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あまり良いとは言えないタイミングで髪を切ってしまった。しかし本当に昨夜は従姉妹のカットモデルの約束をしていたもんだから、そうとしか言えず。
色んなことに疎い飛雄くんもさすがに自分のせいだと疑ってしまったかも知れない。


「ホワァ!似合ってるー!」
「うん。前よりいいんじゃない」


潔子先輩とやっちゃんがまず褒めてくれて、照れくさいけどお礼を言った。

本当は一番に見てほしい人、感想を聞きたい人が居るけれど今はそれが出来ない。
彼にとっての最優先事項は今、翔陽との新しい速攻で私はそれを全力で応援しなくてはならないから。

形だけとはいえ、私たちは一度別れたんだから。すごく辛いけど。
昨日の夜、帰りながら泣いたけど。
せめて飛雄くんの前で泣かなかった自分を褒めたい。


「すみれ」
「ほァッ」


その声に驚いて振り返ると、翔陽が居た。キャラに似合わず眉を寄せて小難しい顔をしていると言うことは、私の異変に気付いている証拠だ。


「…何?」
「何で髪切ったの?」
「え、アキちゃんのカットモデルで」
「…じゃあ影山と何かあったわけじゃ無いんだよな」


ぐさり。この幼馴染は時折鋭く私の心を突き刺してくる。


「何も無いけど」
「…何で嘘つくの?」
「エッ!?」
「髪切ったのを差し引いてもオカシイ。喧嘩長引いてるとか?」


ぐさぐさと音が鳴りそうなほど突っ込んでくる翔陽に白旗をあげ、「こっち来て」と誰も居ない体育館の裏へ連れ出した。


正直に話せば翔陽は怒るかもしれない。が、何も話さなかったり嘘をついたりするともっと怒るのが目に見えている。
周りに誰も近づいていない事を確認してから翔陽に聞いた。


「…誰にも言わないでね?」
「言わねえし」
「…怒らないでね?」
「内容による」
「………」


こういう時の翔陽の威圧感はそれはもう凄くて、ほんの少しの言い訳や嘘なんて見逃してくれないのだから困りものだ。

この正義感溢れる幼馴染に過去何度助けられたか分からないし、飛雄くんと同じく私にとっての大切な人であることに変わりはないので観念して話し始めた。


「…結論から言うと、別れた」
「うお!?わか……ッ」
「シー!静かに」
「お、おう」


そこから翔陽は何かの反動で大きな声が出ないように、両手で口を覆っておく事にしたらしい。喋る時だけ解放するかたちで。


「…でも何で…やっぱり俺のせい?」
「違う違う…なんて言うか、今は練習に集中したいらしいって言うか」
「何だそれ超勝手じゃねえ?」
「いや、えーと」


飛雄くん自身も勝手だと言っていたし、私が第三者なら同じ意見を言うだろう。でも今回の事はそんな単純な事では無い。


「とにかく練習が上手くいくまでの一時的なものって感じで…」
「…ホントかよ」
「…ホントだよ」


多分、そうだと信じたい。

正直言ってこんな状況、それを信じていなきゃやってられない。でも私の個人的な感情よりも、そっちを優先すべきだと私自身も選んだんだからもう仕方ない。


「だから飛雄くんには何も言わないで」
「言わねえけど…俺は…一応言っとくけど、影山の事もすみれの事も結構大事だと思ってっから!」
「う、うん…」
「だからお前らが喧嘩してんのも嫌だし?さっさと仲直りしろよな」
「うん」


幼馴染の有難いお言葉を受け、少しだけ元気をもらうことが出来た。





放課後、全員揃っての練習が終わってからは自主練の時間となり部員達はいくつかの体育館に分かれて練習する事になった。


「谷地さん、ボール上げて欲しいんだけど」


やっちゃんに声をかけたのは飛雄くんだ。やっちゃんは「え、私?」と顔を上げ、そのまま私の顔をちらりと見た。


「あの、私は…いいけど」


やっちゃんは困っていた。彼女がここに居るのに、自分がボール上げに付き合っていいのか?と。

やっちゃんは私たちが色んな事情で別れたことを知らないので無理もない。飛雄くんはなるべく私との関わりを断つことで、練習に集中しようとしているのだ。


「私ほかの仕事頼まれてるんだよね!やっちゃん付き合ってあげて」
「そ…そう?じゃあやる」
「……っす」


さて私もこの体育館から出るための口実として、「ほかの仕事」を探さなければならない。
あたりを見渡すと練習で使用されたビブスが散らかっていたので、それを回収し洗濯する事にした。

それを見た飛雄くんは、自分がまだビブスを身に付けていることに気付いたらしい。脱いだビブスを持って走り寄ってきた。


「…これも。」


ぼそっとビブスを突き出して言ったその顔はいろんな感情で歪んでて、それが面白くてついつい吹き出しそうになるのを我慢する。
私は片手で受け取ってその場を去ろうとすると、また彼の小さな声で何か聞こえた。


「へっ?」


何か言った?と振り向くと、飛雄くんはその私の声に驚いて狼狽えた。


「いや…」
「ん?」
「…なんでもない。洗濯アリガト」


ぺこりとお辞儀して、飛雄くんはやっちゃんの居るコートに戻った。

何だったんだろ、何を言おうとしたんだろ?「当てつけみたいに髪の毛切りやがって」と思われていたらどうしよう。

怒っている様子ではなかったけど、やや悶々としたまま体育館から出た。飛雄くんの、新しいトスの成功を祈りながら。





早々と洗濯を済ませて今度は翔陽の様子を見ようかと別の体育館から中を覗いてみたら、こちらは山口くんと月島くんの姿が。


「あれ…翔陽知らない?」
「秘密の特訓とか言って帰ったよ」
「…ヒミツの特訓?」
「日向が好きそうなフレーズだよね」


翔陽が体育館以外でバレーの練習をするなんてここ最近では無かった事だ。
誰にも見られたくない、知られたくない事なんだろうか?そんな訳無いよなあ、同じチームなのに。


「私にも何も言わないなんて珍しいな…」


心の中で感じたことが、ぽろりと口に出た。それを聞いた月島くんが大きなため息をついて、わざとらしく眉を下げて言う。


「幼馴染だって、いつまでも何でも言い合って全部知ってるわけじゃないよ。王様が機嫌を損ねるのも分かるかも」
「………」


あ、ちょっと時が止まった。
私の中で。


「じゃ、お先に」
「あ…えっと、俺もお先」


月島くんと山口くんは連れ添って体育館を出た。

彼らだって仲がいいけれど、互いの全てを言い合ってるわけじゃ無いのだろうか。そりゃそうだよな、恋人じゃあるまいし…


「………やばい」


何がやばいって、今ので気付いてしまったのだ。私と翔陽の距離は小さかったあの頃から変わっていない、それは傍目から見ると「あらあら仲がいいのね」で済むけれど恋人である飛雄くんからすればどうだろう?


もしかして、私もちょっと無神経に翔陽の話ばかりしていたのかもしれない。


嫉妬されるのが嬉しかったのもある。けど、無意識のうちに何かしでかしていなかったか?
だから飛雄くんは私に翔陽との関係性を改めろと言うのではなく、自分の気持ちをコントロールするために、わざわざ一度別れるという選択肢を選んだんじゃ…

斧があったら自分の頭をかち割りたい。

大切な事にはいつも気付かない