2nd Wednesday私は朝から喪失感に襲われていた。
昨日の朝は五色くんが再テストに合格した喜びを分かち合いとっても幸せだったのに、それを機に五色くんとの関わりが無くなってしまったのだ。
もともと関わりなんか無かったし、同じ中学校出身で今は隣のクラスなのに存在も知らなかった。
しかし、中間テストの結果が悪かった補習の場で顔見知りになり毎日会うようになって、この土日も彼の勉強に付き合っていた。
…でも5日間の補習は終わり、何事も無かった状態に戻った。今まで通りに戻っただけなのに。
ちらちらと廊下を見やっては、五色くんが歩いていないかな、あわよくば私を見つけて手を振ってくれたり…などとありもしない事に考えを巡らせる。
授業中ですらそんな感じなもんだから、当てられたのに気付かず後ろの席の子に背中をつつかれてしまった。
「すみれちゃんボーッとしてんね?」
休み時間、友達にそう言われたことで「やっぱり目に見えて分かるんだ」と頭を抱えた。
補習は終わったし、あれ以降毎日の授業にもついて行く事が出来ている。白鳥沢の授業ペースに慣れたのだ。期末テストでは良い結果が残せると信じたい。
「調子悪いの?」
「んーん、悪くない」
「ホント?」
「うん。あ、ちょっとトイレ行ってくる」
そう言って席を立ち、私は廊下に出た。
教室を出てから、右に進んでも左に進んでも女子トイレは存在する。ちなみに左のほうが近い。けど、わざわざ右へと進む理由はただひとつ。
五色くんのクラスの前を通りかかり、教室内を横目で覗くが彼の姿は見えなかった。
ほかのクラスに出向いているのかな、トイレかな?とにかくそれが残念でならなくて、結局その日、全く尿意が無いのに何度もトイレと教室を往復した。
◇
おそらく今日一日で、トイレに足を運んだのは10回ほど。どう考えても行き過ぎだ。
そのうち五色くんの姿を目視できたのはたったの2回で、2回とも五色くんは机に突っ伏して寝ていたので目が合うどころか顔も見えなかった。
自分に呆れながらも最後のチャンス。
午後のホームルームを終えた放課後、五色くんの姿を見ることが出来るかなと思いながら隣のクラスの前を通ってみる。
…まだホームルームが終わっていない!適当に時間を潰しながら、終わって出てくるのを待ってみよう。
教室の中からは連絡事項とか、その他いろんなことをこのクラスの担任が話しているのが聞こえる。
そんな話、明日でもいいじゃん。それより早く五色くんを解放してよ、と自分でも信じられないほど勝手な思考が次から次へと溢れ出た。
「…じゃあ今日はこれで終わります!」
「ありがとうございましたー」
ああ、ついに。
先生の挨拶が終わり、生徒達が挨拶を返した。がやがやと一気にたくさんの声が聞こえ始めていよいよ五色くんが出てくるかなと待ちわびていると、
「すみれちゃん!一緒に帰ろ」
「え、」
友達の声に思わず振り返る。
そこには同じクラスの友達が二人おり、今から帰宅するらしく私を誘ってくれたのだった。
「あっ、ありがとう帰る…」
「帰りにスタバ寄ろー!新作出たじゃん」
「いいね、寄る…けどちょっと待っ…」
スタバの新作も大いに気になるんだけど私は一目五色くんを見たくて、隣のクラスのほうを振り返った。
が、時すでに遅し。
振り向いた先にはちょうど教室を出て部室に向かう五色くんの後ろ姿が、曲がり角に消えていくところが見えた。
◇
駅前のスターバックスではそれぞれ新作のフラペチーノを頼んで奥のほうの席を陣取り、ひとまず写真を撮って加工して、SNSへの投稿は欠かさない。
そのあとで勉強の話や学校の話で盛り上がる。実際には盛り上がっているのはほかの二人で、私の意識は別のところを向いているんだけど。
「ねー聞いてる?」
「えっ」
声をかけられて、学校の体育館のほうへ飛ばしていた意識を引き戻された。
「ごめん。違うこと考えてた」
「もー!あのね、山下くんカッコよくない?って話してたんだよ」
「やましたくん?」
「ほらサッカー部の!山ピーに似てるよねぇ苗字も山下だしさ」
そういえば山下くんというクラスメートは確かに存在する。
顔を思い出してみると、彼女の言うとおりカッコいい。目鼻立ちはくっきりしていて、声も確か低めだったかな。あまり話したことはないけど。
「彼女とか居んのかなあ…」
「そんなに好きなの?マジの恋?」
「付き合えるもんなら喜んで」
「すみれちゃんは誰か居る?」
「んぶっ」
ちょうどフラペチーノを飲んでいたところだったので、思わずむせた。
「お?怪しい」
「居ないよ好きな人なんか」
「じゃあじゃあ、好みのタイプは!」
好みのタイプ。
挙げればキリがない。
優しい人、かっこいい人、ジャニーズみたいなさわやかでダンスもできて歌も歌えたら素敵だろうなあ。
でも私の口から出てきた台詞は、ジャニーズがどうこう言えるような次元ではなかった。
「…忘れっぽいけど素直な人」
友人二人は硬直した。
私も硬直した。
好みのタイプが「忘れっぽいけど素直な人」って、答えになってない。
「忘れっぽいってソレ欠点じゃん」
冷静かつ正しいご指摘。
「そうだね…なんでだろ」
「あ、私がしっかり世話しなきゃ!っていう母性本能をくすぐるようなのがタイプって事か」
「そう…なのかなあ?」
「素直ってのも…素直過ぎるとイライラしそう」
「わかるー」
そうかなあ。確かに五色くんはとても素直で最初は驚いたけれど、それが良くも悪くも彼の成長に繋がっているんじゃないかな…ってどうして五色くんの顔が浮かぶんだ。
別に好きとかじゃなし、嫌いじゃないけど。一緒に居たら元気になるっていうか顔を見ると力が出ると言うか笑顔が素敵だし優しいし…
「素直もなかなか良いと思うけどな」
二人はフラペチーノを飲む動きを止めた。そこで「やばい今の声に出てたんだ」と気付いた。
しかしすでに彼女たちはフラペチーノをテーブルに置き、身を乗り出して小声になった。
「もしや特定の人物がいる?」
「い、いないよ」
いないよ。という声が裏返ってしまったのは彼女たちには気づかれていないみたいで、ホッとした。
会えないWednesday