2nd Friday昨夜はなかなか眠れなかった。
悩みがあるわけでも心配事があるわけでも何かをしていたわけでもない。興奮していたのだ。
「俺その子が好きなんだ。中学の時から」
五色くんの言葉が頭の中でこだまして、最後に時計を見た時には夜中の2時を回っており気付いたら寝ていた。
昨日聞いてしまった話からすると、五色くんは私の事が好き。しかも中学の時から。私はその頃、五色くんの存在すら知らなかったのに。
◇
目覚ましの音で目が覚めて、いつもより睡眠時間は短いはずなのに勢いよく起き上がった。学校に行きたくて。
更に言うなら五色くんの姿を見たくて。
昨日のあれをこっそり聞いていたなんて口が裂けても言えないけれど、むしろ聞いていなかったとしても、すでに彼を好きになっている私が学校に行きたがるのは当然の事だった。
会えばきっとドキドキしてしまうんだろうけど、それよりも「顔を見たいな」という気持ちが勝っているので少し早めに登校した。
バレー部が朝練を終え、教室に向かう時にちょうど会えるくらいの時間帯を狙って。我ながら思うけど、ストーカーだと騒がれても否定できない。
まず校庭に入ったところから私の心臓は高鳴り始めた。
もしかしてバレー部がこの間のようにロードワークに出ていて、後ろから走ってくるかもしれない…しかし、その様子はなかった。
もう部室で着替えているのかな。
そんなことを考えながら下駄箱でシューズに履き替えていると、突然大きな声がした。
「おはよう!」
それは紛れもなく今私の中を埋め尽くしている五色くんの声だったもんだから、私は飛び上がって驚いた。
「五色く、おはっ、おはよ」
「あ、ごめんビックリした?俺声が大きくて」
「ううん大丈夫…」
声の大きさに驚いたのでは無い。声をかけてきたのがあなただから驚いたんだよとはまさか言えないので、私はひとまず気付かれないように深呼吸をした。
「朝練は終わったの?」
「うん、それより報告があんだけど!監督が、俺のことベンチ入り候補にしてくれてるんだって」
「えっ!!?」
たった今深呼吸したばかりなのに、また私の肺の中には一気に空気が送り込まれた。
ベンチ入りということは試合中、二階の応援席などではなくコートの横に待機して、選手交代の可能性があるという事だ。
「それって…それって」
「すんッッごい事なんだよ、俺もう興奮しちゃって!白鳥沢のバレー部ってだけでヤベェんだけどさ!」
「お…おめでと、」
これはめでたい事なのだろうと「おめでとう」の言葉を贈ろうとすると、五色くんが突然私の手を取った。とたんに私は硬直し、一体何のつもりかと彼の顔を見上げる。
「白石さんのおかげだよ。ありがとう」
五色くんは、私を虜にしたその笑顔を惜しげも無く見せた。
好きな男の子に手を握られて私の精神が無事で居られるはずが無い。
頭が混乱しつつも何か返答しなければと焦点の合わない目で空を見る。しかし空を見たところで目の前には大きな五色くんが居るので必然的に五色くんの姿が目に入る。心臓うるさい黙れ!
「…私は何もしてないから…」
「いや!やっぱり何かお礼しなきゃ、えっと何がいいかな…何か……甘いの好き?」
「あ、あまいの?」
「うん。女の子って甘いの好きそう」
すると、五色くんは「ケーキとかチョコとかあんみつとか…」と頭に浮かぶ限りの甘いものを言葉で並べ始めた。
「白石さん何が好き?」
最終的に候補がなくなったみたいで、直接聞かれた。
甘いものは基本的に好きだ。でもこの流れは、例えば「ドーナツ」と答えた場合「お礼に奢るよ!」と言われるのだろう。
私は一瞬のうちに考えた。
チョコレートやドーナツならばテイクアウトで終わってしまう。お店に入って一緒に食べる確率は少ないだろう。どうせなら五色くんと一緒に、なるべく長い時間を共にしたい。かつ、女の子らしくて可愛いなと思われたい。
と言うことは私の選ぶべき甘いものと言えば、
「……パンケーキ…」
ありきたり過ぎるとは思いつつも口にしてみると、五色くんは乗り気で答えてくれた。
「最近よく聞くやつだ!俺食べに行ったこと無いんだよね…どっか美味しいとこ知ってる?」
「わ、私も行った事ないんだけど…気になるお店が駅ビルの中に」
「わかった。じゃあソコ!」
「え、」
まさか本当に「お礼に奢るよ!」と言う展開になろうとしているのか。私が驚きと嬉しさで困惑している事には気づかない様子で五色くんが話を続けた。
「明日暇?」
「あ、明日ッ!?」
いきなり明日を指定されるとは思っていなくて、声が裏返ってしまった。
確かに明日は土曜で、帰宅部の私はこれと言って用事がないけれど五色くんは空いているのだろうか。
「私は大丈夫だけど…五色くん練習は」
「明日はオフなんだ。あ、午前中だけ自主練行くんだけど…だから午後空いてる?」
部活自体がオフなのに、自主練で登校する予定らしい。その熱心さに頭が上がらなくて、私はひたすら「空いてる」と首を縦に振った。
「じゃあ明日…1時に白鳥沢駅で!」
「うん…あ、あのっ」
「ん?」
1時に駅で待ち合わせてパンケーキを食べに行く、何度復唱しても悪くない響きだ。
でも午前中に五色くんが体育館で自主練をするなら、それを見たいと思えた。迷惑でなければ。
「…自主練…ちょっと見たいから、体育館まで迎えにいってもいいかな」
「え!?」
やばい。引かれたかも。
「いや、邪魔だったらいいんだけど!」
「邪魔じゃない!大歓迎だよ!」
「そ……そう?」
「用意しとくね。白石さんの特等席」
つってもパイプ椅子だけど、と五色くんがはにかんだ。
一体、ここ数日間に起きた出来事のどれが現実でどれが夢なのか判別できない。
五色くんの好きな人が私であると言うことすら、夢だったのかも知れない。
実際名前は口にしていなかったし、「休みの日に勉強を教えてくれるような子」で「中学のときから好き」と言う情報しか無いのだ。私に可能性があるとすれば前者のみ。
でも確実に言えるのは、私の心はもう完全に五色くんに持っていかれていると言うこと。
Fridayに笑顔のお誘い