1st Sunday


日曜日の今日はバレー部の練習が午前中のみという事で、五色くんの練習が終わる時間に合わせて学校へ向かう予定。

今日は偶然学校全体が午前いっぱいで閉まるので、待ち合わせてから昨日と同じく駅前の長居できるお店へ行く事になっている。

なんとなく「いつもと違うって思われたいな」と感じて、ワンピースにカーディガンをプロデューサー巻きという「制服とは雰囲気が違うけれど無難な服」で出かける事にした。





12時前に学校へ到着。

終わるのが12時だと言っていたので、今から着替えたり片付けたりしたらあと30分はかかるかなと思いながら無意識に体育館へ向かった。

なぜ少しだけ早く着いたのかはたぶん、練習風景を少し見たいからって言うのが理由のひとつ。

でも、どうして五色くんの練習風景を見たいと思うのかはちょっと謎。なんとなく心当たりのある感情だけど、きっとまだ謎。


体育館の入り口へ近づいた時、「ありがとうございました!」という大きな声が響いていたので丁度練習が終わったのだと悟った。

なんだ、五色くんのサーブとかもう一度見てみたかった。そう思いながらこっそり入り口から覗いてみると、例のごとく赤い先輩と出くわした。


「おや?」
「ッわあ!」


ぎょろりとした目で姿を捉えられ、さらに上から下まで観察されているのを感じる。そういえば今日は私服だからそれも珍しいのだろうか。


「きみは確か工の追っかけの」
「お…追っかけじゃありません」
「追っかけから彼女に昇格した?つとむーッ」
「わッ、呼ばなくていいです…!」


赤い先輩のよく通る声はもちろん五色くんの耳に届き、五色くんだけでなく体育館中の視線がこちらに集まった。消えたい。

しかし、皆ちらりとこちらを見たあとはすぐに各々の作業に戻り(この先輩が唐突に騒ぐのは皆慣れっこなのかも?)、五色くんだけが駆け寄ってきた。


「おはよ!早かったね」
「いや、ちょっと早く着いちゃって…」


そう言いながら、昨日も早く着いてしまった事を思い出してさらに恥ずかしくなった。


「何なの〜このあと約束でもしてンの?」
「勉強するんです」
「おお、なるほど」
「…白石さん、悪いんだけどあと少しだけ待てる?どうしても白布さんのトス打ちたくて…」


言いながら五色くんが名残惜しそうに体育館内へ目をやった。

視線の先には、部活が終わったあとに恐らく自主練で残っている部員たちの姿。ほとんどが残って練習しているかに見える。


「うん、いいよ」
「ありがと!そのへんに居て!椅子持ってくる」
「えッッ」
「いいよ工、俺が持ってくるから早く賢二郎ンとこ行きな〜?あいつ今人気者だからね」


赤い先輩がそう言うと、五色くんは「ありがとうございます!」と頭を下げて自主練をしている部員の中へと戻って行った。

その後ろ姿をぼんやり見ていたら、かしゃんとパイプ椅子を設置する音がした。


「ここドーゾ。」
「…あ…ありがとうございます」


用意されたパイプ椅子に腰を下ろすと、赤い先輩もそのまま床に座り込んだ。この人は自主練には参加しないらしい。


「工はホント怖いんだよね」
「………??はあ…」
「怖いもの知らずなところが怖いヨネ、賢二郎が扱いにくそうにするのも分かるわ」
「………」
「そこが魅力だよねー」


