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俺の弱点は今も昔も変わっていないようだ。バレーの事になると熱くなり周りが見えなくなる。それは自分のみならず他人にも悪い影響を及ぼしてしまう。


一番ひどかったのは中学時代だが今回の件も本当に最悪で、「どうしてもっと冷静になれなかった」と帰宅してから頭を抱えたのだった。


日向がすみれの大切な幼馴染である事はよくよく分かっている。でも、それには気付かないふりをして付き合っていこうと半分思っていたのも事実。


しかし当然そうは行かなくて、俺よりも付き合いの長い日向の肩を持つ姿にかっとなってしまった。一発で嫌われてしまってもおかしくない事だ。


「上手くいくまで集中したい。別の事考えずに…すみれにも迷惑かけたくない」
「…うん?」
「だから、ちょっとの間だけ…恋人で居るのは辞めにしたい」


その上こんな身勝手がまかり通るなんて有り得ないと思っていた。
昨夜日向のことをひどく言ってしまった挙句今度は「練習に集中したいからいったん別れてください」だなんて、自分でもどうかしていると思う。

でもすみれは特段驚いた顔をしておらず、それどころか笑ってみせた。


「わかった。いいよ」


その答えに俺の方が驚いてしまい、次の台詞を用意していなかった事もあり慌てて言葉を探した。


「………え…ま…、マジすか」
「うん」
「ホントにいいのか?」
「真剣に考えた結果なんでしょ」
「…そうだけど」


いくらなんでも身勝手すぎる事は百も承知だったので、こうもすんなり受け入れられるとは。
もしかしてすみれは昨日の俺の姿を見て愛想を尽かしたのか?それは困る。


「…俺、勝手な事ばっかりだよな」
「え?」
「昨日の事も…」


と、言いながらすみれの顔をちらりと見ると大いに表情が歪んでいた。


「昨日はほんとにビックリした。何でそんな事言うの!?って思ったし、腹が立って仕方なかった」
「……おお」


確かに昨日の夜、別れ際のすみれの怒った顔と言ったら一生忘れないだろう。口には出していなかったが「全力で軽蔑する」という顔をしていた。


「でも今のは違うよね。飛雄くんにとってチームにとって良くなるためには、そうするべきだと思ったんだよね」
「…一応」
「それなら応援するのがマネージャーの仕事じゃないですか?」


いつだったろう、すみれのほうが人間として一枚も二枚も上手である事に気づき始めたのは。


未熟な俺を一生懸命尊重し、応援してくれる大事な女の子にこれ以上悲しい顔をさせてはならない。
その為にはどんな練習もこなして行くしかない。烏養コーチが提案してくれた、日向への新しいトスを上げるための。


「……ほんと、悪い」
「いいよ。それに、私も思ってた」
「何を?」
「私が飛雄くんの、練習の邪魔になってるんじゃないかって…」


これ以上、悲しい顔をさせてはならないのに。俺の気付かないところでこんな気持ちにさせていた事に罪悪感がつのる。


「そんな事ない。少なくともこれからは」


喉が乾いてきていたが、これからの決意と、自分へのプレッシャーのために言った。


「もう絶対そんな風に思わせない」
「…うん。」
「だから…ちょっとだけ待ってて欲しい」
「うん」


すみれはにっこり笑っていたが、本当は少し寂しさがあったのかもしれない。いつもの笑顔とは違っていたから。
今だけどうか許して欲しい、必ず新しい速攻を完成させてもう一度胸を張って好きだと言えるようになるまで。


こうして今日、俺とすみれは一度「恋人」から「マネージャーと部員」の関係に戻ったのだった。





翌日の朝練でまずは田中さんにお詫びをした。日向と喧嘩をしていた時に間に入ってくれたのが田中さんだったのだ。


「でもよー、お前一人で何でもやろうとするだろ?つーか出来ちゃうんだもんなァ影山は。俺はそんなに頼りないか!」
「…イイエ」
「ならよし!もう喧嘩すんなよ?喧嘩の前にまず自分を客観視するんだよ、そしたら…」
「それ俺のウケウリだろ」
「ギャッ大地さん!」


田中さんの慌てっぷりを見ると、彼も昔は喧嘩で他人に迷惑をかけた経験があるようだった。

俺は田中さんやそれ以外の先輩を頼りないとか約立たずなんて思ったことは一度もない。俺にはできない事、足りないものをそれぞれ持っていて、出来るならそれらを全て吸収したいといつも考えている。


「オーッス」
「おはようございます」
「ざーす!」


体育館に入ると、既に着替えを終えた部員たちがちらほら居た。
清水先輩と谷地さんも居る。と言うことはすみれも来ているはずだ…と視線を泳がせようとしたところで、やめた。

これではせっかく一度距離を置いたのに、全く意味の無いものになってしまう。俺がすみれの事を意識すればするほど、それは彼女にとってマイナス効果だ。

一切の特別視も特別扱いもしてはならないのだと言い聞かせた。勿論そんなこと、意識したって出来ることじゃあ無いんだが。

もやもや考えつつストレッチをしていると突然、体育館内に知らない女の子が入ってきた。


「おはようございまーす」


…その女の子は当然のように挨拶をして、部員もそれに「おはよう」と返している。誰だ?そう思っていると、その子がちょうどこちらを振り返り顔が見えた。


「………な…」
「おはよう!」


すみれが今まで長めだった髪を、しょーと?ぼぶ?までは行かないがばっさりと切っていたのだ。

これは何だ?俺のせいか?俺が悪いのか?女子は失恋すると髪を切る傾向があると聞く。


「…おま…髪…か、髪」
「あーこれ!従姉妹が美容師でね、昨日の夜カットモデル頼まれてたんだぁ」
「そ、そうなのか」
「うん。だからホント関係ないから!」


関係ないってのは「飛雄くんには関係ないから気にしないで!」って意味なんだろうけどどうしても気になってしまう。

何故なら髪を切ったすみれが異様に可愛く見えてしまったからだ。前より格段に似合っているのだ。なぜ今までその髪型にしなかったのか説教をしてやりたいほどに。

しかし今の俺にその権利が無いことは分かっていた。だから、「似合ってる」とも何とも言えず髪型についてはノーコメントを貫くしかなかった。

バレーボールに誓う