04


翌日、自販機に行くと白石さんに会うことが出来た。しかも友人連れではなくて、ひとりで来ているのだ。昨日の帰りに中途半端な感じになってしまったので恥ずかしいが、それでもこうして会えるのはとても楽しみだった。


「あ、影山くん今日も居たー」


自販機横のベンチに腰掛けている俺が白石さんを待っていたことなんて気付いていないらしい。ボタンを押してぐんぐんヨーグルいちご味を取り出すと、彼女は俺に近づいてきて「座っていい?」と言った。


「え……ああ、ん」


俺の隣に座ろうとしてくれるなんて思わず、びっくりして変な声が出た。おまけに「ん」なんて気遣いもくそもない。どうしてこうも上手くいかないんだろう、頭をぐしゃぐしゃにかき回したい。


「ここって木陰になってるんだね。いつもここで飲んでるの?」
「……おう」


いつも、というか時々利用していただけのベンチなのだが。「いつも」という事にすればこの先毎日ここで待ち伏せしていても怪しまれないだろう。


「結構いいね、風が気持ちよくて。私もここ使おっかな」
「え…?」
「冗談だよ!影山くんの特等席だもんねぇ」
「や…そういう訳じゃ、」


このベンチに一緒に座ってくれるなんて大歓迎だというのに俺は、またもや驚いて固まってしまったせいで喜びを伝えられなかった。
遠慮しがちに笑う白石さんにもうひと押し、そろそろ男を見せなければならない。言えよ俺、毎日ここで話さないかって誘えよ。


「白石さんも、ここ…座ったら…いいんじゃねえの、涼しいし」


ところが意気地無しで根性無しの俺は途切れ途切れに言うことしか出来なかった。でも白石さんはそれを聞いて「ほんとう?」と嬉しそうに聞き返してくれた。


「…おお」
「やったー。じゃあ明日も来ようかな」


どうかこれが社交辞令ではありませんように。そう願いながらも白石さんと別れた後、ガッツポーズを抑えるのに苦労した。





その日はバイトじゃなかったらしくコンビニでは会えなかったが、次の日もその次も、土日をはさんだ週明けの日も昼休みに会うことが出来た。
会うたび部活のことを話し、その日にバイトだと聞けば必ずコンビニに寄る。
廊下ですれ違えば挨拶を交わす、そんな幸せな日々が続いたある日。とうとう壁が立ちはだかったのである。期末テストだ。

学生の本分は勉強だと頭では分かっているが、この世に勉強なんか存在しなければいいのにと思うほど俺は勉強が苦手。好きではない事に対してはまったくやる気が起きず、頭もついてこないのだ。
しかしこのテストで赤点を取ってしまうと貴重な強豪校との合宿に行けなくなってしまう。絶対にそれは避けたい。やるしかない。


「影山、谷地さんとこ行くけどどうする?」


昼休みに自販機へ行こうとした時、ちょうど廊下を歩く日向に声をかけられた。谷地さんに勉強を教えてもらいに行くらしい。

その誘いには是非乗りたいというか、日向だけが抜け駆けして良い点を取られるのは癪だから俺も行きたい。しかし白石さんにも会いに行きたい。頭の中でアレもしたいコレもしたいという欲が渦巻いた。


「何か用事あんの?谷地さん5組だから勉強できるんだぞ?月島より優しいし」
「……ごくみ?」
「そう。5組って進学クラスじゃん」


そうじゃなくて、5組が進学クラスだからどうのこうのではなくて、5組といったら白石さんのいるクラスじゃないか。
これまで学校内ではあの自販機のところでしか会えなかったのに、それ以外の場所で会えるチャンス。


「…日向…くそっ…ナイス…行く。」
「?? おう。んじゃ行こ」


何の勉強をするのか聞き忘れたがとりあえず英語と数学の教科書、ノートを引っ張り出して日向のあとを付いて歩いた。教室内での白石さんを見る事ができるという期待で胸が躍る。5組に足を踏み入れる前に抑えなければ、この鼓動を。

