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「いったん別れる」という他人から見れば首を傾げるような選択をした俺を責めるような事はなく、すみれはいたって普通に接していた。
自分から言い出したくせにそれがもどかしい、彼女がひとりでいる時にはいつでもその手を握ってしまいたいのに。


武田先生の都合が偶然合わなかった日、久しぶりにすみれが練習に協力してくれた。…俺が誘ったんだけど。マネージャーなんだから当たり前で普通のことだし、そこには何の特別な時間感情なんか無いと思い込ませていた。


「…もうすぐ合宿だね」


しかし無心で接するなんて出来るはずもなくて、「一緒に帰る」という口実を無理やり作ってバス停までの道のりを二人で歩いていた。


「おお」
「他の学校すごかったよね…」


俺からは何の話題も出てこなくてずっと互いに無言だったのを、恐らく気を遣って彼女のほうから喋り出した。

他の学校は確かに凄い、総合力も個人の力も何もかも烏野は劣っているだろう。そして、人間としての出来上がり方も俺のほうが遥かに劣ってる。


「…他んトコはすげえけど」
「けど?」
「……けど…あんまり…会いたくない。合宿は楽しみだけど」


合宿に行くと、あの人たちに会うと、前みたいに自分の小ささが目に見えてしまうのが嫌だ。身体も心も他校の上級生に負けている。

すみれはまたあの集団の中に入って、黒尾さんとか木兎さんとか赤葦さんとも話しながら一週間もの時間を過ごして、「なんだ、飛雄くんて子どもじゃん」なんて冷めたりしないだろうか。


「会いたくないって?」


会いたくないなあ、あの人たちには。

そんな情けない事を言えるわけもなく質問には答えないままその日が終わり、ついに合宿の日を迎えた。





「影山、隣すーわろ」


やたら爽やかな声で菅原さんが言った。
まさか長時間共にするバスで先輩から「隣の席に座ろう」なんてお誘いがあるとは思わなかったので、暫く返答に困ってしまった。


「…影山ァ!隣すーわろオォ!」
「ウザ絡みすんなスガ」
「うるせーい」
「あ、スンマセン…あの、どうぞ」


俺が返事をしないせいで菅原さんが主将に叱られてしまったのが申し訳ない。

この人がわざわざこういう声掛けをしてくると言うことは、恐らく何かの意図があるのだ。なんとなく分かっている。
菅原さんは俺が思うに月島よりも冷静で、感情的にならず物事を客観視することに優れている。きっといい話が聞ける。
そう思い、バスで隣同士に座ることにした。


「ほれ。いる?」
「…あざす。」


菅原さんは鞄の隙間に詰め込めるだけのお菓子を詰め込んでいたらしく、周りの席に配りまくっていた。俺もおこぼれで貰ったのだが、あろう事かポッキーを一袋。苦い気持ちが蘇る。


「スガ食いすぎ。着いたらすぐ始まるんだから寝ろよ」
「うるへぇ食ったら眠くなんだよ」
「スガは元気だなあ…」
「お前は元気無さすぎ」


後ろの席で主将が東峰さんを突っ込んだのが面白くて少し和んだ。俺もいつかこんなふうにチームメイトと接する日が来るのだろうか。想像出来ないな。


「影山、日向と練習してないんだって?」


もう一袋のポッキーを食べながら菅原さんが言った。


「……してないです。すみません」
「いや謝んなくていいべ?考え無しにやってるとは思ってないから」


どうして怒らないんだろう?この二週間全く別々の練習をしていて、この調子だと合宿でも同時にコートへ入れてもらえるか分からない。
そんな無謀な俺と日向を見て、上級生なら苛立ちを覚えそうなものだ。


「…怒らないんすか、俺たちの事」
「え、なんで」
「なんでって……」
「それが最善だと思うならやれよ。やり方が間違ってたら俺やコーチが指摘する。されないって事は、そういう事だよ」


誰かがポッキーを食べる姿がこんなにも頼もしく見える日が来るなんて思わなかった。菅原さんはもぐもぐ噛んで飲み込んだ後、少し恥ずかしくなったのか頬を赤らめた。


「…つって、俺も正直何が正解なのか分かんねえだけだから気にすんな!」


そして俺の背中をばしんと叩くと、「寝よ寝よ!」と突然リクライニングを一気に最大にして主将に椅子を蹴られていた。





翌朝、東京…だと思っていたら埼玉県に到着。森然高校で一週間の合宿が始まった。


「おっす!元気か一年坊主」


ひときわ大きい声で挨拶をしてきたのは、梟谷のエースであり主将だ。

すでに一汗かいた後らしく、いつでも試合ができる状態に仕上がっている。この時点で、つい先程バスを降りたばかりの俺は遅れをとっている。仕方ない事なんだが悔しい。


「おはようござ」
「はよーっす!木兎さん!よろしくお願いしぉす!」
「おーチビ助元気だなー」


俺が先に声をかけられて先に挨拶していたのに日向の野郎。絶対こいつにトスなんか上げてやるもんか。…いやいや上げなきゃ駄目だろ冷静になれ。


「おはよ、遠くから大変だね」


そこへ、同じくウォームアップがすでに終了している様子の赤葦さんも現れた。
俺と大差のない身長、しかし彼のほうがやや身体付きが良く、強豪相手に試合をしてきた回数では恐らく負けている。


「長旅の後ってなかなか身体動かなそう」
「…んな事ないです。いけます」
「頼もしいね」
「どうも…」
「一週間よろしく」


そう言って、赤葦さんが手を差し出した。


今日から一週間。


強豪梟谷グループに混ざり自分は、烏野は、どこまで出来るのか?やっぱり「この人たちに会いたくないな」という気持ちよりも「早くやりたい、試したい」というのが勝った。


コーチや菅原さんはもちろん日向も心なしか俺を意識しているのが分かったし、アップを終えた俺にタオルを差し出したすみれが「頑張れ」と小声で言うのが聞こえたら、これはもうやってやるしかない。

ブースター!