13.おしごと間も無く夏休みが終わる。
世の中の学生達は揃って悲しみの声をあげるのだろうが、俺たちバレーボール部は特にそのような事は無い。一日中打ち込んでいたバレーが昼間だけ授業に変わるだけだ。
「あーやだー授業やだ」
…どうやら太一は夏休みが終わるのは嫌だったらしい。今夜は俺の部屋に来て、休み明けに行われる実力テストの勉強をしているところだった。
「まじで勉強ワカンネ」
「休み明けのテストは少々点が悪くても平気だろ?」
「そうだけどさー」
だからと言って油断していると、抜き打ちで補習なんかに呼ばれかねない。
俺は自分で言うのも何だけど真面目に授業を受けてるし、勉強は得意だから心配していないけど。太一はちょっと気を抜くと赤点すれすれだ。
「すみれも賢二郎も勉強得意でイイな」
「………あのなあ」
わざとらしくすみれの名前を出す意図を図りかねて、ノートの上でペンが止まる。
いや、意図は分かっている。俺がまだすみれの事を好きだと伝えてから、太一はやたらとすみれの話を振ってくるのだ。
「言っとくけど俺はすみれと戻れねえから」
もう何度目か分からないこの台詞を言うと、太一は小さく舌打ちした。何でお前が舌打ちするんだよ。かと思ったら、今度はため息混じりにこう言った。
「何をそんなに頑なになるんだか」
「頑なっつーか…普通に考えてもう無理だろ。俺が女なら無理だよ俺みたいな奴」
「そうかね?俺はイケるな」
「気持ち悪い」
太一は俺とすみれに、元のさやに収まって欲しいらしい。そうは言われてもすみれは俺の事なんかもう恋愛対象から外れているだろう。
やっと盆明けにあの日の事を謝ることが出来たんだから、これ以上波風は立てたくない。
「それにすみれにはハヤシとかいう新しい彼氏が居るんだから。…上手く行って無さそうだけど」
「え!?」
勉強を放り出して寝転んでいた太一が起き上がった。その勢いでローテーブルががたんと揺れて、危うくグラスの水がこぼれるところだ。
「びっくりした…何だよ」
「賢二郎…ハヤシとすみれが上手くいってないって…何で知ってんの?」
「は?」
何でと言われても。
三連休を終え実家から寮に帰ってきた日、偶然ふたりの会話を聞いたのだ。
ハヤシはすみれにキスをせがんだけれど、まだすみれが唇を許していないらしい事。なかなかファーストネームで呼んでくれないのを、ハヤシが悔しがっている事。
「つうか何で太一まで知ってるんだよ」
「俺はホラ……すみれとたまに話してるから」
「はぁ!?まさかお前ッ、」
俺がまだすみれの事を好きだなんて本人にバラしてないだろうな!?そんな事されたらせっかく「ただのマネージャーと部員」に無事戻りつつある俺達の関係がややこしくなってしまう。
ついつい力が入り、太一の肩を強く掴んでしまった。
「いててて、痛いって。何も言ってねえよ賢二郎の事は!主にハヤシの話してんの!」
「お前がハヤシの話すんのも意味分かんねえから!」
「だってすみれがハヤシと居る時あまりにもテンション低いから気になって」
「………」
太一も相当なお人好しだ。こうして俺の失恋に付き合ってくれるし、すみれの新しい恋の悩みにも付き合っているなんて。
俺が手を離すと、「お前握力強いわ」と太一が自分の肩を揉んでいた。
「…今はそれより大事な事があんだろ」
「例えば?」
「週末の練習試合」
「おお、そういえば。」
今週末、大学生との練習試合が予定されている。監督からの発表によると俺はスタメンで出してもらえるらしく、インターハイでの汚名を返上すべく意気込んでいるところだ。公式戦ではないけれど、自分より歳上で体格のいい相手たちと試合をするのは貴重なチャンス。
