02


どうやら俺の親友、川西太一にようやく春が来たらしい。
片想いの相手は俺と同じクラスの白石さん、何の因果かサッカー部のマネージャーだ。俺は白石さんとあまり話したことが無いけど、無駄に騒ぐこともなく、かと言って愛想が無い訳でもなく、あまり目立たないけど素朴な感じで太一の心をくすぐるには丁度良い雰囲気だったのかなと思われた。


「…もーやだよ俺。挫折しちゃう」


しかし、その太一は俺の部屋でローテーブルに頭をつけて落ち込んでいる。でかい図体の男をここまで小さく見せるとは白石さんもなかなかやるな。何もしてないけど。

それも仕方のない事だった。ここ数日間、グラウンドの白石さんの様子を見ているとどうもハヤシに対しての態度だけ違うような気がするのだ。甘く特別な感情を持っている女の子の目でハヤシを見ているような。
けど、近くで見ているわけじゃないから確信はない。「そんな風に見える」ってだけだ。


「まだハヤシの事が好きって決まったわけじゃないだろ」
「賢二郎が言ったんだろ?もしかしてハヤシの事好きなんじゃねえかって」
「…そうだったかな」
「そうだよ。ちくしょうめ」


太一が女の子を好きになるのはこれが初めてではない。確か1年生の時にもブラスバンドに可愛い子がいると言ってそわそわしていたけど、その子はバスケ部の誰かと付き合っているとかで諦めていた。俺にはハヤシと付き合っている最中のナナコと「寄りを戻せ」としつこく言って来たくせに、やはり自分の事になると違うようである。

でも俺が今こうしてナナコと前より仲良くやれているのは、太一のお陰である事は間違いない。せっかく白石さんと同じクラスなわけだし、少しくらい様子を伺ってみてやろうか。
…とは言っても白石さんと話す機会もあまり無いので、教室内での彼女の動向を眺めてみる。
授業は真面目に受けており、休憩時間は数人の友人と次の授業の事や部活の事を話す普通の女子高生だ。

唯一特徴的なのは、白石さんは今サッカー部が忙しくててんてこまいになっていると苦笑いしていた事くらい。

何故サッカー部が「てんてこまい」になるほど大変なのか、それは俺たちバレー部の耳にも入っている。サッカー部は見事予選を勝ち抜き、全国高校サッカー選手権への出場権を獲得したのだ。宮城県の代表として。
「サッカー部、全国決まったんだって?おめでとう」とかなんとか声を掛けてみようかと思ったけど、俺がいきなり話しかけるより太一から言わせたほうが良いだろう。


「おお。それいい案」


昼休み、俺のクラスに来て昼食を食べる太一に提案してみると当然彼は頷いた。しかし懸念点は色々ある様子。


「…けど、いきなりそんな事言って怪しまれないかな?」
「何を怪しむんだよ」
「だってさあ、俺と白石さん…あんまり喋った事無いし」


確かに太一がサッカー部のマネージャーと話す機会なんか無い。太一のクラスにはハヤシを含めた3人のサッカー部員しか居ないから。でも話題は他に浮かばないので、どうにかこの昼休み中に白石さんに一声掛ける事を決心したようだ。面倒だけど俺も一緒に。

ひとまず俺の席でパンやらおにぎりを平らげた後、教室内のやや前のほうで友人と過ごしている白石さんへと目をやる。他の女子が居る間は難しそうだ。白石さんが一人で居る時を狙った方が良いだろう。
太一も同じ考えのようで、談笑する白石さんをもどかしそうに眺めていた。

間もなく昼休憩が終わる5分前になり諦めかけていた頃、チャンスが訪れた。白石さんが「トイレ行ってくる」と席を立ったのだ。


「太一、行くぞ」
「え、トイレついて行く気?」
「ふざけんな」


誰が女子のトイレについて行くか、こいつ調子に乗ってるとブッ飛ばすぞ。大きな恩があるから大目に見てやってるというのに。
太一は首をかしげながらも立ち上がり俺についてきて、教室の後ろ側のドアから廊下に出た。白石さんは前のドアから教室を出てトイレに向かっていたので、その時丁度すれ違う事が出来るのだ。偶然ばったり出くわしたふりをして話しかける事にする。


「あ、白石さん」


さもたった今白石さんの存在に気付いた芝居をしながら、俺は彼女に声をかけた。白石さんは顔を上げて俺と、俺の隣に居るデカイ奴を見上げてから首を傾げた。


「白布くん?何?」


太一の事はやっぱりよく知らないのか、白石さんは俺のほうだけを見て言った。俺は特に用事が無いので、白石さんに気付かれないよう太一を小突く。
太一はわざとらしく喉を慣らし、頭をかいたりつま先をこんこんと廊下に付けながら言った。


「あー、と…そうだ。サッカー部の事聞いたよ。全国出場おめでとう」


偶然思い出しました、という白々しい演技で太一が言った。こういう事を器用にやってのけるのは正直羨ましい。


「…ありがとう…えっと…白布くんの友だちだよね?」


白石さんは川西の顔は知っているけど名前は知らないらしい。そして、そんな男から突然祝いの言葉を言われて少し引いているので紹介することにした。


「うん。こいつ隣のクラスの川西。」
「川西です。よろしく」


太一が挨拶すると、白石さんも少しだけ会釈した。俺たちが彼女の行く先を通せんぼしているので白石さんは立ち止まったままだ。この機を逃すまいと太一は話を続けた。


「ハヤシから全国行き決めたって聞いたからさ、すげえなって思って」
「ああ…」
「川西はハヤシと同じクラスだから」
「そうそう」
「ふうん…」


白石さんは太一の話には空返事のようで、そわそわし始めた。まずいかな?太一もちょっとだけ感じていると思うけど、まだ彼の中では問題ないラインらしく口は止まらない。


「…で、白石さんいっつもマネージャー頑張ってんの凄いなって思うから。サッカー部も人数多くて大変そうだよな、なんたって11人で1チームだし、」
「ごめん。トイレ行っていい?」
「あっ、ハイ。」


あっさり太一の話は切られた。そう言えば白石さんは昼休みの最後の5分間でトイレに行くため席を立ったのだ。足止めが長すぎたか。


「…悪い。」


俺が止めれば良かったかなと思い詫びてみると
、太一はやはり少し萎えていた。


「いいよ…ま、とりあえず名乗れたし。俺の名前が記憶に残ってるかは別として」
「ちょっとずつ攻めてくぞ」
「ええっ、お前他人の事になると強気だね」
「お前もだろ。また部活でな」
「…うす」


太一は力なく片手を振ると、自信のクラスへ戻っていった。ちっせえ背中。どうやら結構本気で白石さんに惚れてしまったらしい。


午後も白石さんの様子を伺ってみたのだが、ハヤシの事を好きなのかどうか確信が持てるほどの出来事は無かった。
しかし彼女がマネージャーとしての仕事をほぼ一人でこなしている事や、部員ひとりひとりの事を把握するため分厚いノートを持っている事、メンタルケアの本を読みふけっている事を今日一日で知ってしまった。

つまり、川西太一と言う新キャラが白石さんの世界に入り込む余裕は今のところ無いような気がする…という、あまり良くない結論に至ったのである。

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