12.すきだよ


誰からも課せられていないが、俺には使命があると思う。すみれが今、ハヤシと付き合っていて本当に幸せなのかを確認するという使命。


すみれはもちろん賢二郎だって「余計な事するな」と思うだろうが、あいにく俺は気になり出すと止まらない性格だ。
それにふたりが付き合っている時、散々俺も色んなことに巻き込まれたんだから今回ぐらいは好き勝手に動かせて頂く。


この休み明けの練習で賢二郎が突き指し、そのテーピングをすみれが率先して行うという久しぶりの光景も見る事が出来た。あまり会話は弾んでいなかったようだけど。


ちょっと話をするべく、練習終わりにすみれがタオルやビブスを干しているであろう場所に、俺は一人で向かう事にした。


「おつかれー」


あくまで軽いノリというか、俺とすみれとのいつものやり取りのノリで声をかけるとすみれが顔を上げた。


「あっ、太一。お疲れ様ー」
「お盆どっか行ったの?」
「や、家でゴロゴロしてただけだよ」
「おお、俺も俺も」


まずは世間話をしながら近づいて、洗濯かごのそばまで寄った。
かごの中には膨大な量の洗濯物が残っており、これを今から一人で干すつもりかと聞くと頷いたので手伝う事に。


「疲れてるのにごめんねー」
「いやいや」


何か作業をしながらのほうが会話しやすいので、お安い御用だ。
部員が今日何度も使い回したであろうビブスが柔軟剤のいい香りに包まれている。それを一枚一枚広げては洗濯ばさみで吊るしていく。


「賢二郎、突き指してたな」
「………だね。賢二郎は多いよね突き指」


あまりペースを崩すことなくすみれが答えた。彼女の言う通り賢二郎の指はテーピングだらけ。それだけ練習しているのだと言えば聞こえはいいが、注意力散漫とも言える。

さて賢二郎の話を振ってもすみれは大きな反応を示さないので、ここですみれの新しい彼氏の話をする事にした。


「…あのさー」
「ん?」
「ハヤシのこと好き?」
「………えっ?」


もう少しマシな聞き込み方法があった可能性は否めないが、気になって仕方が無いので単刀直入に。すみれは見るからに動揺して視線を落とした。


「…何で?」
「なんとなく。いや、勘?つーか…分析」
「何それ」
「だってハヤシと居る時のすみれ、全然楽しそうじゃないから」
「………」


すみれからの返事が無い。どうやら俺の予想は当たっていそうだ。次に聞きたいのは姉ちゃんの編み出した説だが、果たしてどうなる。


「ハヤシと付き合ってんのは賢二郎を忘れるためだったりして?」


あくまで冗談っぽく、「そんな事あるわけ無いよな」という声色で言ってみる。

すみれの顔をこっそり覗くと、困ったように眉を下げている。この質問が彼女を困らせる事になるなんて分かりきっていたが、それでも俺にはそれを確認する使命があると思い込んでいた。

返事があるまで洗濯物の続きを干していると、震える声ですみれが言った。


「…太一こわいよ。魔法使いみたい」


俺の洗濯物を干す手が止まった。
という事は、まさか本当に姉ちゃんの仮説が正しかったのか?


「……賢二郎の事が、まだ…」
「好きだよ」


臆することなくすみれが言うので、洗濯物を落っことしそうになった。


「でも…あんなふうに別れちゃったから…忘れなきゃって思って、そしたらハヤシくんに告白された」


だから付き合った。
最低だよね、とすみれは自嘲した。


「…そうか?最低なのはそもそも賢二郎だろ」
「でもそれに耐えきれなくなって別れを切り出したのは私だよ。忘れたくて他の子と付き合うなんて最悪だよ…ハヤシくんにも、賢二郎にも」


そのままふたりで洗濯物を干しながら話したところによると、すみれはハヤシの事を好きになろうと努力しているらしい。が、どうしても賢二郎の事が頭をよぎる。
何だかハヤシが可哀想になってきた。


「…じゃあそのまま付き合ってるのって、あんまり良くないんじゃね」
「うん…」
「ハヤシは結構すみれに惚れてるよな」
「…何で知ってるの」
「勘」


本当は勘じゃなくて、ハヤシとすみれの様子を見れば分かる話なのだが。


そこから全ての洗濯物を干し終えるまで会話はなく、洗濯かごが空になるとすみれがかごを持ち上げ最後に俺に向き直った。


「ハヤシくんとはどうなるか分かんないけど、賢二郎とは戻れない。私から別れたのに…今更そんな勝手な事言えないよ」


そして、俺が何も言わないうちにその場を去ったのだった。


賢二郎もすみれも考えられないほど真面目で頑固な性格なので、一度こうだと決めた事はなかなか曲げない。恐らくすみれはもう賢二郎の過去の態度について怒ってはいないのだ、インターハイに負けた日の暴言の事も。


それどころかすみれの口からはっきりと聞いた。賢二郎の事がまだ好きだよと。


今日のところはこれが聞けただけ満足だったし「よくやった、俺」と自分を褒めてやりたい。が、まさか俺の口からこれを賢二郎に伝えるわけには行かないので、賢二郎がすみれの気持ちを知るためにはまた別の作戦が必要だ。


ちくしょう、俺がいつか未来の彼女と喧嘩したら仲介しろよ。