そう思って気持ちを落ち着けて歩いていたのに、いざ5組に入ると心臓は太鼓を叩いたように振動した。教室を出ようとしていたらしい白石さんと鉢合わせたのだ。


「あれ?影山くんだ」
「…あ、こんちわっす…」
「影山の友だち?あ、谷地さーん」


日向は白石さんに興味を持ちつつも、教室内にいる谷地さんを発見するとそちらに歩き出した。俺も一緒に行って勉強しなければならない。


「どしたの?私、今から行くとこ」


財布を手に白石さんが言った。行くというのは勿論、あの自販機のことだ。


「や、実は…期末テスト…」
「テスト?…あ、勉強するの?」


一緒に入ってきた日向が谷地さんのところで筆記用具を出すのを見て、察しがついたらしい。俺は頷き、テストがちょっとだけ危ないことを告げた。赤点候補だなんて恥ずかしくて言えないから。


「谷地さんと勉強するの?」
「…いや、まあ、日向が谷地さんと仲いいっつーから、ついでに」
「へえ……」


俺は必死に弁解のような事をした。谷地さんと俺は特別仲がいいということは無く、日向に付いてきただけだ。それは本当の事なのに一生懸命否定したい気持ちにかられた。
しかし勉強と白石さん、どちらを取ろうか悩んでいると「じゃあ行くねー」と、彼女はさっさと教室を出てしまった。


「んじゃ谷地さん、今日もお願いします!」
「ウス!頑張ろう二人とも!」
「…しゃす。」


仕方がない。谷地さんも大事な昼休みを割いてくれてるんだから、真面目に取り組まなくては。どのみち赤点だけは避けなければならないのだ。

ペンを握り、谷地さんのノートを見ながら分からないところの説明を受けても全く頭に入らない。俺の理解力が乏しいせいもあるかも知れないが、別のことを考えているせいで。
勉強に身が入っていない事に気付かれたのか、谷地さんが話し始めた。


「影山くんて白石さんと知り合い?」
「………え」


その声に日向も反応して動きを止めた。谷地さんは俺が答えるのを待っているようだ。どうしようか、知り合いといえば知り合いだがこの場合なんと答えれば良いんだろう。


「影山が女子と仲いいなんて珍しー」
「な、仲いいとかじゃ…」


仲は、悪いとは思わない。しかし胸を張って仲良しと言えるわけではない、と思う。だから日向が物珍しげに言うのをどのように躱すか悩んでいると、白石さんが教室に戻ってきてしまった。

その瞬間に目が合って、思わず「あ」と声が出た。向こうも「あ」という表情になり、こちらに近づいてくるか悩んでいるようだ。勉強中だから躊躇っているのかもしれない。勉強なんて頭に入ってないんだけど。


「あ、白石さんに用事?」


俺が白石さんを見ていることに気づいた谷地さんが首をかしげた。用事があるわけではないが、何の用事も無いわけじゃない、という微妙なところ。どのように答えるか迷っているうちに谷地さんがよく通る高い声で言った。


「白石さーん!」
「ちょっ、や、谷地さ…」


なんと白石さんを呼んだのだ。日向もノートに向けていた視線を上げて、いったい何事かと目を丸くしている。当然、谷地さんの声は白石さんに届いたので彼女は再びこちらを向き歩み寄ってきた。


「なにー?」
「影山くんが用事あるって!」
「用事?」
「やちさっ、よ、ようじ、」
「落ち着けよ」
「うるせえ!」


谷地さんは本当に、俺が白石さんに用事があると思っているのか。思っているんだろうな、他人のことをあれこれ詮索して変な深読みをするタイプではないから。
日向は逆で、俺が他のクラスの女子に、しかもバレー部とは無関係の女子に関わりがあるのを大いに不思議がっている様子だ。


「用事って何?」


しかし日向の視線にも谷地さんの視線にも気を遣う余裕はない。俺が白石さんに用事…今さら「無い」なんて言えはしない。


「べ…」
「べ?」


どうするのか一番自然なのか、英語より数学より今はそっちの模範解答が欲しい。


「…勉強教えてください」


悩み抜いた結果、これしか出てこなかった。

プラスマイナスプラス