Last January


「おめでとう五色、頑張れよ」


三年間世話になったバレー部の顧問、そして同級生たちからは口々にお祝いの言葉が告げられた。
そう、今日はとてもめでたい日。
小学校の時からずっと憧れていた白鳥沢学園の、バレーボールのスポーツ推薦合格が告げられた日だ。


「マジで白鳥沢か!活躍しろよ」
「当たり前じゃん」
「ウシワカ倒せんのか?」
「んー…けどウシワカだって人間だろ」


白鳥沢学園には同じポジションを争う者として決して無視することの出来ないウシワカ、牛島若利が居る。

何度彼の試合を見た事か分からない。だって白鳥沢の試合を見に行く度に、ウシワカが出ずっぱりなのだから。
それでも、やっとウシワカと同じ場所で同じ練習ができると思うと気持ちは高揚しっぱなしだった。


思いつく限り友人には報告を終えたし、引退済みだけどバレー部の練習を覗いてみようかと校舎内を歩いている時。
3年4組の教室の戸が開いており、中では進路相談か何かの面談が行われている声が聞こえた。


「…で、白鳥沢の過去問は解き終わった?」


白鳥沢。この春から俺が通う学校だ。

正直言って白鳥沢学園は、俺が今からまともに勉強して入試を受け合格するのは絶対に不可能な難関校。バレーボールにしか能が無い俺だから、何とかスポーツ推薦が決まったようなものだった。

でも、今のところうちの中学から白鳥沢を目指している人は聞いたことが無い。一体誰が受けるんだろう?


「終わりました。一応、過去数年は合格ラインだったんですけど…」
「さすが白石さん、頑張ったね」


白石さん。

白石さん…名前は聞いたことがある。
公立のくせに成績上位者の順位を発表するといううちの中学校の廊下に、幾度となくその名前を張り出された女の子。白石すみれさん…だったかな。顔は知らないけど。
名前だけは何度も見ていたのだった、自分の名前が張り出されていない事なんか承知だったけれどやっぱり順位表というのは気になるものだ。


「一般入試は来月だから、インフルエンザとか…体調だけは気をつけて」
「はい」


一般入試は2月なのか。すでに志望校への合格を果たした俺とは違い、彼女にはまだまだ気の抜けない時間が待っているのだろう。

自然と3年4組の前で足が止まっていた俺は、教室の中から先生と一緒に一人の女の子が出てきたのと出くわした。


「五色くん、こんにちは」
「こんちはっす」


先生に返事をし、続けてその後ろを歩く女の子に目をやるが視線は合わなかった。ひどく緊張している様子だ。

この子が白石さんで間違いないだろう。来月、白鳥沢学園を受ける女の子。

どうせなら同じ中学校からの進学者は多い方が嬉しい。遠ざかる背中にこっそりエールを送って、そのまま体育館へと向かった。





体育館には俺と同じくすでに引退した三年生が数人いた。それぞれ別の高校へ進学予定だが、全員バレーは続けるみたいだ。


「おー、白鳥沢のエースの登場」
「まだ早いって…」


俺が白鳥沢に合格したのを知ったとたん、同級生たちにはこんな扱いを受けた。
嬉しくもありプレッシャーでもあるのだが、今は喜びのほうが強い。
後輩にも「おめでとうございます」と言われ、「ありがとう」と素直に返した。


「練習いつから?」
「来月の土日から参加させてもらえるって」
「さっすがー。ビビって辞めんなよ」
「誰が」
「白鳥沢かあ…あそこ行くの工ぐらいじゃねえの?」


同級生のひとりが言った。
確かに、うちの学区は白鳥沢から少し遠くて通いづらい。更に、このあたりで進学するならココだ・という公立高校が近くにあるのであまり受けようとする人は居ないだろう。


「でも、受ける子は居るみたいだよ」
「えー誰?」
「…あー……ええと…誰だったかな」


やばい。白石さんが白鳥沢を受けるというのをさっき知ったところだけど、本人はあまり公にしたくない事だったかも知れない。
適当にはぐらかしていたが、隣の彼はぴんと来たようだ。


「白石かな?いっつも成績トップ」
「……だったかな。覚えてない」
「たぶん白石。俺クラス同じだけど今日も先生に呼ばれて受験の話してたっぽいし」
「へー…」


やはり、皆が納得するほどの頭を持っているのか。それだけ期待されれば落ちるわけにはいかないだろうな、と少しだけ気の毒になった。

つい最近、バレー部の期待を背負い推薦を受けた自分だって「落ちたらどんな顔で皆に会おう?」と、心の底では思っていたのだから。





その日からなんとなく「白石さん」の事が気になり始めて、4組の前を通るたびにちらちら見ようとするもののその顔を見ることは出来なかった。毎度毎度彼女は机の上に視線を落とし、難問に立ち向かっていたのだ。

時にはペンを握りしめ、時には頭をかかえ、時には疲れたように伸びをして。

これらすべて休憩時間中、彼女は誰かと会話をしたりすること無く常に勉強していた。少なくとも、俺が見ている時には。


「白石さん、いっつも勉強してんな」


ある日の放課後、白石さんと同じクラスのバレー部の同級生に話してみた。するとそいつは深く頷き、続けて苦々しく言った。


「ほんとにな。見てるこっちが疲れるくらい…まあ他の皆も受験控えてんだけどさ」
「お前もだろ」
「んー、俺は安パイで行くし?でも白石はちょっと可哀想。もうクラス中が知ってるよ、白鳥沢受けるって」


それを聞いた瞬間、きっと計り知れない恐怖に襲われているんだろうなと感じた。
周りの皆に難関校を志望していることを知られ、合格発表の後には全員がその結果を聞きたがるに違いない。


俺は白石さんと話したことが無いから突然声をかけるのも気が引けるし、今更誰かに応援されるなんてプレッシャーの上乗せにしかならないだろう。
だから、心の奥でこっそり応援する事にした。入試の前日、ひとりで泣いている彼女の姿を見るまでは。

きみを見つけたLast January