初詣 の続き


朝、枕元に置いたスマートフォンからの通知音で目が覚めた。高校はもう卒業し、大学も無事に合格した私は今完全に気が抜けていて、朝の9時を過ぎた今まで爆睡していたらしい。
眠気眼で通知音の原因を探るべく画面のロックを解除すると、馴れ馴れしいメッセージが来ていた。


『オハヨー!起きてる?』


馴れ馴れしいというと語弊があるかもしれないな。何と言っても送り主の天童くんとは二人きりで初詣に行った仲だし、あれから時々連絡を取り合ったり、バレンタインやホワイトデーもお菓子の交換なんかをした。さらに言うなら来月、つまり4月からは同じ大学に通う予定。

…そして一番着目すべき点は今、私は確実に天童くんのことが好きである。という事。


『おはよう。今起きた』
『お寝坊さんだね〜 遅刻しないでよん』


そして今日、天童くんと待ち合わせをして「大学デビューのための服を買おう」と街に繰り出す予定なのだ。
初詣の時に見た限りでは天童くんはお洒落さんだったし、あの身長のおかげで何を着ても様になるんだけど。私はあまり自信が無いし親と買いに行くのも恥ずかしくて、そんなことを考えていた時ちょうど天童くんから誘われたのだった。

待ち合わせをして昼間にショッピングなんて傍から見ればデートに違いないし私は天童くんのことが好きだから、まずは今日の服装に気合を入れた。不自然ではない程度に。
膝丈のデニムタイトスカートにブラウスをインして、あまり高くないヒールのパンプスに白い靴下をはき、薄いカーキの上着を羽織る。…うんうん雑誌のスタイルそのまんまだけど、これは失敗ではないだろう。

兄とおそろいで買ってもらった黒のリュックがお気に入りなのでそれを背負い、私は家を出発した。





仙台市の大きな駅で、しかも男の子と待ち合わせるのは初めてだ。しかし待ち合わせの相手は高身長に加え真っ赤な髪型なのですぐに見つかるだろう。そう思って待ち合わせ場所に到着したが、天童くんの姿が見つからない。


『着いたよ』


待ち合わせは朝11時半。まだ27分だから時間には間に合っているけど、天童くんが少し遅れているのかも知れない。
とりあえず到着したことをメッセージで送り、目印である大きな時計の下で待つ事にした。天童くん、どんな服で来るんだろ。今日はどのくらい一緒に居れるんだろ。…今日ちゃんと、好きって言おう。

すると突然電話が鳴った。天童くんからだ!


「もしもし」
『もしもしドコ〜?』
「え、待ち合わせの時計の下に居るけど」
『えー』


天童くんはもう到着しているようだ。そして私の姿を探しているらしい、話を聞く限りもうこの時計が目視できる場所にいるみたいだけど。


『見当たらないんだけど』
「あれ?居るよ見えない?」
『だって今、見た事無いような可愛いコしか立ってないんだもん』
「………。」


なんてこと言うんだこいつ、と耳を疑った瞬間に後ろから肩をつつかれた。天童覚のご到着だ。


「ドキッとした?」
「……してない。」


と、ドキッとしたのを隠すために下を向いて通話を切りポケットに突っ込んだ。
天童くんもスマホをお尻のポケットに入れ、私の姿を見下ろしてどうやら観察されている。そんなに見ないで欲しい、私もうあなたに首ったけなんだから。


「チョー可愛いね今日」
「…え、なっ、何」
「いっつも可愛いけどさ。行こ」


天童くんが右手を差し出した。その手にすんなり応じるくらいには、もう天童くんのことが好きである。きっともう気付かれている。

天童くんはやっぱり自分に何が似合うのかを分かっているようで(何でも似合うんだろうけど)今日もお洒落さんだった。その隣を、ちんちくりんの私が歩くのは少しだけ恥ずかしい。しかも一緒に服を見に行くとか。


「あ、これ可愛いよこれ」


あるお店の前で天童くんが立ち止まった。指さす先にはマネキンがいて、そりゃもう可愛い春っぽいスカートを着用している。そしてスカートのすそからは細くて白くて長い脚。マネキンだから当たり前か。


「CanCamみたい。これ好き」
「…私、CanCam系たぶん似合わない…」
「そんな事ないよ。レッツ試着!」
「ええっ」


どっちかと言うとCanCamというよりノンノな私は迷ったけれど、天童くんに手を引かれてそのままお店の中に入ってしまった。さらに天童くんが店員さんに向かって「あれ試着したいんですけど」と言ったら店員さんはぎょっとしていたが、後ろに私が居る事に気づいて安堵していた。

それはクリーム色の、オーガンジーの膝丈スカートで私からするとお姉さん系で手を出しにくいものだった。でも来月から花の女子大生だし、CanCam系に挑戦しても良いのかな?というか、大人っぽくならないといけないかな?しかし似合うか?と色々考えながら試着室に入り、まずは着てみる。
……試着室は狭くて全体をちゃんと見れないから自分では分からない。


「お客様〜いかがですかぁ」


という天童くんの声が聞こえた。ショップ店員の物真似をしているらしい。


「…着れた。」
「出てきて〜」
「……恥ずかしいんだけど…」
「ダイジョブ俺しか見ないから!」


お前に見られるのが一番恥ずかしいんだよ!というのは心に仕舞って、仕方が無いのでゆっくりとカーテンを開けた。すぐ目の前に天童くんが立っていて、私が着替えている間ずっとそこに居たのかと思うとビビる。


