2nd Sunday


バレーボールが大好きで、自分の時間のできる限り多くをバレーに捧げている五色くん。その神聖な体育館の中、二階の邪魔にならないところに私は居る。
今日は日曜日だが多くの生徒や中等部のバレー部の人たち、今後白鳥沢バレー部を目指す人たちも来ていた。


なぜなら今日はバレー部の練習試合。その後特別に白鳥沢バレー部員とともに練習に参加できるという時間があるらしい。八割方それが目当てのようだ。


残りの二割はやっぱり取材のような人たちと、バレー部のファンのような人たち、単純にバレーが好きな人たち。
私はその中の五色くんのファン。なんちゃって。


今日の練習試合、五色くんの力が認められればベンチ入り。聞くところによると一年生でベンチ入りしている部員はまだ一人もいない。
私は自分のことのように緊張し、固唾を読んで見守った。





ウォームアップ中からバレー部の様子を眺めていた私は、すぐに彼の姿を発見した。

既に汗をかき、身体は温まっているかに見える。ぴょんぴょん跳ねたり伸びたりして、自分の身体の様子を確認しているようだ。

その五色くんだけをずっと見つめていると、赤い先輩が五色くんに近づいた…そして、何やら耳打ち。そしたら五色くんが二階席のこっちを向いて、ばっちり目が合ってしまった。


「あっ」


ひとりで観に来ているのに思わず声が出てしまい、慌てて両手で口を覆う。
赤い先輩は笑いながらどこかに去り、五色くんと私は数十メートルの距離をあけて見つめあった。


(が、ん、ば、れ)


小声で口パクすると、五色くんは頷いた。

今この体育館で周りの音はすべて消え、私と五色くんしか存在しないかのような空間となっている。少なくとも私の中では…いや、私と彼の中では。と、思いたい。


その無音だった空間を破ったのはウォームアップ終了を告げる笛の音で、五色くんも反射的に笛の鳴るほうへ視線をやった。

そのままチームメイトとともに監督のところへ集まるために一歩踏み出す。けど、もう一度立ち止まって私を見た。

それだけでなく、拳をあげて見せたのだ。ほかの誰でもなく私に向かって、勝利を約束する拳。


「………う…」


もう身体じゅうの血液が激しく流れ渡り、心臓は拡大と縮小をものすごい速度で繰り返し、私の口からは変な唸り声しか出なかった。

今の何?私に向けての、今のアレは。
こんなんじゃ観戦に集中できるわけがない。





長い長い3セットの試合。
五色くんはずっと出ずっぱりだった。


未だベンチ入り前の彼がなぜそんなにも長い時間コートに立っていたのか?そんなの誰が見たって一目瞭然。


一歩踏み出すだけで会場中を惹き付けるる力強い動き、一瞬捉えられるだけで「今、こちらを見た」と相手を震え上がらせる鋭い眼光、点が決まった時の弾けるような笑顔。


それらを見せつけられて、五色くんに魅力を感じない人間なんてこの世に居るんだろうか?居るとしたら私は、その人と一生分かり合えることなどない。


五色くんは、いったい五色くんは、監督に認められたのか。ベンチメンバーに加えてもらえるのか。

試合後にそれぞれのチームが集まって監督の話を聞いている様子だけど、体育館内はほかの部員達が掃除を始めているし話し声なんか聞こえやしない。どうなの?どうなったの?


ああ無理だ、気になる。


私はその場を離れいったん二階の廊下に出ると一目散に階段へ向かい、一弾飛ばしで駆け下りて体育館の入口へ走った。

あと三歩、二歩!というところで、突然体育館内からマッハで出てきた物体とぶつかった。


「いだっ!」


とたんに身体に鈍い痛みが走り視界が傾く。この感じは初めてではない。ここ最近何度か経験しているものだ。

普通ならこのまま倒れて尻餅をつく、最初はそうだった。でもきっと今は違うのだ。なぜならぶつかったのは絶対に五色くんだから。


「…あっぶね、」
「……ご…五色くん」


たった今試合を終えた五色くんの汗が滲んだ手に掴まれて、尻餅をまぬがれた。


「ごめん俺走ってた…大丈夫?」
「私も走ってた…ごめん」
「…五色。次の用意」


体育館の中からセッターの先輩、シラブさんが顔を出した。どうやら練習試合を終えて、次は白鳥沢を目指す中学生たちを交えての練習・試合などがあるらしい。


「あっ…すみません今行きま…いや、ちょっとだけいいですか?ちょっとなんで」


五色くんがシラブさんに向かって手を合わせた。

その様子を数秒眺めてから、シラブさんは視線を私に移した。やばい、私が練習の邪魔してると思われる?
しかしシラブさんは私から再び五色くんに視線を戻して言った。


「…まあいいや。他の1年に頼んでくる」
「ありがとうございます」
「10分後だからな」
「ハイッ」


五色くんは体育館に戻っていくシラブさんに頭を下げた。そして顔を上げると、ぐるりと私の方へ向き直り興奮冷めやらぬ様子で口を開いた。


「白石さん!」
「は、はいっ」
「俺!ベンチ入り!決定!!」
「……!」


私は、顔中の穴という穴がすべて開ききった。

五色くんがベンチ入り。ベンチ入り。ベンチ入り!ずっと彼が夢見たことへの第一歩。


「お…おめでとう…!」
「ん!報告しようと思って二階見たら居ないからどこ行ったのかと…探しにダッシュしてたらぶつかった。ごめん」
「そ、そうだったの…?」


私を探しにダッシュしてたの?


