06


鞄にずっと忍ばせていた、すみれに渡すための極細ポッキー。せっかく勉強を教えてくれたのに赤点取ってごめんなさい、というお詫びの品。

ちなみに何故極細ポッキーなのかと言うと、普通のポッキーよりもチョコレートの味を感じられるという理由ですみれの好物だから。


これを渡すタイミングを伺っていたが、俺は夕方に到着してしまったしすみれはずっと忙しそうで渡せなかった。

自主練も終わりマネージャーたちの仕事も終わった今なら邪魔は入らない。
プリンに目がくらむすみれになんとか「お前にはポッキーがあるんだぞ」と目で訴えて、プリンを諦めてもらうことに成功した。正直、ポッキーかどうかまで伝わった気はしないが。


「ちょっとそこで待ってろ」
「はーい」


寝泊まりする部屋の中に鞄を置いているので、少し離れたところで待ってもらう事にした。

部屋に入ると、そこはとても広い大部屋だが、端のほうで音駒のセッターが充電器にスマホを差したまますでに眠りについている。
起こさないように鞄の中からポッキーを取り出して、足早に部屋の戸を閉めた。

…の、だが。

部屋の前に日向、音駒の部員と田中さん、西谷さんその他数名が居て思わず「うわっ」と声を上げてしまった。


「おお影山!花火すんべ!」
「はっ?」
「持ってきたんだヨン。夏といえば花火だろ?」
「なかなか夏っぽい事できねえからな!」


音駒の主将は部屋の中に持参した花火を取りに来たらしかった。

これはまずい。適当に誤魔化してフェードアウトしようとしたが、部屋の前で待機するらしい日向に遮られる。


「すみれは?谷地さんとかも後から来るってよ」
「や…俺は…知らない、けど」
「お前一緒にいたんじゃねえの?」


やめろやめろやめろ、確かに一緒に居たし今からも一緒に居ようと思ってるってのに。

この夏らしいイベントに誘ってくれるのは有難いが、今じゃない。気付けこのクソボケ。
そして烏野以外の奴がいる前で、俺に向かってすみれの名前を出すんじゃない。田中さんですら「それ言っていいの?」という顔をしている。


「電話してみるか」
「待っ、」
「あー居た居た〜花火あるってホント?」


そこへ、わらわらとまた人だかりがやって来た。その中にはなんとすみれの姿まであるではないか。


「おーすみれ、今電話しようとしてたトコ」
「へ、あ、うん」
「そこに座ってたから連れてきちゃった」


どうやら待機していた場所に、梟谷だったか、他校のマネージャーが通りがかり声をかけられてしまったらしい。

気まずそうにその人だかりの中に隠れるすみれ。俺も隠れたい。

そのままわらわらと全員で、花火をする事になってしまった。





「…き、きれーだね」
「ああ…」


「きれいだね」という言葉はこの場をつなぐ為だけに発せられたものだと分かった。

今、ふたり並んでいるのは良いものの手にはそれぞれ花火を持っており、極細ポッキーは尻ポケットに無理やり突っ込んでしまったので俺の尻の温度で溶けているに違いない。


「待ってろって言われたのにごめん…」
「いや、仕方ない」
「でも花火もいいね。青春!て感じ」


本当は二人で居たかったのにと思っているのは俺だけなんだろうか?確かに綺麗だし、こんな機会を設けられなければ今年は花火なんかしなかっただろう。去年もした記憶はない。


「お二人さんは楽しんでますか?」


そこへ、花火を持ってきた本人である音駒の主将がバケツを持ってやって来た。


「…つうか、学校同士の仲いいんすね」
「そだね。梟谷なんかは都内だし良く練習試合すんだよね…他もまあ、遠くはないから」
「へえ」
「気になるやつ居た?」


気になるやつ。強豪だらけの合宿所は正直言って気になるやつだらけだが、特に俺が到着してからのたった数時間で印象的だったのは梟谷のエースだ。

日向にあんな力は無いし、東峰さんだってパワーで及ぶかどうかは分からない。そしてまだバレーの実力はきちんと見ていないけど、その木兎さんにトスをあげる男も。


「梟谷の二人ですかね」
「あー木兎?と…誰?赤葦?」
「木兎さんにはちょっと驚いたっす。赤葦さんはよく分かんないけど読めないんで」
「あいつ陰険だしな」


黒尾さんがけらけらと笑ったのと同時に、隣ですみれの肩も震えた。笑いをこらえているらしい。


「…聞こえてますけど。」
「おっ?」


突然背後から、その陰険だという男の声がした。見た感じ陰険だとは思わないがやっぱり読めない人だなと感じる。しかし、相手に感情を読ませないところがこの人の武器なんだろうと思う。


「アレ赤葦聞いてた?」
「誰が陰険なんですか失礼な」
「ぶは、はっ」
「ちょっと笑いすぎ。」
「すみませ、ふふっ、げほ」


よく分からないが今、黒尾さんとすみれの笑いのツボが一致しているようだ。

今この瞬間自分が置いてかれてるような感じも嫌だし、複数名の男しかも俺より歳上で大きな男に周りを固められているのも嫌だ。

本当ならすみれと二人きりで過ごす予定だったのに。花火なんかくそくらえだ。


「あー…俺、そろそろ寝ます」


少しイライラしたので今消えた花火を最後に立ち上がり、黒尾さんが持ってきたバケツの中に放り込んだ。


「お?早いね?」
「朝起きてから走るんで」


もちろん明日の朝早く起きて走るために、早く寝るためにここを去りたいのだがもう一つの理由である彼女はどうするだろう?一緒にこの場を離れたい。
が、付き合っているのを隠している手前名指しで「一緒に行こう」と言うのはあまりにも不自然だ。

そんな俺の葛藤が伝わったのか、または彼女も同じ気持ちで居てくれたのか、すみれは自分から立ち上がった。


「……私もそろそろ、昨日の夜バスで寝れなかったのでこのへんで…」


そう言いながら俺の顔をちらりと見る。やった!心の中でガッツポーズをした。…しかし簡単には俺の思い通りには行かなかった。


「キミも朝走んの?」
「…え?いや…走らないです、が」
「じゃあもうちょっとだけ付き合ってくんね?シメに線香花火あるからさ〜」
「…………」


すみれは困っていた。

春、青葉城西との練習試合の時に、相手校の部員からの誘いをうまく断れなかった時を思い出す。

今、こいつの頭には「わざわざ無理を言って一緒に合宿させてもらえる相手の誘いを、無下に断ってはならない」という思いがあるのだ。

それはよく分かっていた。その考えは間違っておらずむしろ世渡りにはとても必要なもので、時には自分を押し殺してでも相手に合わせなければならない時がある。

でも、何で今なんだ。何で相手がこの人たちなんだ?何でことごとく二人で居られるタイミングを潰されるんだ。


「…俺は寝ますんで。おやすみなさい」


お辞儀をして、視線を下げたまま身を翻した。
背後からは「おやすみー」という黒尾さんの声しか聞こえてこない。

追いかけてこいよ、なんで追いかけてこないんだよ、いや追いかけるなんて無理だよな。分かっているんだ頭では。


夏の合宿、夜の10時。足早に部屋に戻っているとじめじめした暑さで汗が滲んだ。

もう、ポケットに入れたすみれの好物はきっとどろどろに溶けている。

どろどろハートは闇に溶ける