20170720


誕生日にはいろんな人からプレゼントをもらうことが出来る。愛想のいい顔と立ち振る舞いのおかげで同級生や年上・年下問わずである。
毎年毎年「今日は誰から何をどのくらいもらえるかな」なんて考えるのが楽しみだったがそれは去年くらいから狂い始めた。


「ハイおめでとう」
「おめでとう」
「おめでとうございます」
「………。」


部室に入ると主将である俺の誕生日を全員が覚えていたものの、渡されたものは牛乳パンや牛乳パンや牛乳パンであった。同じものばかりこんなに要りません。岩ちゃんがくれたやつなんか賞味期限が今日になってるし。


「チョット!炭水化物とクリームばっかりこんなに要らないんですけど!」
「好きだろそれ」
「好きだけどこれ1週間は毎食食べなきゃ無くならないじゃんか?ていうか食べきる前に腐っちゃうよ」
「俺の時だってシュークリーム地獄だったろ」


むむむ確かにマッキーの誕生日プレゼントを「シュークリームでいいよね?はい」と適当に選んでしまったことは記憶に新しいけれども。
歯ぎしりしつつもありがたく受け取ったところで最後に部室に入ってきた国見ちゃんが「及川さん牛乳パン好きでしたよね」とさらにもう一つ俺の手の中に牛乳パンが積まれた。

皆で絶対作戦を立てていたに違いない、全員が牛乳パンを寄越してくるとは。
こんなに同じものばかり食べていたら嫌いになってしまいそうだ。そう思いながら朝練後に食べたひとつめの牛乳パン(一番賞味期限が短い岩ちゃんからの分)を食べると普通に美味しかった。パンに罪はないもんな。





昼休みになるころには女の子たちからの有難〜い頂き物が増え始めたのでバリエーションが豊かになっていたが、それでも机に下げた紙袋には牛乳パンが大量に詰め込まれていた。


「…はあ。」
「ため息つくなよ。うまかったろ?」
「美味しかったけどさ」
「じゃあいいジャン」
「そういう問題じゃありませんよね!」


そんな会話をしつつ教室で牛乳パンを食べる俺、お弁当を食べる他の面々。塩っぽいものが食べたいなあ。まあ美味しいんだけど。ちゃんと色んなメーカーの牛乳パンが集められている事だけが救いなのだろうか。

ひとつめを食べ終えてふたつめの袋(朝練後に食べたのを含めるとみっつめ!)を開けようとしたら、その袋がなかなか開かない。
時々開けにくい袋があるんだよな、と力を込めてぎりりと両手で引っ張ると、べりっと軽快な音を立てて袋が破れた。ついでに勢いよく引かれた俺の腕が偶然横を歩いていた白石さんの手に当たってしまった。


「あ」
「あっ」


ごめん、と言おうと顔を上げた時その子の手からは何かが落ちた。
その場の全員がスローモーションで見送ったかもしれない。白石さんのお弁当が教室の床にべしゃりと落ちていくのを。


「…あ。」
「げ!?ごめん!」
「及川クンさいてー」
「さいてー」
「っさいな可愛くねーよ!」


マッキーもまっつんも手伝えよこういう時は。平謝りで白石さんに頭を下げると「いや大丈夫…」と気まずそうに首を振られた。しかし床には見るも無残に散らばったお弁当の姿がある。

「大丈夫」とは言うものの白石さんのお弁当をこのような姿にしてしまったのは自分なので、何かお詫びをしなければと考えを巡らせる…までも無い。今日の俺は食料だけは豊富に持っているのだ。


「ほんとごめんね…」
「いいよいいよ。及川くんも床にパン落ちちゃったね」
「え。あーほんとだ」
「それ俺があげたやつじゃん。花子ショックだわ」
「うっせえから」


俺が今開けようとしていたパンはマッキーからのぶんだったらしく、袋が派手に破れたおかげで床に落ちていた。勿体ないけど白石さんのお弁当の中身と一緒にゴミ箱へ。そして俺は紙袋から別の牛乳パンを二袋取り出して白石さんへ差し出した。


「ごめん。ご飯にならないかも知れないけどこれ食べて」
「え、そんな悪いよ」
「いいから」


俺のせいで女の子の昼ご飯が一食抜かれるのはあまり気分のいいもんじゃないし、貰い物で申し訳ないけどパンを渡した。
白石さんは最初は断っていたけど最終的には受け取ってくれて、ふたつとも牛乳パンであることに気づくと首をかしげていた。


「ゴメンネ白石さん、こいつ牛乳パンしか持ってなくてさあ。頭おかしいよね」
「お前らのせいだよね!」


まるで俺が毎日のように大量の牛乳パンを持ち歩き消費しているかのような言いぐさは聞き捨てならない。黙々と焼きそばパンを頬張る岩ちゃんの隣で笑うマッキーよ、お前には来年もシュークリームだ。


