04


いつも押せ押せで余裕ありげな川西太一が浮かない顔をしていると、どうも俺の調子まで狂ってしまう。

昨夜天童さんのお遣いを頼まれ、偶然白石さんとコンビニの前で出くわした。その際彼女はハヤシの事をファーストネームで呼び、ハヤシはサッカー部のムードメーカーであると語っていた。

1年の時からマネージャーをしているらしいから名前を呼ぶのは不自然ではないが、少なからず白石さんがハヤシの事を近しい存在として見ているのは間違いない。


「…俺、諦めようかな」


練習の合間、ふとした時に白石さんの事を思い出してしまうのだろう。太一はどんよりした顔で呟いた。


「諦めんのかよ。俺には引くなって言ったくせに」
「お前らは明らかに両想いだったんだもん…つか自分の事になると無理」


体育館の床に座り込んだ太一はため息交じりに言うと、ボールを手の中で遊ばせながらぼんやり遠くを見ていた。五色を含む県内の1年生が練習に励むところを。

太一はいつも自信満々という訳ではないがネガティブな部分を見せる事もない。だからこそ目に見えて思い悩む太一を見るとおかしな気分になるんだが、俺からすればそこまで気にする必要は無いかに見えた。
男ならほぼ誰もが羨む高身長、顔だって悪くないし(ナナコだって言っていた)スポーツが出来るというのは大きな長所だ。これだけの武器を持って何故太一が積極的に動かないのか甚だ疑問である。


「最後まで頑張ってみれば」
「……最後まで?白石さんはハヤシが好きなのに?」
「それはまだ確定じゃないだろ」
「んー」


煮え切らない返事だ。俺が何かについてエールを送る事なんて滅多にないんだから素直に頑張ってもらいたいのだが。


「あー!すんまっせん!」


その時、ボールが結構な勢いで飛んできた。それとともに叫び声と謝罪の声。
顔を上げると烏野の小さいほうがボールを追いかけて走ってきていた。

ボールは何度か地面で跳ねた後で勢いが弱まり、ちょうど座っていた太一の足元へ。


「うわ!し、白鳥沢の!?」
「…そりゃあココは白鳥沢ですから。」
「あ、そっか…」
「はいボール」


太一はボールを拾うと立ち上がって山なりに投げた。烏野の10番はキャッチするとそのまま去るのかと思いきやじっと太一を見上げていて、何か言いたげである。


「お…おっきいっすね」
「え、俺?背?どうも…?」
「どんな練習してるんですか…」


横で見ている俺からすれば大人に叱られている子どもみたいだ。彼の身長は170に満たないし体格が良いとも言えないので筋力も少ないだろう。そりゃあ目の前で太一に立たれたらびっくりするよな、俺ですら初対面の時は「勘弁してくれ」と思ったくらいだ。
太一は対処に困っているらしく、ぽりぽりと頬をかきながら答えた。


「練習内容はあんまり変わらないと思うけど。ていうか勝ったのはそっちでしょうよ、逆に教えてよ練習方法」
「で、でも…お上手だったんで!」


それに対し俺も太一も引きつった笑みを浮かべたところで、デッカイ1年生に「日向!」と呼ばれた10番が慌てて振り返りやっと1年たちのコートへ戻っていった。どいつもこいつも年下かよふざけんな、俺に身長を分けろ。


「お上手だって。良かったな太一」
「そうか?」
「お前が何とも思ってない事だって、他人から見れば恵まれてるんだよ」
「どういう意味っすか」
「協力してやるからグダグダ甘えずに頑張れボゲって意味」
「怖いです」


ちょっとばかり機嫌を損ねた俺なのでこんな言い方になってしまったが、太一の恋を応援するというのは本当だ。なかなか動きそうにないので作戦を立ててみる事にする。





「とりあえず目標設定しろよ」
「目標?」


その日の夕方、ロードワークを終えて校門をくぐったところで歩きながら提案をしてみた。何事も目安となる目標を決めなければ行動に移すのは難しいのではないかと考えたのだ。


「いつまでに告白したい、とか。そういうの考えてねえの?」
「告白って…気が早くね?」
「あくまで目標だよ」


期日を決めればウダウダと行動に起こさず考え込む事も減るだろう。大きなお世話だと言われればそれまでだけど。太一はしばらく唸っていたが、どうやら考えてくれているようだ。


