2nd Tuesday


五色くんの再テスト結果を聞くため、バレー部の朝練終了に合わせて部室の近くで待ち合わせをする事になった。


最近少し早起きをして、いつもより髪をちゃんと整えている私を母や姉は怪しい顔で見送ってくる。何も言っては来ないけど、顔がうるさい。


今日も少し早く起きて、よほど暇な休みの日にしか使わないコテで毛先だけ巻いてみたりして、校則に引っかからない程度のお洒落をして家を出た。


朝、8時30分。
バレー部部室のある建物の近くで五色くんを待っていると、ぞろぞろと部員の皆さんが現れた。ああ、あの苦手な赤い人もいる。


「オッ?見覚えのある子ハッケーーン!」
「指さすなッつーの。」
「天童さんの知り合いですか?」
「いやいや工のお客さんダヨ」


一瞬のうちにいろんな方々の視線を集めてしまい私は肩身が狭くなった。
しかも全員背が高くて威圧感が凄い。大人しく職員室の前で待ち合わせとかにすれば良かったか。

しかし、その後悔は彼の登場により吹き飛ばされた。


「白石さん!おはよー」


五色くんが先輩たちの後ろからひょっこり現れて、大きな手を振り挨拶してくれたのだ。


「待った?」
「い、今来たところだから」
「なになに?朝から女の子と待ち合わせ?」
「再テストの結果を聞きに行くんです!」
「あー、なんか頑張ってたネ。合格しなきゃ鍛治クンにゲンコツ喰らうんだって?」


タンジクンが誰なのか分からないが、もし合格しなかったら補習の延長だけでなくゲンコツまで待っているらしい。五色くんはどれほどのペナルティを抱えているのだ。


「今から聞いてくるので!行こっ」
「あっ、うん」


先輩たちに一応軽くお辞儀をしてから、五色くんと一緒に職員室へと向かった。
胸がどきどきしてるのは、彼のテスト結果が気になって緊張しているから…の、はず。


「…うう、緊張してきた」


職員室の戸の前で、五色くんが胸に手を当てて深呼吸を始めた。
私だって緊張する。彼のバレーの練習時間が減るかどうかがかかったテストだ。

インターハイまでにメンバー入りできるように、五色くんはもっと練習したいと言っていた。そうなるように頑張って欲しい。彼が試合に出るなら観に行きたいな、とも思う。


「…よしッ!入ろう」
「うん」


心の準備ができたようなので、ノックをして職員室の戸を開けた。


その先生のデスクまで行くと、五色くんが朝一番に聞きに来るのを予測していたらしくすでに解答用紙が机に用意されていた。

さすがに私も一緒に聞きに来たことには少し驚いている様子だけど。


「おはようございます!あの…あの…」
「おはよう、おめでとう」
「はい………え!?」
「86点」


先生が五色くんの解答用紙を私たちの前にぺらりと掲げた。

すぐさまその紙の右上、点数を書く欄へ視線をやる。

確かに「86」と書かれており、その横に「ガンバレよ」と先生からのコメント付き。私と五色くんは互いに顔を合わせた。


「「……やっ…たーーー!!」」


そして、同時に叫んだせいで職員室内の先生みんなに叱られた。





興奮冷めやらぬまま職員室を出て、改めて私たちは目を見合わせた。

五色くんが、似たような内容の再テストとは言え無事に8割を得点し合格。補習の延長は無し、バレー部の練習に専念できる!


「……ッあーー!信じらんねぇぇぇ!」


五色くんがガッツポーズしているのを見て、二日間勉強に付き合っただけの私も自分の事のように嬉しくなった。


「おめでと!良かったね」
「うん、ホント白石さんのおかげ」
「それは五色くんが頑張ったから…」
「白石さんが居なきゃ、頑張るためのチャンスも無かったんだよ」
「………」


私はそんなに大きな事はしていないはずなんだけど、五色くんがまるで拝む対象かのように私を輝く瞳で見つめている。

恥ずかしくて目を合わせられず、思わず顔を伏せてしまった。するとその伏せた視線の先に、突然五色くんの手のひらが現れた。


「……?」


この手は何?と再び見上げると、五色くんは相変わらずの笑顔で言った。


「握手!」
「握手?」
「そう。一緒に乗り越えたから」
「一緒に……」
「ほいっ」


と、言いながら手を更にずいっと突き出してきた。男の子と握手というか、手に触れるなんて小学校の時以来かもしれない。

決して彼の手に触れるのが嫌なんじゃなくて、触れたあと自分がどんな風になってしまうのか怖くてなかなか手を出せなかった。


「……しないの?」
「あ、す…する…」


痺れを切らした五色くんが首をかしげたので、反射的に私も片手を差し出した。

そしたらぱあっと五色くんの顔が明るくなって(ただでさえ明るいのに)、大きな口をいっぱいに広げて「ありがとう!」ともう一度言いながら私の手を握った。


ただの握手のはずなのに、手ではなくて心臓を握られているかのような苦しさ。
いや、握られているんじゃなくて心臓を五色くんの手で包まれているような?あれ、包まれているってことは心地いいんじゃ…おかしい。心地よさと苦しさが紙一重だ。


「…白石さん?今の聞こえてた?」
「はっ!!はい聞こえてる」


意識が飛んでいる間に握手をしていた手は離れており、五色くんが何か話題を振ってきていたらしい。


「あの、何かお礼がしたいんだけど」
「お礼…?」


お礼とはつまり勉強を教えたお礼?

そんなもの貰えない、というかお礼目当てでした事じゃないし、単純に五色くんを応援したかっただけ。
しかも応援がどうとかいう前に、凹みきって涙してしまった私を助けてくれた恩返しのつもりだったのだが。


「お礼なんていいよ!五色くんがインターハイに出てくれるのがお礼みたいなもんだよ」
「え…うわ…マジ?嬉しいぃ」
「ほら予鈴鳴りそう」
「あ!やっべホントだ」


本当にもうすぐ予鈴が鳴りそうだったのもあり、無理やり話題を変えて教室のある校舎へと移動を始めた。

お礼なんて、受け取れない。何をくれるつもりなのか分からないけど、今の私は欲張りになってしまう気がするから。

握った手の感触は、一日中忘れることは無かった。

Tuesdayのハンズシェイク