07


飛雄くんが何やら怒っていた。
私が怒らせたのかもしれない。あそこで待ってろと言われたのに、梟谷のマネージャーさんたちの誘いきちんと断れなかった。

そして今、黒尾さんの引き止めを上手に躱すことができなかった。どうしよう。怒ってる、気がする。


「…今の、良くないと思いますよ」


呆然と飛雄くんの背中を目で追っていた私を現実に引き戻したのは、黒尾さんを咎める赤葦さんの声だった。


「え?やっぱりダメだった?」
「当たり前でしょ。どっちが陰険なんですか」
「ごめんって」
「俺には謝らなくていいです」


そう言って赤葦さんは花火を手に取り、チャッカマンで火をつけた。勢いよく火花が散る。きれいだなあなんて感情は、今はちょっと出てこない。


「…ゴメンネ」
「………」


黒尾さんが身体を傾けながら言った。続けて赤葦さんが口を開く。


「ごめんね」
「何で赤葦が謝ってんの」
「黒尾さんの代わりに。」
「謝ってるだろ」
「誠意が感じられませんので」
「熱っチィ!花火こっち向けんな!」


二人の声は右耳から入り左耳へと流れそのまま遠くのほうに抜けていったので、あまり内容を聞いていない。

私は飛雄くんと二人きりになりたいはずなのに、周りに流されるのを拒否できなかった。

呆れられたんだろうなあ。呆れるよなあ。こんなフラフラしてる彼女なんか。


「どう考えても悪いのは黒尾さんだから、気にしなくていいよ」


赤葦さんがこう言った気がするけど、これもあまり覚えてない。そのあと線香花火をしたのかどうかも定かではなく、気づいたら布団の中にいた。





「すみれちゃん、朝だよ」


翌朝、やはりいつの間にか眠りについていた私はスマホの目覚まし機能をセットするのも忘れてて、やっちゃんの声で目を覚ました。


「……おはよう」
「ぐっすりですな?まだ7時だから慌てなくて大丈夫だよ」


7時か。6時半に起きようと思ってたのになあ、飛雄くんはきっと5時過ぎか遅くとも6時には起きて一人で走っていたんだろう。もう私、情けない。


スマホを見れば充電器にさすのも忘れていてあまり充電が無い。更に言えば飛雄くんからの連絡なども来ていない。嫌な朝だ。


「もうちょっとしたらご飯食べに行こー!」
「うん…」
「大丈夫?」


気遣いの言葉をかけてくれたのは潔子先輩。

だめだだめだ、合宿中に個人的なことでテンション下がるなんてそれこそ公私混同になる。それでは胸を張って飛雄くんと付き合うことが出来ない。


「だいじょぶです。すみません」


力のない笑顔で返したのを潔子先輩はたぶん気付いていたけど、それについては何も聞かないでいてくれた。





顔を洗って一応見た目を整えてから、私たちは食堂へと移動した。

温かいご飯は梟谷学園の食堂で働くおばさまたちが作ってくれたらしく、朝から男子(特に翔陽)は元気に頬張っている。


「おふぁほー!」
「おはよ…朝からよくそんな食べれるね」
「食べなきゃ育たねえだろ!な!月島」
「一緒にしないで。それより、ちょっと」


月島くんが私を手招きした。そして彼は顔色一つ変えず、ご飯を食べる手も緩めずに言った。


「なんか王様の機嫌が悪いんだけど?」
「………う」
「何か知ってる顔だね。何でもいいけど僕に迷惑かかるような事だけはやめてよね」
「…はい」
「何?何の話?」
「「何でもないです。」」


初めて月島くんと台詞が重なった。
翔陽は「あっそー」と特に気にしていない様子で、炊飯器のところにお代わりをつぎ足しに席を立ったようだ。


その王様、もとい飛雄くんはどこに座っているのかと見渡すと、何と音駒の主将と一緒に居る。

飛雄くんが昨日の今日で自分からあそこに行くとは思えない。…あの人いったい何のつもりで飛雄くんを誘ったんだ。

苦い気持ちが顔に出てしまっていたらしく、そしてそのオーラも伝わっていたらしく音駒の主将、黒尾さんが私に気づいた。


「あ、オハヨー」
「…おは、よう、ござい、ます」
「こっちに来たら?」


彼も居るし。と、言葉には出していないけど視線でそう言われた。この人はやっぱり私と飛雄くんの仲を気付いているらしい。

嫌だ、二人きりになれるならまだしも他の人が居る前では謝ることもゆっくり話すことも出来ないし。

そう思っていると、潔子先輩が私の肩を叩いた。


「あっち空いてるから座ろ」


彼女が指さしたのは端のほうにあるテーブルで、その周辺には誰も座っていなかった。

これは単に潔子先輩のタイミングが良かった訳では無い。潔子様。ありがとうございますいつか恩返しします。


「影山と何かあったの」


潔子先輩がいつものトーンで話しかけてくれるおかげで、私は少しだけ安心できた。


「…何かって言うほど、何かがあったわけじゃないです。むしろ何も無いです」
「そう。でも影山がアレだと困るね」


潔子先輩の視線の先には、いつもよりむすっとした飛雄くんの顔。誰も近づくな話しかけるな俺に構うなという周波数を放っている。


「ごめんなさい…」
「ううん?責めてるんじゃないよ。でもこれはみんなの合宿だから、ね」


潔子先輩の優しさが逆に苦しい。心地いいのに苦しい。私は一体何をしてるんだろう、二人の問題を二人の間で解決できずに合宿二日目に引きずるなんて。


だめだ。練習が始まる前に少しでも話そう。
私はスマホを取り出して、彼を呼び出すための文字を打ち込んだ。

謝罪の三重奏