Happy Valentine's Day! 2017


2月14日、既に進学先も決まっている私が学校に来る理由なんか無かった。三年生は授業が無いから、まだ受験が終わっていない生徒しか登校していない。

それでも私が学校に来た理由とは、バレンタインチョコを渡して告白するためだった。


「…えっと、嬉しいんだけど…ごめん。白石の事そんなふうに見れない」


その結果返ってきたのは、漫画やドラマで定番の振られ文句。


私はバレンタインの日、学校の校舎裏で好きな人に振られた。しかもその直後、陰から女の子が現れて「ちゃんと断って偉いぞ!」と頭を撫で撫でしながら仲良く去って行ったのだ。

彼女いたのか。
そして、隠れて聞いていたのか私の告白を。


「…恥ず。」


どんよりした気持ちで、もう帰ろうと思い振り向くと、進学校には似つかわしくない派手な男の子が立っていた。
しかも私をまっすぐ見下ろして。


「…何してんの天童くん」
「んーと、盗み聞き?」
「嘘でしょ、聞いてたの…」
「ウン、バッチリ振られてたね」


ひょろりと背の高い天童くんは、どうやら私の人生初の告白を聞いていたらしい。盗み聞きされすぎだろ私。


「悲しい?」


しかも、振られた感想を述べよと言う。
そんなもん悲しいし悔しいし恥ずかしいに決まってるじゃないか、彼女が居るのも知らなかったし。

告白したのも失恋したのも初めてなもんだから、天童くんが見ているのも構わず涙が出てきた。


「あら、チョット泣かないで」
「……うう」
「男は星の数ほど居るよ?彼は白石サンの魅力を知らないだけなんだよきっと」


彼は私の魅力を知らないだけ?
振られた人間を慰めるためには言葉を選ばなければならないんだろうけど、そんな無責任な事言われても何も感じないんですが。


「…じゃあ天童くんは私の魅力を知ってるとでも」
「ゴメン知らない。」


ですよね。

天童くんは二年、三年と同じクラスだったけど選択科目が違ったり、バレー部の練習や試合であまりクラスの活動にも参加していなかったので正直仲良くはない。悪くもないけど。だから彼が私の魅力ってものを知ってる筈なんて無い。

単なるテキトーな慰めか…とさらに悲しくなってその場を離れようとすると、天童くんがついてきた。


「でもたった今、好きな子に振られて泣いちゃう顔がカワイイってのを知っちゃった」
「はい?」
「あー泣き止んだら駄目!泣いてるとこがカワイイんだから!」
「…はい?」


ついさっき「泣かないで」って言ったくせに今度は泣き止むなと言うので、訳が分からず涙が引っ込んだ。
「あーもう」と天童くんが残念がるのも意味が分からないし、失恋直後の私に付いてくる意味も分からない。


「…こないで、一人になりたい」
「暇なんだもん」


傷心した私を暇つぶしの道具にしてるのか。


「何しに学校きてんの?天童くんもう大学決まったって聞いたけど」
「後輩の練習相手ダヨーン」
「あ、そう…」


天童くんがうちのバレー部で有能だったというのは、クラスでは有名な話だ。
牛島くんたち三年生が抜けた後も全国大会を目指すという目標は変わらないので、天童くんも牛島くんも引退後だが練習に参加しているらしい。そして、


「で、チョット疲れて散歩してたらね、白石サンがガッツリ振られるのを聞いちゃったわけよ」


…と、いうわけらしい。

見られたのが牛島くんなら何も言わずに聞かなかったふりをしてくれただろうに。


「ね、それどうすんの?」


ふいに天童くんが指さした先には、まだ私の手の中にあるバレンタインチョコ。告白と同時に渡そうとしたものだから、玉砕した今はもうゴミみたいなもんだ。


「…どうもしないよ。捨てる」
「捨てんの!?」
「持ってたってしょうがないじゃん」
「じゃあ俺にチョーダイ」
「え?…いいけど」


捨てるよりは良いのかもしれない。
味見した時は結構美味しかったし、だからって自分で食べるなんて惨めな真似はしたくないし。

まあいいか、と天童くんのほうへ差し出すと彼はそれを受け取った。


「やった。アリガト」


そして、天童くんがお礼を言ったのと同じタイミングで大変な事を思い出した。
…その包の中に、告白の想いをつづった手紙を入れてるんだった!!