最近めきめきと伸びてきている一年生の五色も出る予定だし、最近じゃ「白布さんもう終わりますか?トスいいですか?」と休む間もなく声をかけられる。扱いにくいが憎めない後輩だ。
五色の体力ややる気、練習量を見ているとつくづく「こいつが同じポジションを狙っていなくて良かった」と思わされる。
「まずは監督と部員の信頼取り戻すのが先だな」
「カッコイイ奴」
「うっせえから」
お前は練習試合より週明けのテストが問題だろ。そう言ってやると太一は再び頭を抱え、仕方なく太一の苦手な問題の説明を理解できるまで繰り返してやった。
◇
そして練習試合当日。
俺も太一も試合に出して貰えることになり、当然ながら牛島さんや天童さんも。
新しい顔ぶれは一年生の五色工で、相手の大学生も「あいつ見た事ないな」と五色を見ながら話していた。
すみれはコート脇の椅子に待機していて、試合を見られているってだけでやはり緊張する。インターハイの時のような地に足つかない緊張感ではないからマシだけど。
「白布さん、ちょっと」
五色に呼ばれて耳を傾けると、もっとこうしてもらえると打ちやすい、牛島さんに上げるみたいにして欲しいといった要望がひっきりなしに来る。
こいつ、コートの上では遠慮ってものを知らないらしい。変に遠慮されるよりは良いのだが。
「…じゃあこれで打ってみろ、よっ」
ふわりと浮かせたトスは牛島さんならそのまま打ち下ろして終わりだ、お前ならどうする?
そういう気持ちをボールに乗せると五色は「どうも!」と言いながら勢いよく飛び、俺の何倍はあろうかというパワーで打ち抜いた。
「ひゅー」
太一の口笛が聞こえてきたので睨みつけると、しれっと明後日の方向を向いた。
「つとむ!ナイスキー!」
「恐縮でっす!」
すみれの声援に素直に応える五色が今は羨ましい。怖い。後輩が怖い。
俺はあまりすみれとの交流ができていないので、すみれから声援を受ける五色についつい目線を送ってしまう。と、目が合った。やばい、睨んでるのがバレたか。
「白布さん、今のすごく良かったです!ありがとうございます」
ところが五色は俺の目つきが悪い事には気づかなかったらしく、あろう事か礼を言われてしまった。
「……え…ああ…」
「ブッふふふ」
調子が狂ってうまく返事が出来ない俺を悪う太一の声が聞こえる。さっきから太一は俺を見て楽しんでるな。
「…太一」
「ごめんって」
「賢二郎はつとむが苦手だモンね〜」
「はい。苦手です」
「えっ!それは困ります」
つい正直に「苦手」だと言ったところ五色は本気で慌て始めた。…そういうところが苦手なんだけど。
でも、苦手だからって苦手のまま終わらせてはいけないのだとすみれ(と、ついでに太一)に言われた事がある。
「安心しろよ。苦手な奴にもトス上げんのが仕事だから」
だからそう言ってやると、俺の声が聞こえていたその場の全員が固まって皆で俺を凝視したではないか。まるで絶滅した動物に遭遇したかのように。
「賢二郎の口からそんな事聞ける日が来るなんてなあ」
最初に口を開いたのは大平さんだった。
「俺泣きそうです」
「あ、俺も俺も」
「太一は嘘でしょ絶対泣かねぇわ」
「…何ですか皆して?」
やっと俺が質問すると、再び全員顔を見合わせた。今度は誰が何を言うのかと一人一人の顔を順番に見ていくと、最後は牛島さんがこう言った。
「丸くなったな、白布」
「………??」
「ハイッ!お相手さん待たせてるからさっさと再開するよ皆の衆〜」
丸くなった、の意味を聞き返す前に天童さんの号令で皆散り散りになってしまった。
俺が、丸くなった??性格が??自分では全然理解できないんだけど。