2nd Thursday


私は体育があまり得意ではない。

そもそも運動自体好きではないので、先週のバドミントンみたいにラリーを続けて適当に楽しめる内容がいいな。

そう思っていたが今日の体育はグラウンドで1000メートル走という最悪の内容だった。


「あー私走るのヤダー」
「私も」


先生に聞こえないように愚痴を言いながらグラウンドへ出る。

と、そこで私の暗い気分は一気に晴れた。男子も今日はグラウンドを使用している…体育は隣のクラスと合同だから、そこに五色くんが居る!


「…男子は…あれ何?走り幅跳び的な?」


男子が集合している近くには砂場があり、恐らく走り幅跳びをするのだろうと友だちが予測した。

五色くん、走るの速そうだな。バレー部だからジャンプ力もありそう。
かっこいいんだろうなあ、と思ったけれどその代わり私の鈍足っぷりを見られる事になるのは恥ずかしい。


「じゃあ一組目から並んで〜」


女子は二組に分かれて1000メートルを走ることになった。

早く終わらせたいので私は一組目。今までのタイムは確か5分ちょっとだったかな、と言うことはほんの5分走れば終わるから頑張ろう。

ちらりと砂場のほうを見ると男子が準備運動をしていて、背の高い五色くんが屈伸しているのが見えた。


「テキトーに頑張ろ!」
「そだね…」


同じ番に走る友だちとそんな会話をして、スタートの笛を合図に私たちは走り出した。
五色くんがもしかしたら、もしかしたら見ているかも知れないからいつもより頑張って走ってみよう。


最初のうちはそこそこ余裕があったものの、少し気合を入れて走り過ぎたみたいで最後の方はバテバテだった。
1周約250メートルのグラウンドを4周し、走り切った時には思わずその場に座り込んだ。


「ちょっと大丈夫?」
「……うん…だいじょ、ぶ」
「意外と速いね!5分切ってる」


なんと、私は今までの最高タイムを記録したらしい。すごく疲れたけど内心「やった」と思いながら、ぜえぜえと息を整える。

笛が鳴り二組目の女子がスタートするのが聞こえ、一組目に走った生徒たちはリラックスしながら彼女たちの走りを見た。

しかし私が見ているのは砂場のほう。
あ、ついでに友だちも。何故ならサッカー部の山下くんが走り幅跳びをしているから。


「山下くんの番だ!」


友だちに肩を揺らされて、私も山下くんの姿を目で追った。

ああ、やっぱり彼も足が速い。そして踏み込み勢いよくジャンプ、着地。尻餅をついて照れ笑いする姿も爽やかだ。
そんな山下くんを友だちはぽうっと眺めていた。


「次の人、名前何だっけ?バレーうまい子」
「……あ…」


疲れがどこかに消えた。五色くんの番だ。

何故か私がごくりと息を呑んで、その姿を見守る。長い脚は一歩一歩が大きく、同じく長い腕を思い切り振って跳んだ。すごい距離だ。山下くんとあまり変わらない長さを跳んだように見える。

私が「わあ…」と感心したのと同時に、近くで別の女の子も感嘆の声をあげた。


「最近、五色くんカッコ良く見えるんだよね」


その子はうきうきしながらそう言った。

私は目の前が一瞬ぐらりと歪み、どうにか落ち着いて焦点を合わせる。

五色くんが女の子にモテている。カッコイイと思われている。先週の体育でも同じような事があってちくりと胸が痛んだけれども、今は目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。


「確かに…運動できるし、明るいし?」
「この前掃除の時に机運ぶの手伝ってくれてさ、ちょっとトキめいたよねー」
「へえ?優しいんだ」


やだ聞きたくない、五色くんがほかの子に優しくしていた話なんか。

思えば私と五色くんはクラスが違うし接点など無く、「成績が悪くて補習を受けた」という不名誉な共通点しか持ち合わせていないのだ。同じクラスとか同じ班とか同じ委員会とかでもない。

頬を染めながら五色くんの話をするこの女の子はすごく可愛い。こんな子が同じクラスにいて机を運んでいたら、そりゃあ率先して手伝うだろう。


「あ、こっち見た!」


女の子が言った。その子の肩越しに男子の方を見ると、確かに五色くんがこちらを見ている…ような気がする。グラウンドの端のほうだから明確にどこを見ているのかは分からなかった。