「ちょま、待っ、やっぱり駄目!」
「ええー?」
「返して!」
「ヤダよもう俺のだもーん」
「い、一瞬だけ!一瞬」
「……何なの?毒でも仕込む気?」


天童くんはその高い身長にプラスして長い腕を持っている、その腕の先にある器用な細い指も使ってバレンタインチョコの包みをヒョイヒョイ私の手から躱していく。
まずいまずい、振られる前夜に書いた熱い手紙を読まれるなんて一生の恥だ。


「…その中に、手紙…が…」
「へ?なに?」
「……て、が、み!書いたの!さっきの人宛に!それだけは燃やすから返してお願い!笑いたきゃ笑えば!」


天童くんはとくに笑っていなかったけど、恥ずかしくて悔しくてやけくそで叫んだ。

しかし彼は笑うどころかきょとんとした表情で腕を下ろし、私の手の届く高さに包みを持ってきたかと思うと「ハイ」と返してくれたのだ。


「……あ、ありがと」
「イイヨー」


拍子抜けしてしまい、淡々と中から手紙を抜き取る。雑貨屋さんで買った可愛い封筒に入ってるのがまた切ないな。


「…はい。じゃあこれあげる」
「ねえねえ白石サン」
「何?」
「俺にも手紙書いてくんない?」
「……何て?」


チョコくれ、の次は手紙を書けと?この人いったい私の何なんだ。卒業したら会わなくなる程度の仲だったクラスメートじゃん。


「俺も手紙欲しい」
「…なんで?」
「白石サンが好きになっちゃった」
「…………?」


彼は頭がおかしくなっちゃったのだろうか?それとも振られたショックで凹む私への慰めか?もしくは落ち込む私の姿が滑稽だからってからかっているのか?


「…慰めてくれてんの?」
「ンーン。好きな子に手紙まで書いちゃうトコがたまんないなーって思って」
「…馬鹿にしてんのね?」
「違うってば!」
「書くことなんか無いよ…じゃあね」


この人と話してると少し疲れてきた。そもそもたった今片想いの相手に振られた私に手紙を書けとはなんたる拷問だろう。
もう帰ろうと歩き始めると、天童くんがまたまた付いてきた。


「じゃあ手紙はいいから、コレは本命チョコって事にしていい?」


…それって天童くんが決める事じゃないと思うんだけど。

けれど他に誰にも渡してないし…これひとつ作るために色々用意してたから、お父さんにも渡せてない。正真正銘、私が作った世界でひとつのバレンタインチョコだ。

私は少し面倒くさくなって「いいよ」と答えた。


「やった!じゃあホワイトデー空けといてネ?お返しするから」
「いいよ別に…」
「すーるーかーら!」
「……じゃあ待ってます」


無理やりホワイトデーの約束を作られてしまい、どうせ一緒に過ごす相手もいないので適当に受け入れた。

その返事に満足したらしい天童くんはそろそろ練習に戻らねばならないらしく、私と別れて体育館へと歩き始めた。が、振り返って一言。


「浮気は禁止だかんね!」
「はっ?」


私が抗議の言葉を発する前に、天童くんはスキップで走り去ってしまった。

…私たちまさか今ので「付き合った」って事じゃないよね?受け取り拒否されたチョコを代わりにあげただけだもんね?

…天童くんへの本命チョコとして。


「…いやいやいやいや」


まさかね、まさか。

もしかしてホワイトデーに天童くんからの手紙が渡されたりしてね。…いやいや、まさかね。

まさかそんなわけ無いよね。
拾われた心とチョコレートのゆくえ
気持ちを惑わすバレンタインデー