03


なんとも晴れやかな気分で眠り、朝を迎えた。気になっていたあの子の名前は白石さん、しかも俺の名前を覚えており呼んでくれた。更には「またお越しください」なんて言って。言われなくても通い詰めるのは既に決定している。けれどレジのカウンターを挟んでいたのではゆっくり話すことが出来ない。
学校で、出来るなら昼休みの時間を使って距離を縮めたいところ。

今日は昼休みに入った途端に昼食を平らげて、げっぷをしながら立ち上がった。そして向かう先はもちろん自販機である。
いつも買っているぐんぐんヨーグルを手に入れるため…というのが目的の2割ほど。8割は白石さんと会うためだ。約束なんかしていないが。

そして到着したそこには何と白石さんが居た。が、残念なことに数人の友人を連れているようだ。ゆっくり話せると思ったのに、という落ちた気分を上げてくれたのはやはり彼女の声だった。


「あ、影山くんだ」
「……ちわ」


白石さんの声に反応して、女子たちはいっせいに俺を見る。そして「友だち?」と耳打ちしているようだった。


「うん、最近友だちになった!」


友人たちにそう答えた白石さんは決して間違っていないが、残念な気持ちになるのを感じた。
友だちではなくて、一歩進んだその先の存在になりたい。しかし、いきなりその地位を目指すのは身の程知らずであると分かっている。むしろ「友だち」と認識してくれていること自体が喜ばしい事なのだ。


「今日は残ってるよ!」


と言いながら白石さんはぐんぐんヨーグルを指さした。そんなの見れば分かるっつーの、と普段なら思うのに有難みしか感じない。


「…いちご味飲んでんのか」
「ふふ。うん」
「すみれー、お腹すいたよ。戻ろ〜」
「ほーい」


どうやらまだ昼飯を食べていないらしく、お腹を押さえながら友人のひとりが言った。急いでここに来てよかった、そうでなければ姿を見ることも出来なかったんだから。そして、白石さんの下の名前を偶然聞くことも無かったのだ。

白石すみれ、さん。と瞬時に記憶し、ついでにクラスも知れたらいいのになと思っているとさらに会話は続いた。


「5組って次の授業何?」
「英語だよ」
「ほんと?ね、今日だけ辞書貸してくんない?忘れてきちゃった」


彼女の友人が辞書を忘れてくれたおかげで白石さんは1年5組であるという情報も手にしたのだ。なんという豊作だろう。これで充分満足であったが、最後にとっておきの言葉を聞くことが出来た。


「今日もバイト入ってるから!良かったら来てね」


そんな事言われなくても、今日も行く予定であった。白石さんが居るとしても居ないとしても、だ。しかしシフトに入っているならばもう、帰りに寄るのは決定である。





バスの中であれこれ考えた結果、白石さんが1年5組であると知ったところで、俺が彼女のクラスに行く機会も無くあまり変化はない・という結論に至った。せめて日向と同じクラスなら、何かの理由をつけて顔を見に行けるのだが。
いや、日向と白石さんが同じクラスだなんて想像しただけで憎たらしい。やっぱり5組で良かった。

そしてやっと降車するバス停に到着し、目の前にあるコンビニではなくて一本向こうの道まで歩く。なんと声をかけようか。俺の顔を見たらどんな顔をするだろうか?そんな事を考えているとあっという間に到着してしまった。


「いらっしゃいませー」


自動ドアが開くと聞こえた声は白石さんのものではなく、別の店員のものだった。男の声だったが父親くらいの年齢の人だ。若い男でなくてよかった。

すぐに肉まんを買いにレジに行きたいところだが白石さんがレジに居なければ意味が無い。一体どこにいるのかと店内を一周していると、居た。かがみこんで品出しか、または棚の整理をしているようだ。

とりあえず真横まで行って気付かれるのを待ってみた。集中しているのか全く気付かない。おかげで俺は白石さんの頭と、袖からのぞく女の子らしい腕を好きなだけ見下ろすことが出来た。


「あっ、すみませ…」


そのとき白石さんが俺に気付いた。自分が買い物の邪魔になっていると思ったらしい彼女は立ち上がり謝罪をすると、すぐに俺だと気づいたようだ。


「……よお」
「あ!いらっしゃいませ」


昨日の帰りと同じように笑顔を向けられ、思わず視線を逸らしてしまう。このまま目を合わせていたら俺の顔がみるみる赤くなるのを気づかれてしまうからだ。


「こんな時間まで大変だね。部活?」
「まあ」
「何部なの?」
「バレー部…」
「へえー!背高いもんね」


俺がバレー部だというのは知らなかったらしい。当たり前だけど。白石さんは品物の入ったケースを端に寄せるとレジのほうを指さした。


「何か買っていく?」
「肉まん」
「あはは、肉まん好きなんだ」
「……ああ。好き」


肉まんも白石さんも。

なんて事を自分の頭が考え付くなんて思わなくて、くさい台詞にひとりで赤面してしまった。彼女は気付いておらずレジに向かい始めたので、俺も後ろを付いていく。
学校では下ろしている髪をポニーテールにしているのがふわふわ揺れて、まるで俺の心がうきうきしているのを表しているかのようだった。


「肉まんひとつで120円です」


そう言って昨日と同じく肉まんを取り出す。値段は覚えていたのでぴったりの金額を用意してあったのだが、ふと思い立って520円を置いた。それを見て白石さんは「520円頂戴します」と言い、レジからお釣りを取り出す。

俺にしては知恵を働かせたほうだと思う。お釣りを受け取る時に、手に触れることが出来るんだから。


「400円のお返しです」


片手を添えてていねいに小銭を差し出すのが嬉しくて口元がゆるむのを我慢しながら、俺も右手を出した。
そこにゆっくりと、ちゃりんとお釣りが置かれる。その時白石さんの指が触れて、120円という金額で肉まん以上の素晴らしい付加価値を得ることが出来たと感じた。


「…バイトって何時まで?」


肉まんを受け取りながら、顔を見ずに質問をした。あわよくば、あわよくば…と俺の中で欲望が溢れてきたのである。


「今日は8時までだよ」
「ふーん…」


8時まであと10分だ。外で待っていたって何の苦にもならない時間。どうするか、待っておくと声をかけるか?かけるしかない。


「…あの…待ってても、」
「あ、ごめん影山くん…」
「え」


白石さんが言いづらそうに口を挟んだ。ちらりと俺の背後を見ているので振り向くと、レジ待ちの人が居たらしい。

仕方がないので「ごめん」と声をかけ、情けなさに耐えながらコンビニを出た。
「またお越しください」が聞こえてこなくて、店内を振り返るとその客は小包を出そうとしていたらしい。まだ小包発送の対応に慣れていなさそうな彼女は必死に仕事をしていたので、その日はもう目が合うことはなかった。

放課後の焦がしキャラメル