Happy Valentine's Day! 2017クリスマス の続きバレンタインデーの今日は土曜日なので、学校が休みだった。
帰宅部の私は登校する用事もなく、うちのお母さんが営むケーキ屋さんの店番として今日も店頭に立っている。
ケーキだけでなく焼き菓子なんかも販売しているので、バレンタインに家族や恋人、あるいは友人に渡すのであろうプレゼントを買っていく女の子が沢山。
時々男性も買っていくので、「海外のバレンタインでは男性から渡すのが普通」というのをテレビで見たなとぼんやり思い返していた。
「あんた夕ちゃんに渡さなくていいの?」
しれっと言い放ったのは私のお母さんだ。
何故お母さんが西谷くんを「夕ちゃん」などと馴れ馴れしく呼んでいるのかと言うと、お母さんの所属するママさんバレーに西谷くんが時々参加するのだそう。
そこで、若い男の子が大好きなお母さんは西谷くんと仲良くなったらしい。
「…また夕ちゃんって呼んでるし」
娘の片想いの相手に向かって、娘より先に母親のほうがファーストネームを呼んでいるのを知ったのはクリスマスの事。
やはり私が店番をしていると西谷くんがバレー部の人たちとお店に来て、ケーキを買っていったのだ。
結局西谷くんは私がデコレーションしたロールケーキを買ってくれたあと、ずっと練習続きだったみたいで授業中は寝てるし、味の感想を聞けていない。
「すみれも夕ちゃんって呼んだらいいのに!嫌がらないと思うけどなあ」
「だってえ……」
「どれか好きなの渡してあげたら?夕ちゃん宛なら許してあげる」
と、言いながらお母さんがお店の中を見渡した。
渡してあげろったって、今日の私はこのお店の中に缶詰の予定だ。西谷くんも部活をしてるんだろうし、家も知らないし渡しようが無い。
「べつにいいもん」
「そんなんじゃ付き合えないよー」
「うるさいなぁぁ!」
付き合うとか付き合わないとかそんな簡単に言わないでもらいたい!
しっしっとお母さんをお店の奥に追い返そうとすると、からんからーんとお店の戸が開いた。
「いらっしゃいま……」
反射的にいらっしゃいませ、と言いながらそちらを向くと。
何とそこには今まさに話題にあがっていた西谷くんが立っていたのだ!
しかも今回は1人で!
「よっ!」
そして、軽く手を振って挨拶してきた。
「あら夕ちゃんいらっしゃい〜」
「こんちわっす!」
「に…にし、のや、くん」
何故に、おひとりでこの店にいらっしゃってるのですか…と口をぱくぱくさせる私を横目に、お母さんは「ふふふ」と自分からお店の奥に入っていった。
「今日も手伝いしてんだな!ご苦労さん」
「…うん…今日はどうしたの?」
「どうしたのって、白石のおばさんに呼ばれたんだけど。白石が俺に用があるみたいって」
「えっ!?」
もしかしてお母さん…やりやがったな。
だから「店の中の好きなものをあげていいよ」なんて突然言い出したのか。
バレンタイン用品の準備期間は西谷くんの話なんかしなかったくせに、突然今日になって彼の話を出したかと思えばこういう事だったのか。
「で、用って何?」
そんなお母さんの思惑など西谷くんは知らないみたいで、本題を突っ込んできた。お母さんめ余計なことを!
…いや、これはチャンスなのか?こんな事がなければ、西谷くんにバレンタインプレゼントを渡すことなんか出来ない。
少し冷静に考えて、悔しいけれど母親の作戦を実行することにした。
「あの、今日バレンタインだから西谷くんに何かあげようって思って」
「お!?ほんとか」
「う、ウン」
「ぃやった!潔子さんから配られたのしか貰ってないから嬉しい」
「き…きよこさん?」
潔子さんとは、どなた?
既にほかの女の子にチョコを貰っているということなのか。西谷くんは私から見れば素敵な男の子だし、いくつもチョコを貰っていたって不思議じゃない。
「潔子さんって…」
「マネージャーの人。すっげえ美人のな!」
「す…すっげえ美人からチョコ貰ったんだ」
「おう!」
じゃあ私からのチョコとか要らないんじゃないだろうか。西谷くんが満面の笑みで「すっげえ美人」と褒める人から、既に貰っているんだから。
「……美人の人から貰ってるんなら、私からのは…別に要らないッポイよね」
「何で?欲しい」
「で、でも」
私、あなたが本命だし。
なんて言えないのでウダウダしていると、西谷くんが言葉を続けた。
「潔子さんは完璧な人だけど、ロールケーキは白石のほうがうめえと思うぞ。今までで一番だった!」
「……え!」
「だから今日も何かくれるんならコレがいいなあ」
西谷くんは、以前と同じ場所に並ぶロールケーキを指さした。今日ここに並べられているこれも、私がデコレーションを施したものだ。
「……じゃあ…これ…あげる」
「おーやった!え、タダ?」
「うん、今日だけ特別。…西谷くんだけ」
西谷くんだけだよ、というのが私の精一杯のアピールだった。
喜ぶ彼の姿を見ながらケーキを箱に入れ、倒れないようにボール紙を丸めて入れて、袋に入れて手渡す。
どきどき。今、わたし、好きな人にケーキあげてる!バレンタインに!
「サンキューな!帰ってソッコー食う」
「うん…」
「白石はどれが好きなんだっけ?ザブ…ザ…ザビエル?」
「ザッハトルテ」
「あーそれそれ!」
西谷くんはショーウィンドウの中のザッハトルテを探して「これかあ」と眺めた。
そして、しばらくザッハトルテがどんなものかを覗いてから身体を起こすと。
「じゃあ今度は俺がお返しすっから。ホワイトデーもここに居ろよ!」
「………へ…」
「じゃあな」
私は言葉を失ったまま、大きく手を振ってお店を出る西谷くんの姿を見つめていた。
西谷くん、ホワイトデーにお返しくれるって言った?
そんな事よりも、クリスマスの日に私のお気に入りが「ザッハトルテ」だと言ったのを覚えていた?(ザッハトルテという単語は覚えきれていなかったようだけど)
「あらー帰っちゃった」
お母さんが白々しく奥から現れた。
「…お母さん…西谷くん呼んだでしょ…」
「こうでもしなきゃ渡せないでしょアンタ」
「………もう、あ、あり、」
「ん?」
「あーりーがーと!!!」
馬鹿!ありがとうお母さん!
ホワイトデーの日も友達と遊ぶのは我慢して、精一杯お店番を務める事にした。その日もきっと、西谷くんが来てくれると信じて。
お母さんはと言うとやっぱり「ふふふ」と笑いながら、軽やかにお店の奥へと引っ込んだ。
世界でいちばんのロールケーキ
気持ちが強まるバレンタインデー
西谷リク下さった方、ありがとうございました!