「……なんか違和感ある…」


靴を履いて少し離れ、改めて全身を鏡で見ると、着なれないシルエットのスカート(を着ている自分)に違和感を覚える。もしかして似合ってないかも。私の顔もたいして大人っぽくないしなあ。


「…なんか変だね?やめとこ」
「待って待って」
「へ?」
「……俺、すんごい好き」


天童くんは大きな目をさらに見開いて言った。その視線の先には私。きょろきょろ動く瞳は私の姿を上から下まで何度も往復していた。


「すっげえ好きだよ」
「ななな何言ってんの」
「元々好きだけど、今のすみれチャンは世界で一番かも知んない」
「ちょ………」


近くに店員さんが居ないからいいものの、公共の場でこんな事を言うなんて。嬉しさも恥ずかしさも爆発しそうで耐えられなくなり、カーテンをぴしゃりと閉めてやった。





結局、店員さんに乗せられたのもあり天童くんがべた褒めしてきたのもあってそのスカートは今や可愛い紙袋に入って私の右手で持ち運んでいる。心なしか隣の彼は御機嫌の様子だ。


「早くそれ着たすみれチャン見たいな〜」
「…天童くんは何買うの?」
「俺はね、なんか良いのが見当たらないからいいや。ていうか買い物なんてデートの口実だし」
「え」


びっくりした私が立ち止まり、手を繋いでいたので必然的に天童くんも立ち止まった。一歩前に進んでいた彼は振り返り私の表情を見ると、悪戯っぽく笑った。御機嫌な天童くんがさらに御機嫌に。


「だって一緒に居たいんだモン。でも用事がないのに会うのも微妙じゃん、付き合ってないんだから」
「………」
「だから買い物に誘ってみた」


欲しいものなんか無かったけどネ、と天童くんがおちゃらける。
これって怒るべきなのか呆れるべきなのか一般的な対応は分からないけど、今の私にとっては喜びでしかない。私はもう天童くんが好き。しかも、私から会いたいと言わなくてもこんなふうに口実を作って会おうとするほどに、彼も私の事が好き。


「…そんな事しなくてもいいのに」
「へ、用が無くても呼び出しOKなの?」
「………」


天童くんが私の顔を覗き込んだ。背の高い彼が、ふとした時にきちんと私と同じ高さまで目線を下げてくれるあの優しさをここで見せられると、もう限界である。


「だって私、天童くんのことが好き。…に、なったから」


ここは昼間の街中でほどほどに通行人がいる。そんな中ぽつぽつと、勇気も声も少しずつ発信した。
天童くんは耳をすませてそれを聞き取り、全て聞き終え内容を理解すると、握った手に力を込めて言った。


「待ちわびたよ、それを」


そして、繋いでいないほうの手は私の頭の上へ。まるで「ずっとこうするのを我慢していた」とでも言うかのような優しい手つきだった。


「お待たせしました」
「ほんとにね。俺が告ったのクリスマスだよ覚えてる?」
「覚えてる…」


あの時のことは鮮明に覚えている。クリスマスの日に告白を受け、イエスともノーとも取れない返事をぼんやり返したまま一緒に初詣に出向き年が明け、バレンタインもホワイトデーもお菓子を渡し合ったのに私達は付き合っていなかった。私が天童くんのことを好きだと自覚するまで付き合えなかったのだ。
だって誰とも付き合ったことがないんだから、どんなふうに付き合うのが正解なのか分かんなかったから。


「で、3ヶ月かけてやっと俺を好きになったんだ」
「………ごめん。めんどくさいよね」
「んーん」


天童くんは首を横に振った。


「そういうところが好きだよ」
「………それ初詣の時も」
「言ったね。すみれチャンがあの時と変わらず素敵な子で居てくれて嬉しい」


自分の顔がどんどん熱を帯びていくのを感じる。天童くんの言葉がとても甘いのと、ついに自分の気持ちを伝えてしまった恥ずかしさに襲われている。

天童くんは私の顔が赤いことなんかとっくに気付いているみたいで、先程まで頭に置いていた手で赤くなった私の頬をつんとつついた。押された頬にスイッチか何かが付いてるんじゃないかと思うほど、また一気に身体中が熱くなった。


「いっぱいデートしよね」
「……する、けど、私から誘うの苦手かもだから」
「うんうんいいよ、俺が誘うよ」


これ以上私が赤くなると危険だと判断したらしい天童くんは、また頭の上に手を置いて優しく撫でてくれた。髪型がくずれないように、きちんと私の髪の生えている方向に沿って。


「ほんと好きだわ。ずっと変わんないでね」


ね、と念を押して天童くんが言った。

3カ月もの間熱烈アプローチを受け、こんなに甘い言葉を囁かれ続けやっと好きになったのに簡単に変わるはずは無い。そんなことよりも天童くんが変わってしまうことのほうが恐ろしい。このまま彼の気持ちがずっと私を向いてくれるのかどうか、ということのほうが。


「……天童くんも変わんないでね…」
「…すみれチャン」
「ん」
「さてはワガママっ子だね?」


さんざん焦らしておいて、しっかり自分の要望を言ってしまう私に対し天童くんは「やっぱり好き」と優しく笑ってみせた。

これから彼を知れば知るほどに私のほうが好きになっていくんだろうなあ、4月からは恐ろしく素敵な大学生活になりそうだ。

終わらない春よ恋