「及川くん牛乳パン好きなの?」


白石さんは俺がこんなに牛乳パンを持っている一連の流れを知らないので、純粋に質問をしてきた。牛乳パンのことは間違いなく好きだ。食べ過ぎで嫌いになる可能性があるけど今のところはまだ好きだ。


「好きだよ…いつもこんなに持ち歩いてるわけじゃないけど」
「ふーん…?」


白石さんは不思議そうな顔をしていたが、「パンありがとう」と言ったあと友達の席へ歩いて行った。牛乳パンをふたつ持って。
白石さんの友達が「お弁当は?」なんていう質問をしているのは耳が痛いので聞こえないふりをしておく。





朝練後にひとつ、お昼にみっつ、放課後にひとつの牛乳パンを食べてから行った練習はあまり調子が良くなかった。絶対に栄養が偏っている気がする。
だって今日は食堂の日替わり定食を食べようと思っていたのに、パンを食べ切らなきゃ勿体ないんだもんな。俺って地球にやさしい人間だから食べずに捨てるなんてことはしたくないし。


「……おなかすいた。」
「あと何個残ってる?」
「お陰様でまだ10個以上!」


悪戯好きの部員からだけでなく、単に俺の好物が牛乳パンであることを知る人が好意でくれたものもある。これは明後日までかかるかもしれないな、力が出るだろうか。そろそろ味に飽きてしまったので、大好きな牛乳パンを嫌いになってしまわないか心配だ。
家に帰って夕食だけは普通のものが食べたい、お肉とか野菜とか塩っぽいものとか!

へろへろの足で校体育館を出て部室までの道を歩いていると、ちょうどこちらに向かってくる人影を発見した。


「あ。及川くん居たー」


そこには昼間にお弁当を残念な姿にしてしまった白石さんが居て俺の前で足を止めた。俺も岩ちゃんも他の部員も、彼女が俺を探していたような雰囲気であることに気づき立ち止まった。


「こんな時間にどうしたの?白石さん部活とか入ってたっけ」
「入ってないよ」


だよな、俺の記憶によれば確かに彼女は帰宅部だ。一応社交性の高い俺はクラスメートが何の部活に入っているのかだいたい把握しているのである。しかしその白石さんが何故こんな時間まで学校に残っているのかと首をかしげると、彼女は鞄の中から何かを取り出した。


「はいこれ、あげる」
「!」


出されたそれを目視するのは少しの勇気が必要だった。今朝からことごとく「あげる」と言われてもらったものが牛乳パンだったのでトラウマみたいになっている。
しかし白石さんの手の中のそれは牛乳パンではなくて、駅ナカのちょっと有名なおにぎり専門店の袋だった。


「な、なにこれどうしたの」
「及川くん運動部なのにあんなのばっかり食べてちゃ駄目だよ。お米も食べないと」
「え。」


袋をずいっと突き出されて受け取ると、中にはおにぎりが三つも入ってる!俺が今日ずっと食べたかった塩っぽいものだ。


「……い、いいの?」
「お昼、パンもらったし…主将なんだから菓子パンばっかり食べてないで体調管理しなきゃ」
「ぶっ」


吹き出したのは俺ではなくて後ろで聞いていたメンバーだ。こいつら後で覚えておけよ。


「ありがと…」
「うん。じゃあね」


白石さんは俺が袋を完全に受け取ったのを確認すると手を離し、校門のほうへと歩いて行った。これを買ってわざわざ戻ってきてくれたのかあ、俺が牛乳パンばかり食べていると思って。(実際、今日は牛乳パンしか食べていないけど。)


「…お米だあ」
「美味そうじゃん一個くれよ」
「俺おかかー」
「ヤメロ!しっしっ」


せっかくありついたちゃんとしたご飯をこいつらに渡してなるものか。
ハイエナどもを一睨みして黙らせると、待ちきれなくなった俺は部室への道を歩きながら袋の中身を取り出した。…ら、おにぎりではない物も入っていた。紙だ。レシートかチラシだろうか?


『お誕生日おめでとう』


名刺サイズのかわいらしい紙には一言そのように書いてあった。
白石さん、俺の誕生日だってこと知っていたんだろうか。今日は牛乳パンやその他の色んなモノとともに「おめでとう」をたくさん言ってもらった日だが、部活で疲れ切ったタイミングでのお手紙は弱った俺の心にぐっと突き刺さってきた。しかも甘い甘い牛乳パンだけで満たされていた胃袋に、待ちわびたパン以外のものが。


「…おいし。」
「おう。一個くれ」
「絶対やらねー!」


パンとクリームしか食べてこなかった今日の最後に食べたおにぎりは、有名店の商品であることを差し引いてもとても美味しかった。俺の好物が「牛乳パン」から「おにぎり」に変わってしまうんじゃないかと思うくらいに。
…それを口外すると来年の誕生日が恐ろしいので黙っておこうと思うけど、白石さんにだけは言おうかなあなんて。

彼女が来年も俺の誕生日に何かをくれる保証は無いのに、そんなことを考えてしまったのだった。

…ノルマの牛乳パンは残り13個。

Happy Birthday 0720