20170520


5月も中旬になれば外は暑く、横断歩道の信号待ちですらじんわりと汗をかく事も。
私はそんな外気に触れることのない手芸部に入っているので、窓からぼんやり外を眺めながら、半年後の学園祭で飾る学生生活最後の展示物は何にしようかなと考えていた。


「暑そうだね、外」


その私の横で、床に座り込む同級生が一人。

天童くんは白鳥沢で一番有名なバレーボール部に所属している。しかも、そのスターティングメンバー。放課後で部活真っ最中のはずなのに何故か家庭科室に来ていた。そして、私のそばで気だるそうに座っているのだ。


「確かに暑いだろうね」
「ねー。俺暑いの苦手なんだ」
「大丈夫なの?こんなところに居て」


刺繍の本をめくりながら適当に質問すると、平気平気〜とやはり適当な返事が聞こえた。バレー部の試合成績からして、こんなにゆるい部活ではないと思うのだが。


「あと30分くらいかなあ…そしたら戻る。俺の番だから」
「ふーん…」
「何の番だよ!って思った?」
「あー、うん。何の番?」


バレー部がどんな練習をしているか知らないし、練習のチーム分けか何かの関係で彼の番が回ってくるのだろう。正直あまり興味はない。しかも天童くんからは「言っても分かんないでしょ〜」とおちゃらけた答えが返ってきた。
じゃあ聞くなよ、と普通なら思うんだけど天童くんにはそう思わせない不思議な魅力がある。


「白石さんは何してるのん」
「うーん…刺繍をしようかなーと」
「そうなのん?」
「そうなの〜ん」
「かわいいのん」
「ふふっ」
「となり座っていいのん?」


彼のおかしな言葉遣いと絶妙な距離のとり方は、私の警戒心を音も無く取り払う。この人は他人の懐に入り込むのが得意なんだろうな、相手を嫌な気にさせることなく。


「いいよん?」


だから隣の椅子に座ることを許すと、天童くんはバネのような勢いで立ち上がった。脚ながっ。そして腰を下ろすと、机に広げた刺繍の本に興味を示した様子。

「わっ、すげー。こんな細かいの」
「だよね。私もここまでややこしいのは出来ないけど」
「イニシャル入れるのは?」
「そのくらいなら出来るよ」


一応、手芸部に入って三年目。ひととおり「手芸」と呼ばれるものは習った。特別得意というわけではないけど、黙々と刺繍をする作業は嫌いではない。
天童くんはフーンと鼻を鳴らしながら何か考え事をしていたが、ふと首からかけたタオルを手に取り広げた。


「じゃ、俺のイニシャル入れて」


ここに。とタオルの端を指さしながら天童くんが言った。


「…え?いいの?」
「うん。練習台にコイツを捧げる」
「ほんとに?」


人にあげるものを作った事は無い、まして同級生の男の子に渡すものなんか。せいぜい親のエコバッグ代わりの手提げとか、従姉妹の小さな子にあげた幼稚園バッグとか、その程度だ。
だから天童くんに頼まれたのは驚きもしたけれどなんだか嬉しくて、素直にタオルを受け取った。


「じゃあやらせてもらお」
「うんうん」


その時の天童くんが頷く顔もなんだか可愛らしかったので、従姉妹と通ずるものを感じる。…なんて思ったら失礼か。
なにはともあれイニシャルくらいなら今日じゅうに仕上がるだろう。


「えっと、イニシャル…」
「さ、と、り・てんどう。」
「S・Tね」
「そう」


さとり、ってどんな字を書くんだっけ?イニシャルには関係ないけれどそんな事を考えていたら、天童くんが明るく続けた。


「ついでにハートも入れて!SとTの間」
「ハート?…べつにいいけど」
「やったぁぁ!」
「そんな喜ぶほどの事?」


私がそのように呆れ半分笑い半分で言うと、手を挙げて喜んでいた彼は突然真顔になった。真顔というか、天童くんの顔から少年の無邪気さだけが取り払われたような。
つまり急に大人びた感じになったので、何を言われるのかと少し身構えた。


「俺、何を隠そう誕生日だから」


しかし、彼の口から聞こえてきたのはこんな可愛らしい台詞だったので拍子抜け。


「そ、それはおめでとう」
「何コイツって思ったでしょ」
「いや…ちょっとね。」

だって誕生日なんて、男の子が自分の口から言うのはあまり聞いたことがない。しかも天童くんの言い方だと冗談みたいに聞こえるし、正直反応に困ってしまった。


「俺みたいなやつもね、誕生日に一緒に過ごしたいなって人が居るんだよ」


それなのに、またもや落ち着いた声でこんなふうに言うもんだから、もしかして本当に誕生日なのかも知れない。そしてどうやら一緒に過ごしたい人、祝ってもらいたい人が居るらしい。


「…ふうん?」
「分かってないねその顔は」
「よく分かんないけど…あ、刺繍すぐには無理だから、2時間後くらいに取りに来れる?」


今から刺繍を始めれば、天童くんの部活が終わったころには出来上がっているはずだ。天童くんは頷いて立ち上がりながら言った。


「いいよ。2時間後にまた来る」
「はーい」
「ハート忘れないでよ!」
「分かってるよ〜」


いつの間にか彼は家庭科室の出口まで進んでいて、顔だけ出して「じゃあね」と手を振った。私が振り返すと目を細めて笑い、部活に戻っていったようだ。

バレー部はいつも朝早くから夕方遅くまで練習していると聞く。授業中に眠そうな姿を見るのは気の毒だと思うこともある。
けれど白鳥沢のバレー部と言えば県で一番で、天童くんはそのスターティングメンバーだ。だからそんなすごい人が誕生日にどんな過ごし方をしたいのかなんて、予想したこともなかった。

いったい私は天童くんが戻ってくるまでの2時間で、どうすれば予測できただろうか?再び姿を現した彼から「プレゼントに白石さんをください」と、フランス映画みたいな台詞を言われる事になるなんて。

Happy Birthday 0520