あくまで独り言のように呟く先輩の意識は確かに私は向けられていて、そのあとも五色くんの良いところや悪いところを独り言に混ぜてプレゼンテーションされた。





その後、五色くんはシラブさんと言う先輩のトスを何度か打たせてもらったのちに練習を切り上げて「着替えてくるね」と部室へ走って行った。


赤い先輩や体育館内の人の会話を聞いていると、あのシラブさんと言う人は最近スタメン入りしたセッター?の人らしい。


だから今、彼と合わせる練習をしたがる人がとても多くて大変なのだとか。五色くんも何回か手を合わせて「あと一回だけお願いします!」と言っているのが聞こえたっけ。


しばらくすると五色くんが制服に着替えて戻ってきて、椅子はそのままでいいよというお言葉に甘えて体育館からお暇した。


「ごめんね待たせてばっかりで」
「ううん…日曜日も練習なんて大変だね」
「そうでもないよ。確かに大変な時もあるけど楽しいから」


その言葉に、昨日バレーボールの事を「大好き」と言っていたのを思い出す。
好きな事に打ち込むのは苦じゃないっていうのは本当なんだな。


「朝練は何時からだったの?」
「えっとね、今日は7時」
「7時!?」
「ほんとは9時からだけど、一応7時から体育館使えるから自主練したい人は集まってるよ」


帰宅部の私からすれば休日の朝9時からって言うのだけでも驚きだけど、自ら7時に登校して自主練に励むなんて。

昨日、一緒に夜の9時過ぎまで勉強していたのに…今朝の7時、私はまだ夢の中だった。


「白石さんこそ、せっかくの日曜なのに時間使わせてごめん」
「いや私は…私が勝手に言い出した事だから…」
「勝手にそんな事言い出してくれる人、なかなか居ないよ?」
「はは…」


今私は、朝から晩まで頑張る五色くんと自分との差に打ちひしがれているので彼のフォローが嬉しくもあり虚しくもある。

しかし、五色くん本人は自分自身を「頑張っている」とは認識していないのだろう。

だって、朝が早かったのに練習中は目がきらきらと輝いていたから。
その目を思い出すと少しだけどきどきしてきて、五色くんは今どんな顔してるのかな?と隣の彼を見上げると同時に「ぐうぅぅ」と盛大な音が響いた。


「……ごめん。お腹すいた…」


今はそのきらきらしていた目は、空腹でどんより曇っていた。





食べ盛り・育ち盛りの五色くんの胃袋を満足させ、なおかつそのまま勉強できる場所といえばファミレスしかない。
適当にお店を見つけて入り、私もお昼ご飯がまだだったので一緒に食べる事にした。


五色くんは想像どおりのハンバーグ定食(ハンバーグ大きめ・ライス大盛り)を頼んでいて、豪快な食べっぷりはこちらまで気持ち良くなるほど。


食べ終えてからは早速教科書とノートを広げ、明日の再テストに向けて追い込みを開始した。


「…白石さんって、」


2時間ほど経ったころ、五色くんが口を開いた。


「ほんとに教えるの上手だね…」
「…そうかな?五色くんが集中してくれてるからだと思うけど」
「さすがに俺の再テストだから」
「ははっ」


昨日と今日で分かったのは、五色くんは勉強が出来ないのではなく「やらない」だけの人である事。

正直「やらない」ってのも問題だけど、ちゃんと説明を聞いて理解してくれるので要領は良いのかなと思う。


「でも何で一緒に先生に頼んで…それだけじゃなくて、ここまでしてくれんの?」


五色くんはいったん集中が切れたみたいで、ペンを置いて言った。

確かに何でもない同級生がここまでするのはおかしいのかもしれないけど、私も五色くんに救われた事があったからその恩返しにと思って提案した事だ。


「この前、補習の時助けてくれたから」
「俺が?何かしたっけ?」
「あの、私がちょっと凹んでた時…えっと…泣きそうだった時に」


確か水曜日の補習の日、前日に赤い先輩からお馬鹿認定された事に凹んでいた私へ追い打ちのごとく放たれた生田さんからの言葉。

私だって毎日遊んでいたわけじゃないのに、周りの人よりも点数が低かった事へのショックが一気に溢れて補修の教室で涙してしまったのだ。

先生やほかの生徒に気付かれる前に五色くんが気付いてくれて、私を上手くあの場から連れ出してくれた。


「あんなのお礼言われる事じゃないよ」
「ウン…でも、恩返ししたくて」
「恩返しなんて…」


五色くんが照れくさそうに前髪を整えた。


「…あの時、なんで私が変だなって分かったの?」


彼からすれば、隣の席で女の子が泣きだしたら迷惑に決まってる。
だから教室の外へ連れ出せるように「具合が悪そう」と先生に言ってくれたのかも知れないけど、どうしても気になって聞いてしまった。


