11.ごめんね


三日間なんて長いなと思ったけれど過ぎてしまえばあっという間で、俺は白鳥沢学園に戻る電車に揺られていた。
実家には親戚が集まっていて、予想通り「インターハイ観たよ!」「賢二郎が全国大会なんてな」と話題になってしまったが、終始愛想笑いに徹することでその場を凌いだ。


夕方、寮について荷物を整理し、明日からの練習に備えるため今日は早めに寝ようかなんて考える。体育館は開いているかな、もし開いていたら少しだけボールに触ってみようか。





ボールだけ持って寮の外に出てみると、空は夕焼けに染まっていた。柄にもなく「きれいだな」と感じて、少し眩しいくらいの夕日に照らされながら体育館まで歩いていく。

そして体育館のそばまで来た時、ある生徒の声が聞こえてきた。


「はいこれ、お土産」
「…わあ、ありがとう」


それはすみれと、ハヤシと言う男の声だった。そのまま歩いて「おお偶然」とか言ってしまえば良かったのだが、思わず自分の姿が見えないよう陰に隠れてしまった。

すみれもハヤシも今日実家から寮に戻ってきたらしく、ハヤシからのお土産を受け取っている。

俺だって付き合っていればそのくらいの事はしたのに…いや、しなかったかも知れない。
すみれと付き合ってる時の俺と来たら、すみれに自分から何かをしてあげるなんて考えもしていなかった。
とんだ自分勝手な男だった。


「あー…会えなくて寂しかった」


と、言ったのはハヤシだ。

どうやらハヤシはすみれに結構惚れているらしい。「寂しかった」なんて甘い言葉を囁くような優しい男に惚れられてたいそう幸せだろうな。


「……なあ、ぎゅっしてしていい?」


…今すぐここから離れたくなった。


「えっ、ここで?」
「誰も居ないよ」
「でも、………」


すみれは何かを言おうとしていたが、その言葉が途切れたので「ああ抱き締められたんだな」と悟った。

しばらく無言となったので、まさかキスでもしてるのか?と冷や汗が流れた。悪趣味だとは思いつつも気になって覗いてみたくなり、顔を出そうかと思ったところでハヤシの声がした。


「…いい加減キスしよ?」
「ご…ごめん…」
「まだ元カレ引きずってんの?」


ごくり。俺は息を呑んだ。


「毎日部活で顔合わせてるのに、そんなんでマネージャーの仕事出来んの」
「マネージャーは…ちゃんとやってるよ。賢二郎の事は関係ないし、」
「賢二郎ね…」


久しぶりにすみれの声で「賢二郎」と呼ばれて心臓が跳ねた。
すみれに新しい彼氏が出来たなら諦めようと思っていたのに、ふつふつと熱い感情が沸き起こる。やめろ、抑えろ俺。


「俺の事は名前で呼んでくれないんだ」
「……」
「…まぁいいけどさ。賢二郎って奴がどんな男かよく知らないけど…絶対忘れさせるから」


そして、そこから去っていく足音がした。体育館でボールを触るような気分では無くなってしまい、俺はその足音が聞こえなくなってから自分の部屋へ戻ることにした。


すみれは新しい彼氏、ハヤシと言う同級生と付き合っていて幸せなのだろうか。


幸せならばそれでいい。俺はもう何も言わないでおこうと思っていた。
でも先ほどの会話を聞く限り、あまり積極的にハヤシと接する事を望んでいない…ような気がした。都合のいい解釈かも知れないけど。


それどころか、まだ俺の事を好きで居てくれてるかのような台詞も聞こえてきた。
「まだ元カレ引きずってんの?」この質問に、すみれの首は縦横どちらに振られたのか分からない。もやもやする。


すみれは俺の事、どう思ってるんだろう。
俺はまだまだすみれが好きだ。もしもまたすみれがチャンスをくれるなら、付き合っていた頃の数々の所業は一生かけて償う覚悟だってある。どうするべきだ、「まだ俺の事好き?」なんて間抜けな質問出来るわけがない。


良い方法が浮かばないまま夜になり、太一が寮に戻って来て、その日は連休中のくだらない話をしながら過ごして終わった。





翌日。8月16日の朝から通常通りの練習が開始され、早速朝から体育館に集まった。
もちろんすみれも居て、いつもの通り忙しなく働いている。


「じゃあAチームはこっち、Bはあっち。白石はスコアシート頼む」
「はい」


コーチに指示されて、すみれがコート脇の椅子に座った。…ゲーム形式の練習ですみれがスコアシートをつけるのは久しぶりだ。つまり、久しぶりに近くで試合を見られる事になる。

変に緊張するがインターハイの二の舞はごめんなので、プレーに影響しないよう極力考えない事にした。


「よろしくお願いします!」


ネットの向こうで一年生の五色が元気よく挨拶した。俺の苦手な一年生。しかし、悔しいが確かに上手いと感じる。
背も高いしパワーだってあり、熱血なところが天童さんや瀬見さんにも好かれている。監督も五色を買っているので、そろそろ彼にトスをあげる日が来るのかもしれない。


「…いッて!」


その五色のスパイクが床に叩きつけられるのを防ぐためブロックしたところ、運悪く突き指してしまった。

「すみません!」と謝ってくるのを手で制し、テーピングをするためにコートを出る。と、すみれがテーピングの用意をして待っていた。


「やるよ」
「……いい。自分でやる」
「いいから」


あまり頑なに断るのも怪しいかな、怪しいよな。だからお言葉に甘える事にした。


「…彼氏できたんだって?」


小さな声で聞いてみると、テーピングの手が少し止まった。


「太一に聞いたの?」
「…いや……駅で見かけた」


厳密に言えば駅で見かけた時に、太一に聞いたのだが。


「おめでと。良かったじゃん」
「…うん。ありがと」
「………ごめんな。あの日…」


今更謝ったってどうしようもないけど。

どうしても謝りたくなって謝罪の言葉を述べると、すみれが少しだけ首を横に振ったように見えた。


「…はい、終わった!」
「さんきゅ」
「いえいえ」


テーピングの終わった俺はコートに戻り試合を続行したが、やはり頭の中ではすみれの事を考えてしまった。


最近とても思う。俺はまだすみれの事が好きだ。戻りたい。でも、戻れない。すみれには新しい彼氏がいて、そいつはすみれを大切にしてくれそうな雰囲気だったから。
一度ひどい扱いをした俺が今更出ていく場面なんか無い。

この世にタイムマシンがあるならば、過去の自分をタコ殴りにしてでも説教してやるのに。