか言わないべきか。…とりあえずは言わないでおこう。


「あっ、すみれちゃん」


3限目を終えた時、誰かが白石さんの名前を呼んだ。その子の目線を追ってみると、白石さんが教室に入ってきて「おはよう」と返しているところだった。一応笑顔だが、ちょっとげっそりしている。


「大丈夫ー?」
「うん。点滴してもらった」
「点滴!?休めばいいのに」
「休めないよーテストも近いのに」


テストが近いから無理をして来たわけじゃないんだろうな。白石さんは席に着くとすぐに何冊かのノートや本を取り出していたが、それは授業に使うノートでは無かった。

昨夜太一からの話を聞いた後でそんな姿を目にしたもので、白石さんの事を好きではない俺だって若干心配になってくる。相手がナナコなら「無茶な事するな」と叱るかも知れないが白石さんに向かってそんな事言えない。

白石さんの周りから女子が少なくなったのを見計らって、俺は席を立った。


「白石さん」
「へっ、あ…白布くん」
「きのう熱出して寝てたって聞いたけど大丈夫?」


そのように聞きながら白石さんの机に視線を落とし、ノートや本にどんなことが書かれているのかを盗み見た。
するとどうやらテーピングやマッサージの勉強までしているらしく、ネットから印刷したマッサージ方法のページがちらちらと覗いていた。マッサージの事まで勉強しているのか。


「大丈夫だよ。川西くんにもありがとうって伝えといて」
「あ、うん…あいつ変な事言ってなかった?ごめん、悪いやつじゃないんだけど」
「ああ…んーん、大丈夫」


白石さんは力なく笑った。


「でも一分一秒無駄にしたくないから。白布くんたちだって試合前はそうでしょ?」


そう言われると何も言い返せなくなり、そうだね、と答えるのみで会話を終えてしまった。

まだ熱は下がっていないんだろうか。点滴をしてまで学校に来る根性には頭が下がるが、これは太一が知れば騒がしくなりそうだ。





昼休み、最近は俺のクラスに来て白石さんの観察をしていた太一であったが今日は食堂に呼び出す事にした。不服そうにされるかと思いきや久しぶりの食堂メニューを選ぶのが楽しそうだったので一安心である。


「白石さんなんだけど」


互いに食事を開始して一段落したところで俺は口を開いた。太一も白石さんの名前を聞いて、生姜焼き定食を食べながらもぴくりと顔を上げた。


「今日、遅刻してきた」
「ぶっ!」


太一の口から白米が飛んできた。こいつが食べているのがカレーじゃなくて心底良かったと思う、白いブレザーにカレーがついてしまうと格好悪いったらありゃしない。「ごめんごめん」と言いながら太一が寄越してきたティッシュで拭きながら俺は続けた。


「病院寄ってきたらしい。点滴してきたって」
「点滴って…いつ来た?」
「3限と4限の間」


俺が答えると、そっか、と言いながら箸を進めた。しかし口を動かしながらも彼の目は焦点が合っておらず、頭の中には白石さんが居るのだろうと思う。その証拠に、噛んでいたものを飲み込むと我慢出来なさそうに質問した。


「…それで?大丈夫そう?」
「ああ。川西くんにもお礼言っといてって言われた」
「……そうか」


川西という名前を覚えていてくれたのか!と喜ぶかと思ったが、太一の頭にそれは無いらしい。こいつの浮かれ具合が常識的で良かった。
その後も太一はせっかくの生姜焼き定食を美味しくなさそうに食べ続ける。


「大会までは一分一秒無駄にしたくない、だってさ」


追い打ちになるかも知れないけど、白石さんの印象的な言葉を伝えると太一のテンションは音もなく落ちていった。それでも黙々と食事が進んでいるのは無意識なんだろうなあ。

味わい深い悩み