08.たらたら学校中の期待を背負ってインターハイに出場した白鳥沢学園男子バレーボール部は、一回戦で敗退した。
理由は色々あるが、誰かひとりが悪いなんて事は無い。例え誰かのミスが目立っていたとしてもそれを責めることは出来ない。
大事な試合で力が入り、いつも通りのプレーが出来ないことなんて誰もが通る道だ。
だから、負けたのは悔しいけれどミスの多かった賢二郎を責めようなんてこれっぽっちも思わなかった。
しかし賢二郎はというと、「負けたのは自分のせいだ」とかなり頭を悩ませている。
監督も「お前のせいで負けた」なんて思ってはいないが、賢二郎が浮ついていたのは事実だ。もし次の試合も同じように練習の成果が出せないならば、彼はスタメンから外されるだろう。
俺は体育館で100本サーブをこなしながら、途方に暮れる賢二郎を横目に見ていた。
そこへなんと、すみれがタオルを渡しに駆け寄っていたのだ。
今、すみれが賢二郎に話しかける事がどのような効果を与えるのかは分からない。
ふたりは二ヶ月前まで恋人同士だったけれど、最近じゃ部活に関係ない会話はしていないようだったし。
ふたりの会話を聞きたかったが、賢二郎はタオルを受け取らないまま体育館から出てしまった。
追いかけるすみれ。
監督に気付かれないように俺もその後を追った。
その結果、聞こえてきたのは頭に血が登った賢二郎の台詞だった。
「…俺、お前のこと嫌いになりそう」
思わず本人に向かって言ってしまった。だって、先ほどの言葉はすみれにとってあまりに耐え難い仕打ちだったから。
「………俺だって」
俺だって、こんな俺は嫌いだ。
賢二郎はきっとこう思っているのだろう。
いつもいつも賢二郎は感情任せになったあと、冷静になると決まって一人で後悔している。不器用でどうしようもない男なのだ。
その姿のほんの半分でもすみれに見せることが出来たなら、ふたりは破局しなかったのかもしれない。が、もう遅い。
◇
あれから賢二郎には謝罪を受けたが、「俺じゃなくてすみれに謝れば」と言ったら「うん…」と歯切れの悪い返事を返された。
白布賢二郎という男の感情は「素直」から遠くかけ離れたところに存在している。嬉しい時もしかめっ面。照れると更にしかめっ面。怒った時は勿論、しかめっ面。
いい加減自分がいかに面倒な性格であるかを理解してもいい頃だろうに、それはとうてい無理な話のようだ。
「…俺で良ければトス練付き合いますけど」
どん底まで落ちた賢二郎に声をかけると、彼は顔を上げて軽く笑った。ゾンビが笑ってるみたいだ。
「顔こわい」
「……うるせーよ…」
「五色にも頼む?喜んで付き合ってくれると思うけど」
「…五色か…」
賢二郎はゾンビのような笑顔から、ただのゾンビのような顔に戻った。
「あいつ苦手だ。テンションが合わない」
そして、ぼそっと言った。俺は呆れて肩を落とした。賢二郎と五色が正反対の性格であることくらい俺にも分かる。
「テンション合わない奴にもトス上げるのが仕事だろ」
性格云々は部活には関係ない。という意味を込めて言ってやると、賢二郎ははっとしたようにまた顔を上げた。なんだ、何か良い事言ったか俺。
「…前にも同じような事言われた」
「言ったっけ?」
「太一にじゃねえ。すみれに」
「………賢二郎、まさか」
まさか…いや、やっぱり、と言うべきか。
「…まだすみれに未練あんの?」
俺の質問に、賢二郎はしばらく答えなかった。ただその視線は俺と交わったまま、瞬きも忘れて時が止まったかのようになっていた。
やがて彼の方から視線を外すと、うん、と小さく頷きやがった。ドラマのヒロインも驚きの乙女っぷりだ。
「やっぱりか。最近すみれの事話さないからもう吹っ切れたかなとも思ってたけど」
「最近は部活に集中しようと思って…その結果があの試合だけどな」
「……そうかあ」
参った。
何が参ったかと言うと、すみれにハヤシという彼氏が出来たことを賢二郎は知らない。俺からは言ってないし、すみれからも伝えていないと思う。
しかもすみれとハヤシはクラスも違うため一緒にいることが少ないので、同級生もまだあまり知らない事だと思われる。どうしようか。
結局俺の口からは言えないまま、その日は互いの部屋に戻り眠りについた。
◇
翌日。俺達は寮生活をしているので毎日顔を合わせるが、世間は夏休み真っ只中。
入寮している他の生徒も実家に帰ったりしているけど、バレー部は毎日練習があるのでそうもいかない。お盆の三日間だけは練習が無いので帰る予定だ。
今日も蝉の声がうるさく響く中、ロードワークが終わってからのクールダウンで体育館の周りを歩いていたところ見覚えのある姿を発見した。
すみれ、と、ハヤシだ。
「あ、太一お帰り」
先にすみれが気づいて、ロードワークから戻った俺に声をかけてきた。それに反応してハヤシも俺の存在に気づく。
「よー川西。インハイ残念だったな」
「ああ…」
「でもすげえよ、県でトップなんだから」
ハヤシは当たり障りのない会話をしているが、体育館にとても近いこの場所でこのふたりが何を話していたのか気になって仕方ない。賢二郎の目に触れる可能性だってあるのに…いや隠してるわけじゃ無いから見られても良いんだろうけど。
「サッカー部は休憩中?」
結果、俺も当たり障りのない質問をした。
「うん。ちょっと時間できたから会いに来た」
「ほー…仲のいいことで」
「からかわないでよ、」
「いいじゃん仲いいのはホントだろ?」
そう言いながら、ハヤシはすみれの手に指を絡めた。賢二郎ならせめて俺の見ているところではべたべたしなかったのになあ、と天を仰ぎたくなる。
「……そろそろチーム分けしてゲームするって監督が言ってたよ」
何とかすみれを体育館に連れ戻そうと思いそれらしい嘘をつくと、すみれは信じたらしく「やば!」と声を上げた。
「戻らなきゃ…またねハヤシくん」
「おー、俺も戻るわ。頑張って」
「ありがと!」
ハヤシはサッカー部が練習を行うグラウンドのほうへ戻って行った。俺がここまで尽力している事に感謝しろよ賢二郎。
俺とすみれも体育館へ戻るために歩き始めると、すみれが言った。
「賢二郎、元気?」
恐らく部活以外の場で賢二郎がどんな様子なのかを知りたいのだろうと思えた。部活中の姿はマネージャーとして見ているはずだから。
「まあ普通だよ。夜は勉強してるし」
「そう……」
「すみれこそ、ハヤシと上手く行ってそうで良かった」
本音半分、建前半分。
しかしすみれの表情は曇っている。
「…なに?上手く行ってないの?」
「そういうわけじゃ……あ、」
すみれの足がぴたりと止まり、視線の先には賢二郎が立っていた。しかし賢二郎はこちらに気づいておらず、タオルを水道の水で濡らし顔を拭きながら体育館内へ入っていった。
その賢二郎の姿をすみれがどんな気持ちで眺めていたのかは、残念ながら分からない。