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この合宿で、翔陽と飛雄くんは新しい速攻を試す機会があるだろうか。その心配をしていたけれど、コーチも先生も「どんどんメンバーを変えていく」と言っていたので、どうやら同じコートに立たせてもらえそうだ。


試合前、コートを使って練習している様子を見ていると足元にボールが転がってきた。


「あ」


ボールを拾って渡そうとすると、音駒のセッターの人が立っていた。ぺこ、とお辞儀をされたので私もお辞儀を返す。
この人の方が上級生だから、少しだけ深めにお辞儀をした。


「どうぞ」
「…ありがと」


彼はボールを受け取るが、すぐに引き返すのではなく烏野の練習をしばし眺めた。瞬きもしないまま。視線の先にいるのは翔陽、と、飛雄くんだ。


「研磨ー、おーい」


音駒の人の呼び声で、孤爪さんが我に返った様子で瞬きをした。「今行く」と答えてもう一度烏野のコートに目をやり、最後に私を見ると目が合ったのですぐに逸らされる。
でも、去り際確かにこう言った。


「楽しみだね。合宿」


それは独り言だったのか私に向けてだったのか分からない。
けれどあまり感情の起伏が無さそうな孤爪さんがこのように言うということは、少なからず期待できるような気がした。





試合は前と同じように1セットずつ行って、負けたほうがペナルティ。最初の相手は木兎さんのいる梟谷学園。


彼らが元々格上なのは私にだって分かることだけど、この二週間、飛雄くんや翔陽だけが練習に励んでいたわけではない。
皆に助言をくれる菅原先輩だって、「気が弱い」と言われる東峰先輩だって、他の誰だって二週間みっちり練習してきたのだ。


「烏野なんか雰囲気チガウねー!」
「…意識し過ぎないでくださいよ。木兎さんは頭使わないほうが強いんですから」
「おっ!赤葦優しい」
「今の優しさなのか?」


梟谷の人たちも、烏野高校の様子を見て若干の気合を入れたかに見える。
やっちゃんが隣で「上手くいくといいね」と耳打ちしてくれたので、祈るような思いで頷いた。





「くっそー…脚いってえ」


一日を終え外は真っ暗、烏野部員は全員お疲れのご様子。
それもそのはず、本日も何度の坂道ダッシュをしたのか分からないほど負けまくったのだ。


「…んがー!!!悔しい!」


翔陽はその中でも派手に悔しがっていて(一番声が大きいから目立つだけかも?)、ほんの少し前とは違う飛雄くんのトスと合わせられなかったのが心残りなようだった。


「…くそー…やっぱスゲーな」
「そだね…さすが強豪」


翔陽と飛雄くんが体育館の中で大の字になり、自主練の開始まで体力回復を図っている。胸が大きく上下しているのが、彼らの呼吸が深い証拠だ。


「違う違う。強豪もだけど、影山が」
「あ?」
「………だから悔しい。他のチームの誰かに負けるより、お前に負けるのが」


翔陽は仰向けで天井を見ながら息を整えた。そして彼自身の気持ちも整理しているかに見える。


今日、それぞれが別の場所で行っていた事を突然試す事になった。
私は翔陽がどこで誰とどんな特訓をしていたのか聞いていなかったので、試合中に起きたとっさの事態にあそこまで反応出来た事に充分驚いたけれど。


翔陽としては飛雄くんが新しいトスを上げるために練習していた事を知らなかったもんだから、それに驚いている…だけでなく、悔しがっている。
まだ彼の中では、飛雄くんは超えるべきライバルとして位置づけられているらしい。


「短期間であんな風にトスの上げかた変えてくるなんて悔しいけどすげえ。悔しいけど。ちょームカつくし」
「うるせぇボゲ」
「…練習しなきゃ」
「………」


翔陽が立ち上がると、飛雄くんも静かに上体を起こした。


最近ふたりは会話もなく、今日の練習で久しぶりに一緒に試合に出たような気がする。
互いに個別で練習していた成果を同時に発揮できるかといえばそうでもなく、また他のメンバーもあまり力を発揮できないまま終わっていた。本人たちはもどかしくて悔しいに違いない。


「すみれ、ボール」


翔陽が言った。
私が彼らに付き合って差し支えないだろうか?心配しながら飛雄くんをちらりと見ると、私の懸念は恐らく無駄であると分かった。
何故なら飛雄くんは真っ直ぐコートを見据えたまま、深く頷いたから。


しばらく練習してから、後はふたりが片付けておくとの事で私は洗濯物や何かの仕事が残っていないか探す事にした。
けれど全て終わっていたみたいで、やっぱりマネージャーの数が多いと色んな事がすぐに片付くんだなと感心する。他校のマネージャーさんや潔子先輩はベテランだから慣れているんだろうし。


少し遅くなったけど夕食を食べようかと歩いていると、まだ一箇所だけ明るい体育館があった。入口には「第三体育館」の文字が。


「っあーーー疲れたぁぁぁ!」
「!!?」


突然大声で出てきたのは木兎さんだった。「疲れた」という言葉とは裏腹に、まだまだ元気が有り余ってます!という清々しい顔をしている。


「少しは疲れたフリしろよ」
「疲れたぞ?マジで疲れた!」
「あーあーうるせ」
「あ、烏野の子」


音駒のリエーフくんが私に気付いた。その他にも梟谷も音駒それぞれのレギュラー陣の姿が。


このメンバーで自主練習をしていたのかと思うとぞっとする。
何にぞっとするって、強い面子が集まれば練習内容はより充実したものになるからだ。烏野がもっと差をつけられるのは困る。


「お疲れ様です」
「そっちこそ遅くまで大変だね。でこぼこコンビは一緒じゃねえの?」


でこぼこコンビ、つまり飛雄くんと翔陽の事だろう。私が首を振ると赤葦さんが苦い顔をした。


「黒尾さんのせいじゃないですか」
「俺!?もしかしてこの前のアレまだ引きずってるの?」
「いや…」
「お前何かしたのかよ」
「してねーよ!…たぶん」


リベロの人が黒尾さんの脇を小突いて「マジでこいつ余計な事ばっかでごめん」と言った。…夜久さんは、黒尾さんが何についての「余計な事」を言ったのか知らないんだろうけど。


「あー早く明日になんねーかな!烏野コテンパンにしたい!」


リエーフくんは夜眠るのも時間の無駄だと言わんばかりに目をきらきらさせていた。「コテンパンに」って言い方は悪いけど、翔陽と早く試合がしたいなという意味なのだと思う。

きっと翔陽もそう思ってるよ、と言おうとすると夜久さんが一発蹴り込んだ。


「お前が入ったら逆にコテンパンだろ!だから今日交代させられたんだろ分かんねえのか!やっぱり残れ練習すんぞ」
「や、やくさん…」
「…まァお互い頑張ろうね?明日からも」


黒尾さんがひらひら手を振り、木兎さんは拳を突き上げ、赤葦さんは軽く会釈し、各々どこかへ歩いていった。リエーフくんと夜久さんは体育館へと戻ったらしい。


どの学校もこの合宿で、何かしようとしてる。飛雄くんと翔陽だけが、烏野だけが変わろうとしているわけでは無いのだと、また私はぞっとした。恐怖ではなく、武者震い。

生まれ変わるものたち