05



「見学する白石さんです」
「お願いしま…」
「うおおおお!」
「ごめんね。うるさい人は無視して」
「う、うん?」


放課後の部活に白石さんを連れて行くと、案の定木兎さんを中心に騒ぎ始めた。主将が女の子の一人や二人でテンション変わるってどういう事だよ。
とりあえずコート脇に椅子を置いてそこに座ってもらう事にする。


「赤葦が女連れなんて珍し〜ね〜」
「女連れって言い方やめてください」
「ゴメンゴメン。名前は?」
「白石すみれです…!」


3年生のマネージャー二人に囲まれて白石さんが自己紹介をした。赤葦くんと同じクラスです、とか言うのも聞こえた。

女性はこういう時、男よりも空気を読める生き物だと思うのでどうかマネージャーさんたちの対応に期待しておく。


「あれ彼女?」
「違います」
「チョーカワイイ」
「始めますよ」
「へーい」


白石さんを他の部員の目にあまり晒したくないなあと言う気持ちもあるが、それは二の次。

まずは白石さんに元気を出してもらう事が優先だ。バレーにはそんなに興味は無いかもしれないけど、少しでも心が安らぐなら。

どっちにしたって3年生が引退すればマネージャーが居なくなるので、もし入ってくれるならバレー部としても有難い。


練習風景を白石さんは熱心に見ていた。熱心すぎて、どこからボールが飛んでくるか分からないのでぶつからないか心配だったけど俺の見る限り大丈夫そうだった。


「10分きゅうけーい」


白福さんのゆるい掛け声で休憩に入り、各々汗を拭いたり水分補給をしたりストレッチをしたり。
俺はとりあえず、白石さんがこの変な集団の中で馴染めそうか不安だったので様子を見に行った。のに。


「すみれちゃんは赤葦のクラスメートなわけね!」
「はい」


すでに彼女の周りには数名の部員が集まっており話し込んでいた。その中には我らが主将の姿もある。


「見た?俺が打つとこ見た?」
「見ました凄かったです…!」
「やっぱー!?俺やっぱスゴイ!?」
「すごいホームランでした」
「赤葦それを言わないで!」
「白石さん、ごめん騒がしくて」


騒がしいって誰の事だ!と木兎さんが言うのは無視して、白石さんの座る椅子の横に腰を下ろした。

やはり、6月に入り暑さは日に日に増していく。汗を思い切りタオルで拭いているのにまだまだ溢れてくる。


「あ、タオル…」
「え?」
「あかーーーし!その子入部?」
「見学って言ったでしょう、大体彼女は一応まだチアにも入ってるんですから」
「そうかー。チアで上のほうから応援してくれるよりコートのすぐ横で応援されるほうが嬉しいけどな俺は!」


…こういう時どうして木兎さんはこんなに直球で、心に響くような事が言えるのだろう。この人の才能には本当に頭が上がらない。

言うだけ言って木兎さんは外に出て、恐らく頭から水道の水をかぶりに行った。


「…赤葦くん」
「何?」
「私…あの……ち、チア、」
「………うん?」


何かを頑張って話そうとしているので極力邪魔をしたくないが、体育館内はあいにく二人きりではない。木兎さんが消えたと思えば次は別の人がやってきた。


「よ!すみれチャンマネージャーやる?」
「へっ」


木兎さんといい木葉さんといい、しれっと白石さんのファーストネームを呼んでいる。どういう事だよこの野郎。


「何で見学来ようと思ったの?」
「赤葦くんに誘われまして」
「赤葦と仲良いんだ」
「仲、えーっと」


「良いって言っていいの?」とこちらを伺うような目で白石さんが見てきた。

確かに俺たちはまだ「仲良し」とは言い難いかもしれない。だからって悪いとも思わない。これから距離を縮める予定。
返答に困る白石さんの代わりに俺が答えた。


「席が隣なんです」
「そんだけ?」
「それだけですけど」
「すみれちゃんは赤葦どう思ってる?」


俺がいる目の前でそんな質問するなよと思うが、そういえばここにはそんな配慮ができる連中は居ない。

白石さんはやっぱり答えに困っていた。当たり前だ。どう思ってるったって、俺の事は「世話焼きなクラスメート」くらいにしか思っていないんだから。

その証拠に、木葉さんからの質問には「うーん」と唸って愛想笑いをするだけで終わっていた。





そして部活が終わり、空は少し暗くなっていた。
最後に白石さんが「ありがとうございました」と挨拶をして、帰ろうとするので少し待ってもらうようにお願いした。今日見学してみて、どうだったか感想を聞きたい。


さっさと着替えて白石さんのところに行きたいのに、男だらけの部室の中では質問の嵐だった。


「赤葦!あの子入る?」


小見さんが小突いてきた。
まだ分からないですと回答し、着替えを続行していると小見さんも質問を続行する。


「付き合ってないんだよなあ」
「そうですよ席が隣なだけっす」
「ふうーん…」
「何ですか?」
「可愛いし遊び誘おうかなって思って」
「………」
「冗談デース」
「やめてください」
「赤葦まさか?」
「違います。じゃあお先です」


全く悪ふざけも大概にして欲しい、初対面の女の子をいきなり遊びに誘おうだなんて。俺が彼女に惚れていなかったとしても止めに入るところだ。

部室を出て体育館前まで迎えに行くと、白石さんが一人で座って待っていた。


「ごめんお待たせ」
「ううん」
「どうだった?」


バレーの事なんて元々そんなに知らない白石さんが、見学してみて楽しいと思えたかどうか。少しでも元気になれたかどうか、が大切だ。


「うん…凄かった」
「どのあたり?」
「北斗さん!」
「…ボクトさんね」
「木兎さん!」


やはり木兎さんの、思い切り踏み込んで飛び、思い通りの位置にスパイクを決めた後のすがすがしい表情は確かに女子から見ると魅力的だろうな。


「でもそれより、赤葦くんにびっくりした」
「…俺?」
「うん、教室ではいつもぼんやりしてる人だなって思ってたから」


否定はできない。
あまり授業に積極的に参加しているわけでもないし(ある程度の成績は保つように努力しているが)保健委員だって、「嫌々仕方なく立候補した」という芝居を打ったのだから。


「でも今日初めて、赤葦くんが凄い声張り上げて、先輩後輩にも指示して、機敏に動いてるの見てビックリした」


つまり脱力系の俺がてきぱき部活に参加しているのが珍しかったということか。良いところを見せようとして空回りして失敗する木兎さんの気持ちが少し分かった。


「…念のため聞くけど褒め言葉だよね」
「褒めてるよ!頼もしかった」
「そう…」


頼もしかった。その言葉が聞けただけ良しとしよう。「帰ろ」と声をかけると白石さんも立ち上がった。


「赤葦くん電車?」
「うん。同じ路線」
「へえ、全然見ないね電車で」
「朝練出てるからね」
「ああ…」


そんな普通の会話を繰り返しながら、徒歩5分程度の駅まで到着。学校から駅まで30分くらいあればいいのに、と初めて感じた。
でも電車の中で途中まで一緒のはずだ。
もう少し話せる。


「同じ方向だよね?電車」
「あ、あの私ちょっと用事があるからここで」
「えっ?」


そんな事全然聞いてない。もう7時だ。

今から用事があるって、いったい何の用事だろう?まさか俺と一緒に電車に乗りたくないとか、俺が汗くさいとか、実はそこまで仲良くなりたくないとか?


そこまで踏み込んだ質問はできず、もちろん引き止めることもできず、頷いて手を振るしかなかった。
05.世話焼きなクラスメート