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日向翔陽とは小学校から同じで、家も近いのでスイミングとか習字とかの習い事は一緒だった。典型的な幼馴染。しかしドラマや漫画で見るような幼馴染どうしの恋とかは無く、兄弟みたいな感じで育った。

翔陽はある日「バレーやる!」と言いだした。私はバレーに興味がなかったから、フーンと返して放っておいたんだけど。熱心な翔陽は瞬く間にバレーが上手くなった。(それでも、ママさん達とか他の小学生よりは下手くそだった)

中学に入ってからやっと公式な試合が出来たのは、3年になってから。そこで初めて翔陽に、マネージャーをやってくれと頼まれた。


「…私、ルール知らないよ」
「いいよ!マネージャー居るほうが士気が上がる!多分!」
「そうかなぁ」
「すみれ、何の部活にも入ってないんだろ?」


入ってないけど…。中学生にしては珍しく、帰宅部というやつだ。そのお陰で翔陽の練習に付き合わされたことがあるので、「翔陽にトスを上げる」事だけは出来るようになった。


「お願い!」


幼馴染が3年間、誰にも振り向かれずとも必死になって食らいついてきたバレー。一肌脱いでやるか。





「うううううわぁぁ凄い人だね」


試合当日、翔陽と私は緊張で震えていた。なんたって初戦の相手は優勝候補だと言うではないか!中学レベルの部活なんてそんなに凄くないと思っていたけど、どうやら本当に凄いらしかった。

翔陽がトイレに行ってしまったので、私は全員のタオルやドリンクの用意をする。マネージャーだからね!…でもボトルが少し多かったらしい、運んでいると一本だけぼとっと音を立てて床に落ちてしまった。


「うわ、と、とっ」


拾いたい、拾いたいのだが既に両手にボトルを抱えている。どうしよう。転がっていくボトルを追いかけていると誰かの足にあたり、止まった。


「あ、すみません」


その人はかがんでボトルを拾うと、私の両手に収まるように上手に入れてくれた。


「ありが…」


……背が、高い。中学生?高校生?
とにかく大きく見えたその人は私を見下ろし、ぺこりとお辞儀をして通り過ぎていった。その大きな背中に書かれていた学校名を目にしたとき、ぞわっと背筋が震えた。

影山飛雄。あとから聞いたその人の名前だ。翔陽たちの公式戦の、最初で最後の相手だった。うわさでは、コート上の王様という別名があるのだとか。

そんな名前より何より、私は試合中ずっと、彼の姿に心奪われてしまった。素人が見ても分かる。凄い。どこに欠点があるのだろう?完璧だった。翔陽たちは苦戦も苦戦、惨敗した。

翔陽を慰めなくては、助っ人に来てくれた他の部活の人も、一年生も。でも私は、「王様」と呼ばれる彼にどうしても会いたかった。
私はバレーが分からない。ルールを知らない。やったことが無い。でも彼の姿はずっと追いかけていたい。コートの中での圧倒的な存在感は、私の視線を釘付けにするには充分だった。


「あの!」


ちょうど、試合と試合の間のフリータイムだったようで。その人はイヤホンをしながらストレッチをしていた。
そして自分が話しかけられたのだと気付くとイヤホンを外した。


「何」


…そう言えば、何しにきたんだっけ?


「えっと、凄かったです」
「…何が?」
「サーブも…あの、ボール上げるのも…パス?とか、打つのも全部」
「………」


彼が立ち上がった。
大きい。私よりも恐らく20センチ以上。うちの学校にこんな大きい人、バスケ部にしか居ないかも。


「…さっきのとこのマネージャーだよな」
「え…あ…ハイ」
「あんたバレー知らないだろ」
「えっ」
「そんな奴に凄いとか言われても、嬉しくねえから。」
「………」


私はどうやら彼の逆鱗に触れてしまったらしい…。そのまま颯爽と、北川第一の人たちは次の試合のためにコートへ向かって歩き始めた。





「…翔陽」
「んー」


それからも、翔陽はバレーをやめるどころか烏野高校バレー部への入部を目指し、相変わらずバレーの練習に付き合わされていた。トスを上げるだけ、だけど。
でも、ただ付き合っていた練習に私も目的ができ始めた。


「私も、烏野行こうかな」
「マジ?遠いよ?」
「バスで行く」
「乗り換えなきゃ行けねえじゃん…て言うか何で烏野?」


翔陽はあの王様と一触即発だった。翔陽についていけば、また対戦相手として彼に会えるかもしれない。

彼は凄そうだったから、もしかしたら県外の強豪校とかに行ってしまうかもしれないけど…そうしたら翔陽にも頑張って全国に行ってもらえばいい。

彼のバレー姿をもう一度見たいと思った。ルールも何も知らないけれど、「凄い」と思うことに理由なんか無い。私の目には彼の姿が驚くほどに輝いて映った、それだけなんだ。


「バレー部のマネージャーになる」


01.圧倒的な存在感