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合宿3日目。

翔陽と飛雄くんは新しい速攻を試そうとはするけれども、なかなか本番で上手くいかなかった。まだ短い期間だけど、それぞれ時間をめいっぱい使って練習しているのに失敗続きなのは私も悔しい。
どうにか成功してもらいたいのだが、ついにコーチには「精度が上がるまで新しい速攻は無し」と言われてしまった。

…が、それは翔陽と飛雄くんに新たな一歩を踏み出すきっかけとなったのだ。


「…早くあのトス打ちてぇぇ!」


夜、渡り廊下を歩きながら翔陽が叫んだ。
さきほど体育館内で、飛雄くんがトスの精度を上げるまでは一緒に練習しない事になった。だから練習相手のいない翔陽は動き足りない様子。
しかも今日は、まともにスパイクを決められていないもんだから。


「合宿終わるまでに…できたらいいね」
「ん。つーか影山ならやれる!だろ」


はた、と私の瞬きが止まった。
翔陽はやっぱり飛雄くんのことを相棒として認め尊敬し、信頼しきっている。普段あんなに喧嘩したりしてるのに。この間、あんなに衝突したのに。


「おーい?」
「…翔陽って飛雄くんの事けっこう好き?」
「は?キモイ」
「だってさあ…」
「つーかそれ、影山にも言われた事ある。俺がすみれの事好きなんじゃないかって」
「え!?いつ」
「ずっと前。お前らが付き合うよりも」


そこで、翔陽は音駒の孤爪さんを発見したようだ。「研磨あぁぁトス打たせて!」と駆け寄って、非常に迷惑そうな顔を隠そうとしない孤爪さんを体育館へと引きずり込んでいった。


付き合う前、飛雄くんが私たちのことをそんな風に見ていたとは。だけど先輩達にも「日向の彼女かなんか?」と言われた記憶があるし傍目にはそうだったのかも知れない。


そんな状態だったのに、よくぞ私のことを好きになってくれたものだと思うと感動する。
まだ彼の気持ちが変わっていないなら、トスが上手く行けば、速攻が成功すれば私たちは再び恋人同士に戻ることが出来る。





皆が練習しているところ申し訳ないが、食堂が閉まってしまう前に先に夕食をとることにした。
飛雄くんの練習はやっちゃんに任せてしまっている。この合宿中に仕上げるためには、練習相手は私ではない方が良いと思ったから。


そして歩いていると、あの「第3体育館」が目に入った。明かりがついていてボールの音、部員の声もする。誰かが練習しているようだ。


「ツッキー行くぞ!」


その声とほぼ同時に、スパイクを打ったと思われる激しい音がした。すぐにバウンドするボールの音、そして壁にぶつかる音。スパイクは完璧に決まったらしい。


「ッらいーー!ライライラーイ!」
「静かにしてください」
「ツッキーもうちっとしっかりな。木兎のご機嫌取る会になってんぞー」
「……ハイ。」


中を覗くと驚く事に、月島くんが強豪校の自主練に参加しているではないか!
そりゃあ全く自主練をしないって事は無かったけど、この時間までしかも知らない人を相手に練習を続けているなんて驚きだ。


「お!烏野マネちゃん2号」


木兎さんが私に気づいた。その声に反応し、残りの全員がこちらを振り向く。


「…お疲れ様です」
「何しに来たの?」


月島くんは明らかに不機嫌そうな顔で睨んできた。
きっとこの人は、自分ががむしゃらに努力している事を知り合いに見られるのは避けたい性格に違いない。影で努力し、完成体だけを披露したいタイプ。


「何しに来たの、は無いよなぁ?ツッキーの事が心配だったんだろ?」
「あ、いえ違います…」
「あれ?違った!がははは」
「いちいちうるせーなお前は」


私はこれまで月島くんを心配したことが無い。月島くんに興味が無いのではなくて、私なんかが余計な心配をしなくとも問題ない人だと思っているからだ。誰かに頼らなくても、すべて自分で解決できる器用さを持っている。
…と思っていたけれど。


「今な、ツッキーの特訓してるとこ。どう?成果見る?主に俺の手柄だけど!」
「俺だろ」
「俺だ!」
「俺ですぅー」
「おーれーだっ!!」
「無視していいよごめんね」
「は、はあ」


どうやらここで月島くんの特訓をしていたらしい。翔陽が見たら羨ましがりそうなメンバーだ。

しかし月島くんは生き生きとした表情ではなく小難しそうに眉間にしわを寄せていた。彼の表情が穏やかな事のほうが少ないけれど、今は何かを考え込んでいるような…悩んでいるような?


「月島くん」
「何。」
「……月島くんも…」
「俺も入れてくださぁーい!」


突然、体育館内の空気を一気に作り変えるほどの大声が聞こえた。
声の主が誰だか分かると、月島くんはまたもやきれいな顔を歪めた。私の顔を見た時よりも不機嫌そうな理由は、翔陽の隣に月島くんよりも背の高い一年生が居たからかもしれない。


「おおーいいよ、やろうぜ」
「孤爪さんは?」
「逃げられた。おう月島!」
「………何?」


翔陽は新たな練習相手を見つけ生き生きとしており、月島くんへその眼差しを向けた。月島くんが心底嫌そうな顔をしている事には気付いていないようだ。


「ぜってー負けねえぞ!」
「……それ王様に言ってやりなよ」
「言ってるぞ。毎日な!俺はライバルがイッパイなのだよ」
「………あっそう」


いつもなら面倒くさそうにため息をつくだけの月島くんだったが、今は眼鏡をいったん外して拭いた。
そして透き通ったレンズの向こうから翔陽を見下ろすと、低い声で言ったのだ。


「僕も負けないけど」


一瞬にして二人の間に走る緊張。翔陽のちいさな喉仏がごくりと唾を飲み込んで揺れる。
そこへ黒尾さんがやってきて二人にコートへ入るよう促すと、私にも横で見ておくように言った。


「フフフ。今のコイツを昼間のツッキーと同じだと思うなよ」
「………ハイ」


それからの自主練見学は、合宿の成果がますます楽しみになる時間となった。

目指すところは人それぞれ