03


駅から数分歩いたところに広めのコーヒーチェーンがあるので、そこに入る事にした。
落ち着いて白石さんを見ていると、当然だが今日は私服で、控えめな格好だった。少し新鮮だ。


「何にする?」
「え!自分で買うよ」
「いいから、後ろ詰まってるから」


自分たちの後ろに2組ほど並んでいるので、それを理由に「好きな女の子に奢る」という技を実践できた。

白石さんは、慌てて注文を決めたのかホットココアを頼んでいた。今は5月末、かなり暑いのに。

二階席の端のほうに座ると、改めて白石さんが頭を下げた。


「本当にわざわざありがとう」
「こちらこそ。無理やり誘ってごめん」
「ううん…」


いつ、「元気ないね」と言おうか悩んだ。
保健委員として聞けばいいんだろうが、今は保健委員の仮面を被っても彼女との距離を縮める事は出来ないと判断した。

木兎さんじゃないけど、小細工なしの真っ向勝負だ。


「俺、チアリーディングの話聞いちゃった」
「………え」
「昼休みにチアの子たちが集まってるの、聞こえたんだ」
「…そうなんだ」
「………」


傷口をえぐるような話をしている事は百も承知だ。でも、スマートに女の子から話を聞く方法など知らない。


「やめるの?」
「…分かんない。でも、しんどい」


しんどいのは、傷をたくさん作ってしまうからではない。
身体なんて痛くもかゆくもない。
心がしんどいんだ。

白石さんは泣きそうになっていた。いつもにこにこしている顔しかしていなかったのに、下手くそでもめげずに練習していたのに、超えられない絶対的な物にぶち当たり、致命的な現実を知り、折れそうになっている。


「俺、白石さんが練習してるところ見てたよ」
「え…うわ…下手でしょ私」
「怒らないでね。あんまり上手いとは思わなかった」
「…うん」
「でも好きだよ」
「??」
「白石さんの頑張ってるところは好きだよ」


何かいい励まし方が見つかれば良かったのだが、今思い浮かぶのは、これだった。でもどうやら攻めすぎたらしい。白石さんは固まっていた。


「ごめん。きもかった」
「き!?いや、きもくないビックリしただけ」
「ごめん」
「でもまさか赤葦くんにそんな気を遣わせるとは」


気を遣ったわけでは無いんだけどね。

どこまで踏み込んでいいものか分からなくて中途半端に「好き」とか言ってしまった自分を恨む。

どうしてもただのクラスメートで、席が隣であると言うことしか共通点が無い。距離の取り方が難しかった。
木兎さんなら飾り気なく言えるのかなあとか思うと悔しいが、あの人のやり方だとゼロ距離射撃になってしまうか。


「明日、来る?」
「……行きたいけど…」
「隣の席が空いてるのは寂しいな」
「どうしたの?今日は凄く褒めてくれるじゃん」
「引くよね」
「引かない引かない」
「よかった」


そう言うと、今日初めて白石さんが笑ってくれた。


「ありがとう」
「…、うん。でも俺、出しゃばりすぎた」
「そんなこと無いよ」
「だって休んだの今日だけじゃん。なのに凄い説得して暑苦しくない?」
「そんなこと無いって、そもそもスマホ届けに来てくれたのに」


そう言えばそうだった。自分の中で、スマホはおまけみたいに考えていたが彼女にとっては俺がおまけみたいなもんだ。

しかし、この機を逃してなるものか。もう少し仲良くなってから解散したい。


「白石さんはどうしてチアやってるの?」
「えっ?」
「いつも頑張ってるよね。あそこで」
「下手なのにね…笑えるでしょ」
「笑わないよ」


少なくとも俺は、とか付け加えたらさすがにサムイから我慢した。


「私って自分が注目される事なんか出来ないから…でも、わあーって身体動かして活躍してる人と関わりたかったんだよね」
「…だから、チア?」
「うん。楽しそうだったし、お遊戯は得意って言われてたからさ。でも幼稚園のお遊戯とは全然違ってさあ」


そりゃそうだろ、と思いながらも白石さんはいたって真剣なので俺はまた我慢した。


「楽しければ良かったのに、いつの間にかもっと目立ちたいもっと出たいって思い始めたら…なんか、しんどくなった」


それはバレーボールにも言える事だった。

楽しい楽しい部活が、強くなり勝ち進む事を目標にし始めるころから、徐々に差が出る。
そして試合に出れない人たちはスタメンの奴らを見ながらこう思う、「俺もいつか出たい」「俺には絶対に何か特別なものがある」「本当はもっと出来るのに調子が出ない」そして、自分は何も特別では無く凡人である事に気付きバレーを辞めていく。

それを逃げだとは思わない。そいつらだって曲がりなりにも部活を続け、練習に参加した結果なのだから。


「でも辞めたら、私って何も無いんだよね」
「…そうかな?勉強だって得意でしょ」
「そんな事ないよ。学年1位とかならまだしも…赤葦くんみたいに、誇れるような肩書きも力も無いもん」


誇れるような肩書きとは、副主将という事だろうか?これは荷が重いので断ったんだが、選ぶ基準が「主将の木兎さんと対等であるか」だったからだ。
もし木兎さん以外が主将だったなら俺は副主将には抜擢されていないだろう。


それよりも白石さんは、チアリーディングを辞めた場合の自分の居場所について迷子になっているらしい。


ここで助け舟を出すのが保健委員としての役目では無いだろうか?そして、梟谷バレー部副主将としての務めでは無いのだろうか?


「もし辞めて、何も無いなって思ったら」
「うん?」
「バレー部においでよ」
「………バレー部…」


しばらく、無言で俺たちは見つめあった。

しかし彼女の瞳からは驚き、混乱、迷いを経て少し光が戻った、その流れを把握する事ができた。最後に白石さんは、もう一度弱々しくも笑顔になってくれた。
03.ゼロ距離射撃