「わ…私も、五色くんの結果が気になって…二階からじゃ聞こえなくて、その」


だから私も二階からダッシュで降りてきた。

その旨を伝えると、五色くんは元々笑顔だったのが真顔に戻りしばらく硬直した。
その間ずっと目が合っていた私たちの間には、さっき体育館で感じた二人だけの世界のような感覚が走る。
呼吸のひとつひとつ、瞬きひとつひとつ、心臓の伸縮ひとつひとつの音が聞こえてくるような。


「…本当は報告だけじゃないんだ」


五色くんが沈黙を破った。


「ずっと言おうと…俺が、白石さんと並べるような人になれたら言おうと思ってた」


そこで心臓の音すら聞こえなくなった。
私の心臓は止まったのか?いや、確かに動いている。どくんどくん、激しく波打つ心臓の感覚だけが身体に響く。それなのに音が聞こえない。

聴覚が五色くんの声だけに集中しているのだ。そして、視覚は五色くんの姿のみに集中している。


「ずっと前から好きでした」
「………」
「なのに最近また…どんどん好きになって」


私の感覚はたしかに彼に向けて研ぎ澄まされているのに、言葉がつっかえて出てこない。何でだ?ああ、驚きと嬉しさで息を吸っているからか。吐かなきゃ、吐かないと声が出ない。


「ごっ」
「え」


結果、自分でも戸惑うような変な声が出た。


「大丈夫?」
「…ごめん、大丈夫」
「いや…俺が変な事、いきなり…」
「ちがっ、変じゃない!」


なんとか息を整えて、五色くんの顔を見上げた。すると五色くんは少し身体をこわばらせて聴く体勢に入ったのが見受けられた。


「私も…五色くんのこと好き」
「………!?えっ、ま」
「マジだよ」
「マジで…」
「好きになっちゃった…」


五色くんの存在を知ってからのたった二週間で。
私の意識は今や、常に彼に釘付けだ。


「……やべ、混乱」
「混乱…?」


五色くんが手で口元を覆った。口は隠されているのに、紅くなった耳や鼻は見えているし大きく開いた瞳はぎらぎらと光っている。


「どうしたらいいか分かんねえ…ベンチ入りしたのも、白石さんが俺のこと好きなのも」
「お、落ち着いて」
「そんな気はしてたって言うか、そうだといいなって…やばい、やべえ」


私自身も落ち着いているとは言い難いが、五色くんの混乱っぷりは私の比では無いらしい。


「じゃあつまり俺と…付き合ってくれる?」
「もっ…もち、です」
「〜〜〜!やっ…たーーー!」
「!?」


いきなり五色くんが叫んだことで、体育館の一階入口付近の視線は一気にこちらに集中した。
中学生、OB、観にきていた在校生たちが何だ何だとざわついている。


「うわ、くそっ…嬉しい!どうしたらいい!?すっげえ嬉しい」
「ちょっ、しー!静かに」


周りの目を気にしながら私が言うと、五色くんは「ごめん無理だ」ととても幸せそうに顔を緩ませていた。その顔を見て私の表情も緩む。
私だって叫びたい。好きな人と両想い!


「俺、えっと今日…あークソッ、夕方まで練習があって、あの」
「いいよ。練習しなきゃ」
「けど…」


五色くんはまるで、二種類のおもちゃの中からどちらか片方を選ばなければならないかのように頭を抱えていた。
うんうん唸って最終的に練習に戻る決心がついたらしい。


私も本当はこのまま五色くんと、いつから好きでどこが好きでこれから何しよう、って話をしたい。
けど、たった今ベンチ入りを果たしたバレー部の練習を遮ってまでそんな事はできない。


「…夜、電話していい?」
「え、もちろん…」
「話したいこと沢山あるの」


そう伝えると、五色くんは落ち着きつつあった顔色がまた紅くなった。そのまま顔を隠すように私に背を向けて、背中越しに言った。


「…たぶん、俺のほうが沢山あるよ」
「………!」


どんな話?

聞き返したかったけど、五色くんはそのまま体育館内へと走っていった。その後ろ姿を追っているだけで分かってしまうほど、彼は首まで真っ赤になっている。

それを見て私も嬉しくなって、早く夜になれ!と思いながらふと目をやった廊下の鏡には、五色くんと同じくらい赤い私の顔が映っていた。


ここまでが私と五色くんの、甘くて過激な二週間の話だったわけだけれども。これから更に二週間、二ヶ月間、二年間、ずっと毎日続いていけばいいな。

Radical
Sweet
Days

I wish our happiness days forever!