私のこと見てくれてたらいいな、と思ったんだけど目の前の女の子が「いま目が合ったかも」と嬉しそうにしているのを見て、なんだか落胆してしまった。





体育が終わり、更衣室で着替えてから教室に戻る。位置関係からして、この時五色くんのクラスの前を通る必要はない。

だから姿を見ることも無いんだけど不思議なことに、廊下を歩く私の目の前には五色くんが立っていた。


「白石さん走るの速いんだね!」
「え……?」


さっきの体育の事、かな。
五色くんが見てるかも、と思って少しだけ張り切って走ったのを見てくれていたのか。「今日はたまたまだよ」と言おうと口を開こうとした瞬間、五色くんが話題を変えた。


「あ、それより言おうとした事があって」
「…言おうとした事?」
「うん、あのさ今朝…」
「五色くーん?先生が呼んでるよ」


隣のクラスの女の子の声で、五色くんが顔を上げた。どうやら五色くんのクラスで次に行われる授業の先生が、彼を呼んでいるらしい。


「今いくー!…ゴメン、また今度」
「あ、うん…」


五色くんが振り返って、自分の教室へと入っていくのを見送った。
何を話そうとしていたんだろう?「今朝…」の続きは何だったんたろう。何かを私に報告しようとしていたのかな、でもそれならLINEで言えばいいのに。

そんなことを考えていると、先ほど五色くんを呼んだ女の子たちが廊下で話しているのが聞こえた。


「五色くんと喋っちゃった!」
「告白すれば?たぶん彼女いないよ」
「いやでもなあ…」
「狙い目じゃんバレー部!」
「…うーん」


華やかだ。会話の内容が。

五色くんの名前を呼び、それに彼が反応してくれただけで頬を赤く染めて「喋っちゃった」と喜ぶ姿は女の私から見ても可愛かった。

同じクラスにあんな子がいて、想いを寄せてくれているなんて幸せ者め。私はクラスが違うし関係ないし、あの子みたいに可愛くないし、…

…ああもう駄目だ。認める。
私、五色くんのこと好きなんだ。





そのまま五色くんは話の続きをしに来ることはなく放課後を迎えた。

恋って楽しいものだった記憶があるけど、男の子を好きになるのってこんなに苦しかったかな。ほかの女の子が五色くんに惚れているという事を知っただけで、ものすごい恐怖心だ。

怖くて怖くて、本当は帰り際も五色くんの姿をちらりと見たいのに、彼のクラスの前を通ることなく校舎を後にした。


…それなのに、やっぱり五色くんの姿を見たくなってしまった。


体育館で練習しているかな?気づかれない程度にちょっと覗いて、さっと帰るだけならいいよね。
そう思って、バレー部が練習している体育館へと足を運んだ。我ながら恋愛が下手すぎる。


まもなく体育館だ、という時。
あまり人の通らないであろう細い通路から、女の子の声がした。


「やっぱりダメなの?」


それは紛れもなく昼間、五色くんをかっこいいと言っていた隣のクラスの女の子の声。


「あの…うん…ごめんなさい」


そして、聞き間違えるはずのない五色くんの声だ。いけない現場に遭遇してしまった。絶対にいけない。
けど、脚が固まって動かない。


「彼女いないんでしょ」
「いないけど。好きな人いるから」
「誰?同じクラス?」
「それは言えないよ…」


心臓止まれ、鼓動の音で気付かれる。私の心臓が破裂しそうな原因はここまでの会話でいくつも挙がっていた。

他人の告白の現場に遭遇してしまった事。
五色くんが告白されている事。
五色くんには好きな人がいる事。


「教えてくれなきゃ諦めない。同級生?」


そして、食い下がる女の子。


「…言えないけど…尊敬できる子。休みの日でも嫌な顔ひとつせずに勉強を教えてくれるような」


…心臓が破裂する原因が、増えそう。


「…なにそれ?」
「えーと…つまり…俺その子が好きなんだ。中学の時から…だからごめん」


五色くんの声で謝罪が聞こえた後、どちらかの足音が遠ざかった。

…そして間もなくして、女の子の声で「…もしもし?もう!振られたんだけど!」と誰かに電話しているのが聞こえたので、去ったのは五色くんのほうなのだと悟った。


…よく持ちこたえた、私の心臓。

Thursdayの青天の霹靂