06


何という事だろう。

白石さんが何のために「用事があるから」と解散したのか気になって仕方がないのに今日は金曜日、つまり土日を挟まなければ会う事ができない。

LINEというコミュニケーションツールがありながら、それを気軽に送り合えるほどでもない。


夜、家に着き、ご飯を食べ、風呂に入り、1キロのダンベルを持ち手首の動きでくいくい上げ下げしながら宿題をする。

当然のごとく手につかない。スマホを見やるが、無反応。バレー部のグループLINEすら今日は静かだ。

土日も、午前中だけ部活がある。
しかし休日まで「見学に来ないか」と誘うのも悪いし、白石さんはもし嫌だと思っても断れる性格とは思えない。このまま月曜まで何もしないのが得策か。と、LINEが入った!


『ワンピースの最新刊買った!読む?』


木兎さんだった。
楽しみに画面を開いた自分が恥ずかしいが『お願いします』と返す。すると木兎さんからまた返事。


『でさ本屋寄ってたらすみれちゃん居た!あかーしと一緒に帰ったと思ったのに!ふられた?』


ちくしょう。

電車に乗らず駅前のショッピングモールで何をしていたんだろう。俺が気になって仕方のない事を木兎さんが知っているなんて。俺もワンピース買いに行けば良かった。集めてないけど。

でも、ここは気にしない素振りを見せなければ面倒だ。


『明日忘れないでくださいねワンピース』


これだけ返し、木兎さんからはスタンプが来たのでそこで終わった。





土曜日の朝、天気は良好。

屋内の部活なので天気は関係無いけれども、やはり晴れていると気分が違う。これで雨だったらもう少し落ち込んでいたと思う。


「あっ!あかーしあかーし」
「おはようございます」


駅から学校に向かう途中、後ろから木兎さんが追いついてきた。かばんを漁り、貸してくれると言っていたワンピースの最新刊が顔を出す。


「ほれ!」
「ありがとうございます」
「面白かったぞ!早く読め!ルフィがさあ」
「ネタバレはやめて下さい」
「おお!すまんすまん」


何故バレー以外の事となるとこんなに頭が回らなくなるのか、木兎さんは特に。
単なるチームメイトとしてはプレイ中さえしっかりしてくれればそれで良いのだが、そうも行かないのがチームメイトとの大切な人付き合い。


「ところで今日はすみれちゃんは?」
「…さあ…誘ってないです」
「え!?何で誘わねーの」
「入りたいかどうか聞いてないですし」
「聞けよおおぉぉ!」
「言ったでしょう、白石さんはチアにも入ってるんですから」


結局、チアリーディングがしんどいとは言っていたが辞めるかどうかは定かではない。

ここまで続けてきて簡単に辞めてしまうのを、弱さだと思って悩んでいるのかな。それとも新しい居場所として提案したバレー部のマネージャーに自信をなくしたとか、部員がうざいから嫌だとか。

軽く誘ったはいいものの、この後どうやって入部確定まで持っていくかは考えていなかった。


「けど絶対マネージャーのが楽しいと思うぞチアより」
「…どうして?」


まさか下手くそだから楽しくないだろう、とか言うんじゃなかろうか。


「俺が居るから!」


…が、似たような感じの答えだった。この自信はどこから来るのやら、呆れた俺は喉の奥から頑張って返事をした。


「………はあ」
「真面目だよ!真面目だから!だってあの子はすごい練習してたけど辛そうだったじゃん?いつも」
「…どうして知ってるんですか?」
「水道んトコ行く時、いっつもあそこ通ってたもん俺」


そこで練習する白石さんを眺めていると、しんどそうに練習していたのだそうだ。

俺だって気付かれないように見ていた。でも、その時点では、辛いのかどうかまでは分からなかった。一体なんなんだこの人。





それでも練習にはきちんと集中して取り組み、午前の3時間みっちり動き回った身体はくたくた。

木兎さんが頭から水をかぶりたくなる気持ちも分かる。真夏になったらどうするたもりだろう。


「赤葦、飯食っていかね?」
「いいですね。行きます」


みんな腹ぺこなので何を食べるとか、どこの何が美味しいとかそんな話をして盛り上がる。一足先に着替え終わった俺は消臭スプレーを振りつつ、なんとなくスマホを手にする。

すると、なんと白石さんからのLINEが来ていた。


「…ちょっとトイレ行ってきます」
「へーい」


スマホを片手に足早に部室から遠ざかり、誰もいない建物の裏へ。深呼吸してトーク画面を開く。


『部活中?』


短い質問文だったが、これだけでも俺の心を躍らせるには充分だった。

『今終わったところ』と送信する。
既読はつかない。休日だからって常にスマホなんか触ってないよな、と思い部室に戻ろうとすると女の子の集団に出くわした。


「あ、赤葦おっつー」


その中には同じクラスのチアリーディング部、青山さんの姿があった。

出席番号が近いのでたまに話をする仲だけれども、ここで重要なのは白石さんと青山さんは親友同士だということ。


「お疲れ」
「そっちも部活?バレー部強いもんね」
「今日は終わったけどね…チアは…なんか大会あるんだけっけ」


白石さんから聞いた情報を、偶然誰かに聞いたかのように言ってみた。青山さんはうんと大きく頷いて、今その大会に向けて練習を始めたところだと語る。


「ダンスやってる1年が入ってきて、凄いんだよね。何人かで踊っててもパッと目を引くって言うか」
「ああ…なんとなく分かる」


1年か。まあ、その1年生が居なくたってきっと白石さんは選ばれなかったんだろうな。

青山さんは運動神経抜群で、球技大会や体育祭なんかでは大活躍の女子だ。去年の学園祭では演劇で主役を演じ、明るく活発で面倒見のいいタイプ、当然のように男子にはモテる。

どうやら3年のバスケ部に彼氏が居るらしいけど。アメリカの学園ドラマかよ。


「すみれはちょっと元気無くしちゃったけどね、やっぱり」
「……白石さんは今日来てる?」


かすかな期待を込めて聞いてみると、青山さんは肩を落とした。


「来てない。出るメンバー以外は強制じゃないし…なんか、声かけにくくて」
「そっか」
「最近すっごい落ちててさあ、隣の席で感じない?まあ分かんないか。赤葦バレー以外の事考えてなさそうだしね」
「失礼な」
「嘘じゃんか〜もう!じゃあね頑張って」
「そっちもね」


青山さんはあでやかに笑うと、チアリーディングの集団の中に戻っていった。

背が高く、手足の長い彼女は去年のバレー部の試合の時にも、チアリーディングの中で目立っていた。「初めて見る子が居る!」と先輩たちも騒いでたっけ。
更に性格がよくて、白石さんの親友だなんて、完璧すぎる女の子だなと思った。

その背中を見送っていると、白石さんからの返事が来ていた。早い。


『明日は?』
『練習試合が午前中にあるよ』
『練習試合って、見に行っても大丈夫かなあ』

「…!!」


どうしよう。
白石さんから明日、行きたいというアプローチを受けてしまった。大歓迎に決まってる。
足取りが軽くなるのを我慢しながら部室に戻るあいだ、文章を考えて、送った。


『もちろん。みんな喜ぶと思うよ』


喜ぶのは俺自身のくせに。と、自嘲の笑みを浮かべながら部室の扉を開けた。
06.ワンピースの最新刊