「何でだろ。天童さんが変な事言っちゃった後だったし…その…チョットだけ話が聞こえてて…テニス部の子との」
「生田さん?」
「イクタさんだっけ?中学同じだったらしいけど、俺覚えてないんだけどね」
「そういえば言ってたね」


スポーツ推薦の五色くんと、私と生田さんの三人だけが地元の中学から白鳥沢へ進学した。私は中学在学中には五色くんを知らなかったけれど。

でも、そういえば五色くんは私のことを知っていた。中学三年間でクラスが同じになった事も無いのに、「中学で頭がよくて有名だった」という理由で一方的に知られていたらしい。

しかしそれを言うなら生田さんだって成績は優秀で、白鳥沢に行くか別の国立に行くかを先生と話していた記憶がある。


「生田さんの事は知らなかったの?順位抜かれた事もあるよ、私」
「そうなんだ?白石さんの事しか知らなかった」
「…何で私のことは、知ってたの?」


何でこんな質問しているんだろう、どうでもいいのに。成績が良かったからって言ってたじゃん。

でも生田さんを知らなくて私だけを知ってた理由が、自意識過剰かもしれないけど気になってしまって。


「最初は名前だけ知ってて…白石さんが面談してるのが偶然聞こえて、白鳥沢受けるって聞いてから気になってたんだよね。同じトコだ!って」


自分はスポーツ推薦で白鳥沢が決まっていたから、「一般入試で白鳥沢を受けるって凄いんじゃないか」と密かに応援されていたらしい。

ただでさえ同じ学校から白鳥沢を受ける生徒自体が少なく、合格する生徒も少ないので高校で周りが知らない人ばかりになるのも不安だから、と。

五色くんはこれらの事を思い出しながら話してくれたけど、その間私は変な緊張感に襲われていた。
知らない間に受験を応援されていたなんて恥ずかしい…けど嬉しい。


「あと…入試の前日に学校きてたよね?」
「………?? うん」


確かに前日、先生に最後に勉強を見てもらうために学校へ行った。土曜日だったけど、五色くんも来ていたのか。


「頑張ってって言おうとしたんだけど…、白石さん多分不安で泣いてるのが見えて」
「…! あー…見られてたんだ恥ずかしい」


前日、先生に残り全ての不明点を解決してもらった。過去問題はすべて合格点だった。

でも名門白鳥沢を受けることへの不安とプレッシャーが前日に襲ってきて、体育館の陰で一人泣いてしまったのだ。


「だから、心の中でガンバレ!って言ってたんだけど…そしたら白石さんが顔上げて泣き止んだんだよ!凄くねえ?」
「へっ……」
「俺の応援伝わったのカナって!」
「…………」


あの日の事はよく覚えている。

隠れて泣いている時、「落ちたらどうしよう、こんなに皆が白鳥沢白鳥沢って言ってるのに落ちたら全部台無しだ」と頭がぐちゃぐちゃになっていた。

けれど、ふと涙が引っ込んだ。
涙をすべて出し尽くしてしまったのかと思っていたけど。


「…五色くんの応援のおかげだったのかな」


私が言うと、五色くんは「そうだったら良いな」と嬉しそうに言った。


何だろう、この気持ち。
手の届きそうで届かない胸の奥で何かがうごめいてる感じ。くすぐったい。


もやもやしている暇はない。五色くんの再テストは明日の放課後、一度きりだ。


「じゃあ、続きお願いします!」


五色くんの威勢のいい声を合図に、私達は再び勉強を始めた。

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