04翌日の朝練、顔を合わせると早速木兎さんが昨日の愚痴をこぼし始めた。
「あかーーし君!おはよう」
「おはようございます」
「何か俺に言う事は!」
「思い当たりませんが」
こんなやり取りをしていても、いつもの事なので他の部員は何も気にせず体育館でネットを張ったりボールを出したりしている。
最初は木兎さんの世話…いや、木兎さんの相手に手こずる俺を何故放置するのかと思っていたが、慣れれば放置のほうが楽だと思い始めた。
「赤葦、昨日の俺すんごい調子良かったのに」
「良かったですね。今日も頼みますよ」
「……赤葦以外の奴と練習してすんごい調子良かったのに?」
「凄いじゃないですか。さすがです」
「赤葦クン!冷たいよ!」
「アップしましょうか」
主将はあまり仕事をしないので、部員を集めて全員でアップを開始するのは俺の役目だ。
木兎さんはまだ何か言い足りないようだったが、試合中でなければ多少しょぼくれたって構わない。
もし今駄々をこね始めても、どうせ夕方の部活ではけろっとして体育館に入ってくるのが目に見えているから。
「そういや赤葦、昨日途中で帰ってたじゃん」
声を掛けてきたのは木葉さん。
木兎さんよりはコミュニケーションが取りやすく、それなのに木兎さんよりも扱いづらいと言う難儀な人だ。
「はい、クラスメートに忘れ物を届けに」
「…そんな律儀な奴だったのお前」
木葉さんが少しびっくりして、それから「あ、失礼な事言った」という顔になった。
我ながら他人に興味がない、覇気のない立ち振る舞いをしているので仕方ない。
「たまたまです。貴重品でしたから」
「へ〜」
「ノンノン赤葦、きっと赤葦は貴重品じゃなくても届けたハズだね!なぜなら」
「ちょっと木兎さん」
「何?なぜなら何?」
「木葉さん、」
「レディーの忘れ物だったからだよ!なあ赤葦」
このクソ野郎、余計な事を。
やはり木兎さんの前で白石さんと電話をしたのは失敗だったか。
「レディーィィィィ!?」
「しかもチアの可愛い子」
「マジかよ赤葦お前すました顔して何なんだよチアって言ったら俺らのパワーの源じゃねえかオイ」
「二人とも練習に集中してください」
この騒がしい野郎共がすでにこんなにテンションを上げている。
つい昨日、白石さんに居場所が無いならバレー部に来ないかと誘った事を少し後悔した。でも、訂正はしない。
◇
朝練を終えて教室に向かいながら、さあ白石さんは登校しているだろうかと考えていた。
来ていた場合、これまでよりも親密に、授業の合間の休み中にも色々会話をしたい。もちろん他のクラスメートに怪しまれない程度に。
来ていなかった場合、昨日の帰り際に交換したLINEを送る。そして会話を発展させる。完璧だな。
そして教室に足を踏み入れると、白石さんはきちんと学校に来ていた。
よかった、けれど教室に入った瞬間に目が合ってしまった。笑うべきか?分からなかったので軽く会釈をして席についた。
「赤葦くん」
「おはよう」
「おはよう、あの、昨日は…」
「何?」
昨日のことなんて教室で話して欲しくない。あれは二人しか知らない秘密として置いておきたかった。
「……??」
昨日、あんなに突っ込んだ質問をした俺があまりに素っ気ないので白石さんは動きが止まった。
これじゃあ逆効果じゃないか。
慌ててスマホを取り出し、白石さんに見せた。LINEして、という意味で。
「わかった!」
意味は伝わったようだが、それを声に出して返事をするのは何だかなあ。でも昨日より元気なようで安心した。
一昨日、血を流していたところはカサブタになっていた。
◇
その日、俺と白石さんは教室での会話はいつも通りだけれどLINEで少しだけ互いの事を話した。
真面目な彼女は授業中にはスマホを触らず、休み時間にちょこちょこ触る。俺にLINEを打ちながら、口では俺と会話をする。とんだ青春漫画だ。
「昨日はここまで進んだよ」
と、昨日白石さんが休んだ時の進み具合を教科書を見せながら説明した。
ついでにノートも見せた(こんな事もあろうかと、昨日はいつもより綺麗な字でノートを取った)
「ありがとう!助かる〜」
「赤葦ノートキレイだね」
白石さんの横で、彼女の友人である青山さんが言った。「そうかなぁありがとう」と無難に答えながら、白石さんの膝の上にあるスマホには俺とのLINEのトーク画面が出ている事に少しどきどきした。
そして昼休み。
普通の高校生である俺にも普通の男友達がいるので廊下で話していると、LINEが来た。白石さんから。
『今日も放課後は部活?』
向こうからコンタクトを取ってくるとは予想外だった。
『うん。』
こう返信して、少し無愛想かなあと思いもう一文付け加えた。
『白石さんも練習?』
既読がついた。
ついてから、つい昨日「チアリーディングがしんどい」と言った事を思い出した。
しんどいチアの練習の話なんて出すんじゃなかった。白石さんは大会のメンバー入りから外れたばかりだと言うのに。どうするか。
『実は考えてる事があって』
『昨日の話』
『ちょっと聞きたいんだけど』
途切れ途切れに白石さんが送ってきた。
じれったい。
このじれったさが、白石さんへの関心をさらに高めていった。もしかして天然の小悪魔なのか彼女は。
『バレー分からないけど、マネージャーできるんですか?』
危うくスマホを取り落としそうになった俺を友人たちが笑い、ちょっとトイレに行くと行って席を外す。
白石さんが、バレー部に興味を持ち始めた。チアリーディングとは別の道を探そうとしていた。
できるとも、ルールなんていくらでも教えてあげられる。今、苦しみながらチアを続けるよりももっと笑顔にさせてあげる。
『今日見学おいでよ』
そしてすぐに教室に戻った時、また白石さんと目が合った。
それから俺が席に着く前に、笑顔で大きく頷いてくれた。
04.青春漫画