14.きめたの賢二郎があの五色に合わせるような発言をするなんて、俺だけでなく他のメンバーも驚いたらしい。
そりゃそうだ、これまでレギュラーに入る前だって賢二郎は「信頼できる相手、必ず点が取れると確信する相手、やりやすい相手」にしか率先してトスを上げなかったから。
本人は気づいていないようだがすみれと別れてからと言うもの、賢二郎は確かに丸くなった。
これまで彼の悪いところを指摘するのは俺くらいだったし、俺の意見もそんなに聞いてない事が多かった。すみれに振られたのが相当堪えていたのかも知れないな、賢二郎は認めないだろうけど。
「太一、それ貰う」
俺が間もなく空になりそうなボトルを飲んでいると、すみれが声をかけてきた。
「おおサンキュー」
「いえいえ」
「な、賢二郎のアレ聞いた?」
賢二郎のアレ、あの発言。すみれはほんの少し動きを止めてから頷いた。
「…私も前に、同じようなこと言った事あるんだけどさ」
「へえ?」
その話は賢二郎から聞いているけど、あえて初耳であるふりをした。すみれの言葉に続きがありそうだったから。
「その時は全然聞いてくれなかったから、やっぱり私の事はちょっと馬鹿にしてたのかもね」
そして悲しそうに笑ったのだった。
そうじゃない、確かに付き合っている当時はそうだったかも知れないが賢二郎が今あのような言動に至ったのはすみれが関係しているんだ。別れたのが相当ショックで、いかにすみれのことを好きで大切であったかに気付いたんだよ。
…と、言ってやれれば良いのだがそこまで言うのは違う気がしてやめた。
「あのさ太一」
「んー」
「ハヤシくんと別れようと思う」
「へー………え!?」
「ちょ、しっ、静かに」
壁に寄りかかった身体を思い切り前のめりにして叫んでしまい、すみれが焦って人差し指を口元へやった。
賢二郎は体育館内の対角線上つまり遠くにいるので聞こえていないようだ。危ない危ない。
「ごめんごめん…別れんの?」
「…うん。やっぱり違うっていうか、このままじゃ失礼だし駄目な気がして」
「そっか」
良かった。
そう思う気持ちと、ハヤシにもちょっと申し訳ない気持ちが出てきた。
まず大前提として一番の悪は賢二郎だ。その悪と別れて新しい道を歩もうと、すみれはハヤシの告白を受けただけ。しかし賢二郎もすみれも互いに未練たらたらで、俺としてはもう一度こいつらに彼氏彼女の関係に戻ってほしい。
姉ちゃんにも忠告受けたのに、たぶん俺のせいでハヤシは振られる。すまん。
「賢二郎には言わないでね」
「分かった」
「絶対だからね」
「分かってるよ…」
だってそんな事言ったら賢二郎がどんな行動に出るか予測がつかない。そんな恐ろしい事は出来ない。けれどハヤシと別れた後のすみれがどうするのかは気になる。
「別れてどうすんの?」
「少なくとも太一が期待するような事はない」
「バレてましたか」
「しばらくいいよ、恋とか…」
ずっと好きだった賢二郎と付き合えたのに最後のほうは酷い扱いを受けてトラウマだし、賢二郎を忘れるために好きになろうと付き合ったハヤシの事も好きになれないし、挙句まだ賢二郎を引きずっているし。すみれの恋する心はズタボロのようだ。
◇
「はあ…疲れた」
大学生相手の練習試合は無事に俺たちの勝ち。賢二郎は五色を使うのに神経をすり減らしたらしく、その顔は少しやつれていた。
ちなみに五色はと言うと絶好調で、たぶんあいつは相手の気持ちを変に勘ぐったりしないから誰とでも上手く行くのかも知れない。あの図太さを賢二郎に分けてやりたい。
「腹減ったー」
「米食いてえ…」
「マジ何杯でもいけるわ。しらす無しで」
「しらすを笑う者はしらすに泣くぞ」
「意味わかりません」
好物がしらすだという高校生らしくない賢二郎をからかいつつ、練習試合と自主練を終えて着替えるために部室に向かう。
白鳥沢学園の部室は体育館とグラウンドのちょうど中央に位置しており、殆どの運動部はこの部室の建物を利用する。
つまりサッカー部も。
「おーお疲れ」
だからすみれの現在の彼氏、ハヤシもここを利用する。何度かこの建物の前で会った事はあるけどこのタイミングで賢二郎と一緒にいる時に会うとは。
「……お」
ハヤシは俺に声をかけたつもりらしかったが、俺の陰に隠れていた賢二郎に気付くと固まった。賢二郎もハヤシを見て固まった。俺も固まった。あろう事か三人とも予想外の事態にその場で固まってしまった。
この中で最も気楽に会話を生み出せる立場なのは俺だろう、何か喋らないと。そう考えていると、更に新たな声がした。
「あ、ハヤシくんお待た……、」
「げっ」
俺は思わず声に出た。
すみれが俺と賢二郎の死角から現れたのだ。すみれは俺たちに気づくとやっぱり足を止めて固まったが、今度はハヤシが話し出す。
「よーすみれ。用事って何?」
「えっと…あっちで話そ」
もしかして、いや確実に、すみれはハヤシに別れ話を切り出すために呼び出したらしい。「あっち」と指さす方向へ、ハヤシと二人で歩いていった。
やべえ、こっそりついて行きたい。
「…お前ついて行くなよ」
「え」
無意識のうちに俺の足が一歩出ていたらしく、賢二郎に咎められた。
「賢二郎、気にならねえの?」
「何が」
「あの二人が何の話すんのか…」
「知らねーよ。付き合ってんだから色々あんだろ…誰にも聞かれたくない話とか」
いやいや賢二郎。お前は分かっていないんだ。今からあの二人が別れ話をする事を。俺とすみれしか知らないんだ。
「つうか、いいかげん俺にすみれの話すんのやめて欲しいんだけど。俺が引きずってんの知ってるくせに」
「……わり」
俺の苦労は一体いつになれば報われるんだ?