14翔陽は私の事も飛雄くんの事も大切で、早く仲直りして欲しいとのこと。
その翔陽はここ最近いつも、どこに行っているのか分からないけど秘密の特訓を行っている。飛雄くんは、私以外の人の手を借りて新しい速攻のためのトス練習に励んでいた。
当たり前だけど今は別れている状態だから特別な連絡は取り合っていなくて、必要以上に翔陽の名前を出していた事に対するお詫びとかもしていない。そのお詫びが的外れだったら怖いし。
…早く速攻が完成するために私は何ができるのか、考えたけれど何一つ見当たらなかった。
よく考えれば飛雄くんは私と付き合っていたところで、彼の好きなバレーボールには何の良い影響ももたらなさないんだよなあ。
「元気??」
外の水場でボトルを洗っていると、突然背後から声をかけてきたのは菅原先輩だった。
「あ、はい元気です」
「ホントかあ?」
「……体は元気です」
「うんうん正直でよろしい」
菅原先輩はにこにこ笑いながら近づいてきて私の横に立ち、残ったボトルを洗い始めた。
慌てて止めようとすると「いいのいいの」と言うので甘える事に。
「日向と影山の事が気になってさー」
「ああ…」
この前の合宿で、菅原先輩が「俺が日向に余計な事言ったかも」と気にしていたのを思い出した。
「けど、それも余計だったかな。あいつ等あんまり人の言う事聞かねえだろ、我が道を行く!的な感じで」
「んー、まあ」
「意外と影山より日向のほうがしっかりしてるんだもんなあ」
「…時々そうですね…」
「だべー」
さすが三年生は後輩のことをよく見ていて、ぱっと見だと飛雄くんより翔陽のほうがどうしようもない子どもなのに本当は逆だと分かっている様子。
朝から晩まで体育館で一緒に過ごしていれば嫌でも分かるんだろうな。…私の存在が飛雄くんの部活に対してあまりプラスになっていない事にも気付いているのかな。
「白石さん?やっぱ元気ない」
「うっ…」
「なんだなんだ、影山がバレーばっかりしてるから寂しいか?」
飛雄くんがバレーばかりしている。そんなことは私にとってどうって事ない、むしろ私のせいでバレーを辞められてしまうほうが困る。
「………菅原先輩」
「んー?」
「…えっと、もし…マネージャーが彼女だったら…気になって練習に集中できないとか、あります?」
「へ!?」
菅原先輩が誰かと付き合っているとか聞いたことはないけど、ひとりの男性の意見として聞いてみることにした。
すると彼はうんうん唸って目を閉じ、色々と想像を巡らせる。
最終的に、あまり自信がなさそうに言った。
「…うん。集中できない」
「やっぱり…」
「けどそれは俺の話で、影山がそうとは限らないんじゃね?」
確かに、人によりけりかも知れない。
しかし。
「…ところがそこに彼女と仲のいい幼馴染が、自分より彼女と親しくしていたら…」
「あ、やべーそれ嫌だ!日向嫌だ!」
「……けど翔陽は翔陽でそれを気にしてて…」
「いいやつだな日向」
今度肉まん奢ってやろう、と菅原先輩が感心した。
そう、翔陽は寸分の狂いもなく「いいやつ」の部類に当てはまる。
だからこそ私は翔陽も飛雄くんも、どちらとも今までと同じように接したいんだけど。
いざという時、例えば今後この前みたいな言い合いになってしまった時にどうなってしまうんだろう。
「でもたぶん、悪い事ばっかりじゃない」
「……と、言いますと」
「好きな子がそばに居るってのは、それだけで活力になるんだよ。男ってば単純!」
と、言いながら菅原先輩が蛇口を閉めた。気づけば洗い物がすべて終わっている。
「だから白石さんが居るのと居ないのとじゃ、影山のモチベーションは絶対違うよ」
「…それは男歴18年の経験からですか」
「イエス。」
親指を上げてポーズをとる菅原先輩の姿についつい笑みがこぼれて、私も飛雄くんにとってそんな存在になれているのかなと少しだけ元気が出た。1人で悩みすぎるのも良くないみたいだ。
◇
数日後。少しだけ涼しくなった首元のおかげで、夏の気温にも何とか耐えられそうな予感がしていた夕方の練習。
全体での練習を終えて、今からそれぞれ自主練に取り掛かる。
今日も翔陽は足早に「お先でーす!」と体育館を飛び出して、秘密の特訓に向かった。
「…すんません。ボールお願いできますか」
飛雄くんは、近くにいた武田先生に今日の練習相手をお願いしていた。
先生は快く受けてくれたが、どうやら職員会議で少し抜けなければならないらしい。
「30分以内には終わると思うので待っててくださいね」
「はい。すみません仕事増やして…」
「いやいや!忙しいのは名誉な事です。バレーができない僕でも皆のために動けるんだからね!」
武田先生は眼鏡の奥に優しい微笑みを浮かべると、会釈をして職員室へと向かった。…武田先生ってどうしても見た目や雰囲気に惑わされがちだけど、すごくちゃんとした人だよな。
その武田先生の背中をぼんやり見送っていると、同じく見送っていたらしい飛雄くんと目が合った。
「………」
なにか声をかけたほうがいいかな?でも私たち、今は付き合ってないし変な事言わないほうが良いのか。
飛雄くんも同じようなことを考えていたのか、あたふたしながら傍にあったボールを拾い集めた。…一緒にボールを拾うくらいならいいよね?
私が転がったボールに手を伸ばすと、飛雄くんの手が止まった。
「……ありがと」
「ううん」
ひとつ、またひとつボールを拾ってかごに投げ込む。この時間が延々と続けばいいのにな、なんて考える。そうしたらずっと二人で居られるのに。
でも現実はそうは行かなくて、そのうち全てのボールを拾い終えてしまった。
「…あー…と、その、武田先生はちょっと忙しいらしくて」
「みたいだね…」
飛雄くんが恐らく間を持たせるために喋ってくれた。私もなにか会話が続くようなことを言えたら良いんだけど、それが出てこない。
練習の邪魔にならないように別の場所に行こうかと足を踏み出すと、飛雄くんが「待って」と声をかけた。
「…先生が戻ってくるまでの間、ボール上げて」
「…………」
まさかまさかの練習のお誘いは、実に10日ぶりの事だった。
本当に私に声をかけているのか?とあたりを見渡しても誰もいないので、間違いなく私への依頼らしい。
「よろこんで…」
あまりに久しぶりに感じて、ぎこちないながらも練習に付き合う事を承諾した。
困った時には先輩を頼れ!