Last February


いよいよ今月から、白鳥沢での土日練習への参加が始まった。


スポーツ推薦が決まっている新入生は俺を含めて5名。中学の中では目立って背の高かった俺もその中では埋もれていた。
そして、初めて近くで目にしたウシワカはその身長もさることながら、骨格の造り自体が俺とは違うのだと思い知らされた。


「主将の牛島だ。これからよろしく」
「よろしくお願いします」


ウシワカは手を差し出してきた。
これから彼が俺のライバル。県内一番のウシワカに認めさせる事が出来れば、あの美しい紫色のユニフォームを着て試合に出られるのだ。

決意と、尊敬と、同じくらいのライバル心を込めてその左手を握り返した。…分厚い。この世に産まれて15年、こんなに立派な手に触れたのは初めてだ。


「名前は?」
「…ご…五色工です」
「そうか」


ウシワカの返事はとても短かった。吸う息も吐く息も必要最低限で、俺に対して余分な力を使いたくないかのような。


「期待してる」


この言葉にはそのままの意味なんか込められていない。社交辞令というやつだ。


「……期待じゃなくて、覚悟してください」


いつか俺に向かって全力で勝負させてやるぞとウシワカの姿を見上げると、彼はかすかに笑ったのだった。


「…そうだな。覚悟しておく」





練習は俺からしてみれば楽勝で、名門なんてこんなもんかと思えるほどの内容だった。


…なんてのは嘘だ。
めちゃくちゃしんどい。


体力には自信があるはずだったのに、今までは学校内でも一際目立つ運動能力を誇る俺だったのに、そんなプライドなんて一瞬で崩れ去った。

ウシワカは走るのも速く最後まで姿勢も崩れない。スパイクフォームは美しく、見とれていると一気にボールがコート内に叩きつけられる。


「さっき若利クンに宣戦布告してたっしょ」


突然、比較的高めの声で話しかけられてはっとした。いつの間にかすぐ横にとても特徴的な上級生が立っていて、やはり彼の目もウシワカを追っていた。


「宣戦布告って言うわけでは…」
「フーン?闘志むき出しだったけど」
「と、闘志とかは」
「顔に書いてあるよ」


さっきまでウシワカの姿を見ていた彼の瞳に、初めて俺が映った。ウシワカ同様、その心情は読み取りにくい。
「若利クン」などと慣れ親しんだ呼び方をするということはこの人も俺の二歳上だろう、もの凄くやりづらい。


「名前は?」


そして、ウシワカと同じ質問をされた。


「……五色工です」
「つとむ。いい名前だね」


そう言って差し出されたこの人の手のひらにも、俺よりも二年ぶん多い経験が滲んでいた。





この調子で土日を過ごし、また翌週の土曜日も夕方まで身体に鞭打って練習をやり抜いた。俺だけでなく、同級生の推薦組は練習が終わる頃にはバテバテだ。


しかし、このたった5人の同級生の中に埋もれる気なんてさらさら無かった。入学式まで残り一月半、最初の大会はインターハイ予選。それまでに、この5人の誰よりも早く試合に出てやろうと誓った。


そして白鳥沢の練習に参加した帰り、まだまだ身体を動かしたくて中学校のバレー部にも顔を出すことにした。
あそこでレギュラーの座を手にするには、少しでも長くバレーに関わるほか無いと思ったから。


今日は土曜日だし、三年生は引退済みなのであまり生徒の数は多くなかった。
そして真っ先に体育館へと向かおうとした時、その陰に見慣れない女の子の姿を発見した。

…白石さんだ。

土曜日にこんな所で何をしてるんだろう、それも一人で座り込んで。首をかしげたが、その理由はすぐに分かった。


「……もーやだ…無理だ…無理かも」


顔を膝に埋めて泣いていた。

いやだ、無理かも、というのは恐らく白鳥沢学園の入試に対する感情だ。
さっきまでその白鳥沢に居た俺は帰り道、「一般入試会場」という看板が用意されているのを見た。明日がいよいよその日なのだ。

小さくうずくまる姿を見て、自分の事のように辛くなった。今、明日の本番に向けて一人で戦っているのだと思うと。

俺が突然出しゃばって無責任に「頑張れ」なんて言うことは出来ない。でも無視するのも嫌だったし、どうするのが適切なのか全く分からなかった。
その結果、ここから白石さんの姿を最後まで見守ってみようという結論に至った。我ながら何の意味の無い行動だ。
でも、このまま素通りするのは嫌だった。


「できるよ、きっと」


そして、何の根拠もない応援の言葉を小さく呟く。俺は白石さんが白鳥沢を目指しているのを知ったばかりだし、どれほど勉強してきたかも分からないのに。
けれどこの短い期間でも、机に向かう白石さんへ密かに惹かれていたのは事実だった。

きっと大丈夫、休憩時間も潰してあれだけ勉強していたんだから。

その想いを送った時、ふと白石さんが顔を上げた。


「あ」


思わず声が出たけど彼女には聞こえていないらしく、白石さんはセーターの袖で目元をぐしゃぐしゃに拭いた。そして、立ち上がった。


「……うし」


気合を入れて前を見据えたその瞳からは涙が消えていて、光が宿っていた。
たぶんあれが「闘志」と呼ばれるものだ。とても綺麗に燃えている。思わず見惚れた。


その後彼女は一度も下を向くことなく歩いて行き、俺の視界から消えた。


合格発表の後、それとなく3年4組の友人から白石さんの様子を聞いてみようと思っていたけれどもう不要かも知れない。
結果を聞かなくてもきっと、彼女は見事合格してみせるんだろうから。

Last February、それぞれの戦い