「…クリスマスまでには」


クリスマスと言うと残り20日間とちょっと。男女が知り合って仲を深め、告白に至るには特に問題ない日数に思える。


「分かった。クリスマスな」
「あくまで理想よ?一緒にクリスマス迎えたいなっていう理想。それまでに仲良くなるチャンスがあれば良いんだけど」
「作れよチャンスは。ほら」


ちょうどサッカー部のグラウンド横に差し掛かったので声をかけると、太一はすぐにグラウンドを向いた。
白石さんの姿を探しているらしく、長い首を更に伸ばしている。俺も一緒に白石さんを探してみるけど見当たらなくて、二人してグラウンドの中ばかり見ていたもんだから前から歩いてくる男の気配に気付けなかった。


「誰か探してんの?」
「!」


俺は、いや太一もひやっとしたに違いない。それは紛れもなくハヤシの声だったのだ。
あの一件以来俺は当然ハヤシと喋ってないし、太一もクラス内での会話は多くないと聞く。しかしハヤシは、俺たちがグラウンドを覗いているのを怪しんでいる様子は無かった。


「探してるとかじゃないよ、なあ」
「…おう。練習風景見てただけ」
「ふーん…」


ハヤシはとても微妙な表情であった。無理もない。俺もきっと今、何とも言えない表情をしているに違いない。
太一はそんな俺たちを見て話題を出すか迷っていたようだが、ふと俺の頭に台詞が浮かんだ。


「全国行くんだって?おめでと」
「………賢二郎」


俺の名を呼ぶ太一の声にはいくつかの意味が込められていたけど、別に喧嘩を売ってるわけじゃない。単純にお祝いの言葉を述べたまでだ。


「…ありがとう」
「サッカーのほうが狭き門だよな。普通に尊敬する」
「別に…まあ…チョー大変だったけど」
「だろうな」


今、俺とハヤシとの間ではなんとも形容しがたい空気が流れている。あの時のことなんて俺はなんとも思ってないけど、ハヤシからすればそうでは無いだろうし。
「頼むから変な事は言わないでくれよ」という太一からのテレパシーを感じたのでこれ以上はやめておくか。しかし、ハヤシのほうが口を開いた。


「白布に言った事、自分に返ってこないように頑張るわ」


聞こえてきたのは予想だにしていなかった台詞で、俺も太一も呆けた顔をしたに違いない。反射的に「頑張って」とだけ返すとハヤシは頷いた。


「じゃあ俺も走って来るから」


そして既に暗くなった学校周辺へと一人、走り去って行ったのだった。
別に俺はあの時ハヤシが感情任せに言ったことは根に持っていないのだ。そりゃあ当時ははらわたが煮えくり返ったけど、あの時は色んなことがごちゃごちゃしていたから。


「…和解?」


ハヤシの姿が遠くなると、隣で気配を消していた太一は緊張の糸が切れたかのように言った。


「さあな。それより白石さん見つかったのかよ」


今日の目的である白石さんの姿は今のところどこにも見えない。マネージャーの仕事はただグラウンドを走り回るだけでは無いので、今は別の場所に居るのかも。
太一も首をきょろきょろと回していたが、ある時その動きがぴたりと止んだので俺もその方角を見る。と、遠くに飛んだボールを拾ってきたらしい白石さんが走って来ていた。


「忙しそうだな」
「だよな…」


ボールを誰かに投げ渡すと、今度は近くに散らばっていたボトルを拾い集めてゆく。部員が「ありがとー」と彼女に言うのが聞こえ、白石さんも笑顔で返していた。その後白石さんは大量のボトルをかかえて、中身の補充に向かったようだ。


「大変そう」


太一がぽろりとこぼすのが聞こえた。独り言なのか俺に語りかけているのか分からなかったから、そうだな、と返事をする。そのまま何も言わないので、遠くに歩いていく白石さんの姿を目で追っているのだろう。
彼女が角を曲がって見えなくなった時、ようやく太一は声を発した。


「けど、ああいうの…楽しそうにやってるところが好きなんだよ。充実してるんだろうな」


その充実の対象がハヤシの居るサッカー部だと言うのに、俺の前ですら穏やかな表情を造り上げているのは立派だと思う。今だけは気付かないふりでもしてやるか。

僕らはみんな息してる