05




夜、翔陽から電話がきた。その時聞いた最悪の事実は、影山くんのことを「王様」と呼んではいけない事だった。理由は分からないけれど、王様と呼ばれるとひどく怒るらしいのだ。

そんな事知らなかったとはいえ、何度か私も「王様」と口にしてしまった。しかも嬉しそうに。私がいけなかったんだ、彼の機嫌を損ねていたのは。


『俺も言っといたから、もう怒ってねーよ』
「いや怒ってるよ!めちゃくちゃ怒ってたじゃん」
『そんなグチグチ引きずる奴じゃない』
「………」
『つーか知らなかったんだし、しょーがなくね?』


翔陽はそう言ってくれたものの、他人のNGワードを連発していた自分に嫌気がさした。

翔陽たちは朝5時から練習していると聞く。
明日、朝会って謝ろう。





6時ごろ、体育館に着くと影山くんと翔陽以外にも、田中先輩と菅原先輩がすでに来ていた。


「あれッ、白石さん早くね?」


朝からきれいに通る菅原先輩の声で、体育館内の全員が私の存在を確認した。影山くんもだ。


「あ…ハイ…目が覚めたので…」


私はジャージに着替えて、早朝練習が終わるまで隅っこで眺めていた。

久しぶりに目にする影山くんのバレーをする姿。美しい。スパイクも打てる、レシーブもできる、田中先輩の場所を常に把握してのトス回し、きわめつけはサーブの勢いだ。あの鋭い球が相手側のコートに激しく落ちる音を聞くたびに、私の心臓も同時に跳ねた。


「翔陽はやらないの?」
「俺にはまだトス上げてくんねえのー」


不満そうに言う翔陽に、菅原先輩が「だから俺が付き合ったるって!」と励ましてくれていた。

そして6時50分、そろそろ他の部員が集まりだすという事で、影山くんと翔陽は体育館から切り上げる事になった。今から授業が始まるまで、別の場所で練習するらしい。
行ってしまう前に謝らなくては、と体育館を出たところで待ち構えているとついに二人が出てきた。


「影山くん」
「……何」


もしかして、まだ怒っている?それはそうか。呼ばれたくない名前、いわば悪口みたいなものを平気で何度も言ってしまったのだから。


「ごめんなさい」


かつてこんなに真面目に頭を下げた事があるだろうか。自分で言うのも何だけど、私は謝らなきゃいけないような悪い事はしない主義だ。
だから、こんな風に誰かに謝るのは初めてだった。緊張。


「……」
「影山」


翔陽が影山くんに何かを促している声が聞こえる。
やっぱり簡単には許してもらえないか。誠心誠意マネージャーとして彼に尽くし、時間をかけるしか無いのかも。私は顔を上げた。


「…ごめんなさい」


最後にもう一度謝って、体育館へと入った。影山くんからは何の声も聞こえなかった。





その日の昼間、今日は私が家を出るのが早かったせいでお弁当が無く「お昼は購買で!」と母に言われたので、購買へと向かっていた。

翔陽も、作ってもらったお弁当は午前中に食べきってしまったらしく一緒についてきた。


「元気ねえなすみれ」
「うん…眠い…すごいね二人とも、5時からなんて」
「そうしなきゃバレー出来ねえから!」
「…だよね」
「そういや影山だけど、多分もう怒ってねえよ」
「………ほんとかなあ」
「うん。俺ちゃんとフォローしといたからな!」


いったいどんなフォローをしてくれたのだろう。翔陽は凄く良い人だけど空気が読めるとは言えないので、フォローの内容が心配になった。

でも、どうせ影山くんの中で私の印象は最悪なのだから今更それがもっと悪くなったからって大して変わらないか。


「あ、影山じゃん」
「え」


影山くんも購買に並んでいた。背が高いので、他の男子生徒よりも頭ひとつ抜きん出て目立っている。


「ほら行くぞ」
「え、うぇえ?」
「影山ー!」


呼ぶなーーーこんなところで呼ばないで!
でも翔陽の大きな声は当然彼の耳に届き、不機嫌そうに振り返った。


「…うるせえ」
「なあ、もう怒ってないんだよな?」
「はあ?」
「コイツの事」
「………」


影山くんが翔陽へ、次に私へと視線を向けた。怖い。大きい。本当に怒ってないんだろうか…そこへ翔陽が続けて言う。


「朝言ってたじゃん。怒ってる訳じゃ無かったって」


すると、影山くんが目を見開いた。


「言ッ…てめ…そういうのは自分で言うッつったダロ!」
「ありり?」
「…あ、あのう…」
「…昨日は悪かった」
「えっ?」
「昨日は!わ、る、かっ、た!」


視線は私から外れていたけど、確かに影山くんが私に対して謝った。

この人は、翔陽と真逆で、素直に自分の気持ちを伝えるのが下手くそなのかもしれない…というのも謝ったときの彼の顔は、恥ずかしさや照れで非常に歪んでいたからだ。

05.幼馴染のフォロー