2nd Saturday


またもや土曜日だと言うのに、午前中から一人で出かけようとする私を母は見逃さない。けれど余計な声掛けはしてこなかったので、きっと色々勘づかれているんだろうなと思った。


すでに6月に入っているので、もう半袖でなければ日中は暑い。しかし屋内に入ればクーラーが効きすぎていることもあるから一応羽織れるものを鞄に入れて家を出た。


私の足取りはとても軽い。
今から五色くんの練習を見られるだけでなく、その後は二人でパンケーキを食べに行くという完璧すぎる計画を実行する前に、幸せすぎて心がどこかに飛んでいきそうだ。


いくら自主練の見学とはいえあまり早くに着きすぎるとさすがに邪魔だろうと思い、練習の終わる一時間前くらいに到着した。
一時間前でも充分早いだろうというのは百も承知。


いつもの体育館を覗いてみると、驚いたことにそこには沢山の部員が練習に参加しているではないか。


「……あれ…」


今日は部活自体はオフなんじゃなかったっけ。どうしてこんなに人が居るんだろうと戸惑っていると、突然背後から声をかけられた。


「…あの。」
「はっ!!はい」


振り返ると、見た事があるような無いような、やっぱり見覚えのあるような男の人が立っていた。バレー部の人だ。
ええと確か、この間五色くんが一生懸命練習を頼んでいた先輩。


「五色が言ってた子?」
「……え」
「なんか今日、観に来る人が居るって言ってたから」


その人はそう言いながら私の横を通り過ぎ、体育館へと入った。
そして私からは死角になっていた場所にスタンバイされていたパイプ椅子を持ってきて「入っていいよ」と手招きしてくれた。

とは言えこんなにたくさんの人がいるなんて思っていなかったので、長時間注目されるのは避けたい。先週みたいに終わり際の少しの間ならいいけど。


「…あの…、今日は部活はお休みって聞いたんですが…」
「? うん。休みだよ」
「でも、結構集まってますね」
「……うちは休みを返上してでもやりたい奴が集まるところだからね」


さも当然のことであるかのようにその先輩は口にした。

万年帰宅部の私の頭からは、天地がひっくり返っても出てこない思考だ。
この人も、あの赤い先輩ですら、自分の時間をすべてバレー部に捧げているのかと思うと大きな格差を感じてしまった。

私がへらへらと見学していいようなものではない気がして。


「白石さん!おはよー」
「わっ」


そんな私の不安を吹き飛ばすかのように、五色くんが体育館の入口へと現れた。


「白布さん、すみません俺やります」
「ん」


そして、先輩が持ってくれていたパイプ椅子を五色くんが受け取りシラブさんにお辞儀をしていた。
シラブさんも五色くんも何も言わないけど、私やっぱり場違いなんじゃ…


「白石さん、入って」
「…う…うん…私、邪魔じゃない?」
「へ?」
「みんな本気で練習してるのに…」


今日は公式な練習ではなく自主練の日とはいえ、私みたいな浮かれた女が見学しているなんて。マネージャー志望でもないのに。


「んー…まあ皆見られるのは慣れてるから…前も言ったけど牛島さんのギャラリーがよく来るし」


牛島さん、というのがうちのバレー部のエースであり全日本ユースの凄い人だと言うのは前に聞いた。
テレビや雑誌の取材、その他ファンの人や単なる応援の人などが牛島さん目当てでよく来るそうだ。

私もそういう「ただのギャラリー」だと思われるのは少し嫌だな、ただのギャラリー以外の何者でもないけど。しかも五色くんを見たいだけ。恥ずかしい。


「けど白石さんは俺のギャラリーだもんね」
「…………へ」


今まさに考えていたことを五色くんに言われてしまい、間抜けな声が出てしまった。


「え、あれっ…違った?」


私が変な声を出したせいで五色くんが慌ててる。…私が五色くんの練習を見るために早めに来たというのがバレている?

「自主練見たい」としか言わなかったはずなのに、いやそれだけで充分だったのか?私、五色くんに気持ちがバレた?どうしよう。


「ごめん…てっきり…調子乗ってた」
「え、いやっ、あの!違うの」
「…やっぱり違うんだ」
「あああーいや、そうじゃなくて」


傍から見ればこんな茶番さっさと終わらせろと思われそうだ。
でも私は今全力で五色くんのことが好きだから、五色くんも私のことを好きかも知れないなんて考えるだけで混乱するのだ。許して欲しい。

でも少しの勇気を振り絞って、どうか五色くんにエールが届くようにと言葉を紡いだ。


「あの…調子乗っていいから。それで合ってるから…あの…私は五色くんのギャラリーだから」


ぼそぼそ、もじもじ、と言う擬音が聞こえてきそうなほど少しずつ伝える。五色くんは私の言葉のひとつひとつを丁寧に聞き取ろうと耳をすませていた。
そして全てを言い終えた後、五色くんの顔は見るからに紅く染まった。

それを見て私の方が紅くなってしまいそうだったから、もうこんなのは辞めにしなければ。

「早く自主練しなきゃ」と声をかけると、五色くんはやっと「そうだった」と顔が紅いままコートに入り、赤い先輩にはやされているのを見ながら五色くんの用意した「特等席」に座った。


それから1時間弱、五色くんの余りある魅力を突きつけられる時間となった。


しっかり練習を見てみると、やはりとても力強いし持久力もありそう。何度も「お願いします!」とトスをせがんでいたシラブさんには最終的に断られていた。





練習が終わり、着替えた五色くんと合流するとまた私の心はどきんと鳴った。
今からふたりで駅前に行く、つまりどこからどう見てもデートという事に気付いたから。


「…あ。先に本屋さん寄っていい?」
「うん、どっ、どうぞ」


心なしか、私たちはふたりともぎこちない。やはりさっきので私の気持ちを五色くんに気付かれたのかも知れない。


大きな本屋さんに着くと、雑誌のコーナーで立ち止まった五色くんの手にはバレーボール雑誌があった。スポーツ系の雑誌って見たことないなあ。


「これに牛島さんが載ってるんだよね」


と、言いながらページをめくっていく。
確かに見開きで牛島さんが載っていて、写真の右下にある紹介欄に白鳥沢学園の生徒である事も書かれていた。


「…すご…ほんとだ」
「カッコイイなあぁ牛島さん」
「憧れてるんだね」
「いや!憧れって言うかライバルなんだ。ひとつのチームにエースはふたりも要らないと思うから!」
「…へえ」


と、言うことはつまり。牛島さんからエースの座を奪おうとしているのだ。


「…ほんと凄いね…尊敬する」
「え、何を?俺を?」
「うん…すごいカッコイイと思う」
「かっ…、?」
「あ」


やばい。勢い余ってカッコイイとか言ってしまった。
五色くんは雑誌を持ったまま固まってしまい、そのうちゆっくり雑誌を閉じて棚に戻した。


「ご、ごめん私変なこと言った…」
「…ううん。俺…分かった」
「え?」
「俺、どこに出ても恥ずかしくないようなカッコイイ男になるから」
「え、」


ごくりと唾を呑み込んだ。が、口が渇く。


「明日、練習試合なんだ。その試合を見て俺をベンチに加えてもらえるかが決まる」
「………」
「白石さんにも見に来て欲しい」


私の口は渇いたまま、スムーズに返事ができなかった。声がかすれてうまく出せない。
だから必死にうんうん頷いて、やっと「絶対行く」と言った声はやっぱりかすれていた。


その後一緒に食べたパンケーキの味なんか、覚えているわけがない。
どんどん知ってくSaturday