20170325


誕生日を盛大に祝われたことは特に無い。すでに三学期が終わっているから学校で「今日誕生日だよなおめでとう」とか言われた事も無い。仮に俺の誕生日が3月1日の月曜日なんかだったとして、「おめでとう」とクラスの人から祝福されたところで返答するのも面倒だ。

だから今年も誕生日は家族からのお祝いの言葉だけで済むのだろうな、楽だな。と思っていたのに。


「英、誕生日おめでとう!」


3月も後半とはいえ外は寒いので一日ずっと家で過ごそうと思っていた今日、突然呼び出しのメッセージが入った。差出人は白石すみれという女の子で、クラスメートである。
その呼び出しに応じた結果、さっむい公園の真ん中でプレゼントを渡されているという状況だ。


「……ありがと。てか寒いんだけど」
「もう春だよ!あ、寒いなら手繋ぐとか」
「いやいやいやいや…」


寒いからって女の子と手を繋ぐなんておかしいだろそんなの、と抗議しようとしたがあまり強くは言えなかった。何故ならこの子は「クラスメート」の他に、「俺の彼女」というステータスを獲得しているのだ。時々忘れるけど。

いくら俺でも恋人同士なのに手を繋がないのは何だかなぁと思うので、すみれが突き出してきた手に応じた。


「手、冷たいね」
「だから寒いって言ったじゃん」
「プレゼント開けて」


俺の寒いアピールは軽く流されてしまった。
実際のところ死ぬほど寒いというわけでも無く、ここまで来れば「寒い」なんて口癖で言ってるようなもんだ。
俺の口は「寒い」「嫌だ」「無理」「眠い」などのネガティヴワードを率先して発音するように造られているのだから。

すみれは自分の渡したプレゼントを早く開封して欲しいらしく落ち着きが無くなってきたので、仕方なくその場で開けてみることにした。


「開けるよ」
「早く早く」
「急かすなよ…」


施されたラッピングがなるべく崩れないようにリボンを解き、シールをゆっくり剥がしていく。その様子を凝視してくる白石の視線が鬱陶しいので手で払ってみたものの、彼女は鋼鉄の精神を持っているのかニコニコしたまま見続けていた。

そしてやっと中身を開いた時に現れたプレゼントは、濃いグレーの暖かそうな手袋だった。


「………」
「…ね!どう?」
「どう?って」


彼女は今が何月なのか認識出来ていないのだろうか?まもなく桜の咲き誇る4月を目前にした3月末だ。


「これから暖かくなるのに何で手袋?」
「英がいっつも寒い寒いって言ってるから喜ぶかなと思って!」


確かに「寒い」は俺の口癖のひとつだが、だからってそれは無いだろう。失礼かもしれないけど少しだけ彼女の頭を疑ってしまった。


「……あと一週間で4月なんだけど」
「知ってるよ?…いや、分かるよ?おかしいって言うのは分かるよ?でも英、あまりにも寒い寒いって言うもんだから極度の寒がりなのかと」
「………」


どうやらこの時期に手袋を寄越してくることが少し常軌を逸している事には気付いているらしく安心した。しかし同時に俺の中には、ほんの少しの罪悪感が芽生え始める。

俺は寒いのが嫌い。疲れるのも眠いのも痛いのも全部嫌いだ。それらの感情を抑えようとせずそのまま声に出している。
「寒い」と感じた時には「寒い」と何の気なしに言っていたんだけど、もしかして、俺の発する「寒い」の回数が異常だったのではないか。


「……俺そんなに寒がってた?」
「いつも言ってるじゃん」


彼女に「いつも言ってる」と指摘される程度には、寒い寒いと連発していたようだ。彼女の横で、一緒にいる時に。
俺はこんな顔でこんな性格でこんな態度だけれども、どのような事をすれば相手がどんな気持ちになるかくらいの予測はできる。


「言ってたかな。ごめん」
「え!謝んなくていいよー」
「じゃあ謝んない」
「いやそこは嘘でも謝ってよ」
「どっちだよ…」


そんなわけだから、せっかく俺がなけなしの申し訳ない気持ちを絞り出して謝罪したのに「謝らなくていい」と言われるとムカつく。それなら謝るのはやめると言えば「嘘でも謝れ」とは訳が分からない。普段自分の感情をそのままむき出している俺からすると。
まあほんの少し「悪かったな」と感じたのは事実なので今日はあまり追求しないでおく。


「でもさすがにもう使えないよ」
「そっかあ…また寒くなればいいのになぁ」
「え、絶対嫌なんだけど」
「だって使ってみて欲しいんだもん」
「次の冬まで温存だな」


すみれにしてはシンプルなものを選んでくれているし、また寒くなってきたら使おうかと手袋をラッピングの袋に戻す。その動作をまたも凝視してくるので、何が楽しいのかと彼女の顔を伺うと驚いた事に目を輝かせていた。


「…次の冬、使ってくれるの?」


そして、クリスマスの朝を迎えた少女のような明るい声で言ったのだ。


「だって、次の冬まで機会なくない?」
「そうじゃなくて…そうじゃ、なくて…」
「何?」


なぜだか分からないけど肩を震わせているのは寒いからでは無さそうだ。
いったい何を言おうとしているのか、時々すみれの言葉を聞き逃すことがあるので(正確には聞き流す、かな)注意して耳を傾けてみる。するとか細い声で、しかし嬉しさを抑えるかのように言った。


「……次の冬になっても、私と一緒にいてくれるってこと」


その顔は、まるで夢でも見ているみたいだと言わんばかりに高揚していた。
自分が何も考えずに言った一言でここまで感激されてしまうなんて、耐え難いほど恥ずかしい。だからついつい珍しく、気持ちとは裏腹の事を言ってしまった。


「そうは言ってない」
「えっ!」
「手袋に罪は無いじゃん」
「えー……」


目に見えて顔色が暗くなるすみれは、静電気ではねていた髪の毛すら重力に従って下を向いてしまったようだ。

俺はこんな顔でこんな性格でこんな態度だけれども、好きでなければ女の子と付き合わない。好きな女の子からの連絡でなければわざわざ呼び出しになど応じない。
彼女の顔があまりにもどんよりしているのを見るのは面白くない。


「……首元寒いの嫌だから、来年はマフラーちょうだい」
「…え」


こんな俺でも彼女の機嫌を取ることぐらい朝飯前だ。そして俺の思惑通りに再び明るい顔を取り戻したすみれを見て、人並みにホッと安心したりもする。
その表情を見られないように絶妙なタイミングで顔を逸らし片手を差し出すと、すみれは素直に手を繋いできた。


「…やっぱり今日は寒くないかもな」
「そう?」
「うん。もう春だし」


もう春だし、すみれの手が温かいし。やっぱり手袋は来期まで使わなくていいな、と再認識した。

Happy Birthday 0325