05


練習が終わったのは、食堂が閉まってしまうという情報が入ってからだった。

私もまだ夕食を食べていなくて、急いで食堂へと向かう。途中、飛雄くんに「遅くまでごめん」と言われたけどそんなの全然悪くない。

飛雄くんが上手くなり、烏野が全国大会への一歩を進めるならばご飯の一食や二食!しかし食べられるものはきちんと頂く。


「あれ?影山ーまだやってたの!」


大盛りのご飯をよそった翔陽がすでに食べている途中だったので、私たちはそのテーブルにつくことにした。音駒のセッターさんと、すんっっっごく背が高い人もいる。


「えっと、こっちはフエ、リッ、」
「リエーフ。」
「そう!リエーフ!」
「烏野もマネージャー居るんだあ、いいなー」


こんばんは、と頭を下げてくれたリエーフ…さん?くん?は、会釈した状態ですら大きく見えた。食べる量は翔陽のほうが多そうだけれども。
音駒の孤爪さんは時折会話には参加するが、視線はスマホに落ちたままだ。


「今まで何してたんだ?」
「サーブ…と、トス練」
「うえっ!まじで!お前サーブやってるから研磨に上げてもらってたんだよ俺。一人?」
「途中から梟谷のエースも来てくれた」
「えーーー!」


「最強のおとり」という名前を気に入り始めた翔陽だったが、やはりエースという華々しい肩書きは捨てがたいらしい。
そして「全国5本指」というフレーズも、憧れる要素のひとつであった。


「あの、あの主将の人?でっかくて!スパイクすんげえの!腕ふっとくて!」


同じ食堂内で、同じく滑り込みで夕食をとる梟谷の面々を指さしながら翔陽が目を輝かせた。木兎さんは食べっぷりも豪快のようだ。


「おお。すごかった」
「うまい?うまい?」
「お前の1000倍はな」
「うおおおお!」
「翔陽しずかに…」
「挨拶しなきゃ!」


と、翔陽は席を立って木兎さんのいるテーブルへと足取り軽く歩み出した。

リエーフくんは笑いながら「元気だねー」とお腹をかかえていて、孤爪さんは少しだけ翔陽の動きを目で追っていたけれどまたすぐにスマホへと視線をやった。


「…騒がしくてスミマセン。」


この人は一人でゲームに勤しみたいのに、わざわざ翔陽に付き合ってくれていたのかと思い謝罪してみる。
そんな私をやはりちらりと見て、またすぐにスマホへ戻った。


「いいよ。翔陽はいい奴だから」
「素直ですよねえ?木兎さんに興味津々だよ、ライバルなのに」
「リエーフはもっと他人のこと見て勉強して。」
「うっ」


聞くところによると灰羽リエーフくんは、高校からバレーを始めたという翔陽よりも初心者との事。いや、一応翔陽は中学三年間バレーをしていたから初心者では無いのだけど。

いい指導者やチームメイトが居なかった事もあり、本格的にできるようになったのは烏野に入学してからだ。


「でも俺には身長があるからね!」
「…そういう事余裕ぶって言ってるから、夜久くんに怒られるんだよ」
「研磨さあん…」


こんなに背の高い彼でも猫なで声を出すらしく、しかし孤爪さんはそれ以降無視していた。その代わり思い出したように再び顔を上げて、私と飛雄くんに話しかけた。


「あっちにプリンあったよ」


彼の指差す先は食堂のカウンターの端。確かにそこにはプリンの容器らしきものが並んでいる!

夜中じゅう車にゆられ、一日じゅう動いた私の体は甘いものを欲していた。


「プリン…!いる?」


向かいに座る飛雄くんに声をかけてみると、首を横に振った。

それなら無くならないうちに自分のぶんだけ取ってくるかと立ち上がろうとした時、ふと足に何かが当たる。
…当たったんじゃなくて、飛雄くんが私の足をつついたのだ。


「?」


顔を見ると、飛雄くんはじっと私を見ていた。それは傍から見れば「見すぎじゃない?」と感じてしまうギリギリのところだったように思う。


「俺、甘いもん持ってきてるから」


だから要らない、と彼は続けた。

孤爪さんは「そう」と返し、私はそれが「お前のぶんも持ってる」という意味に聞こえたので「じゃあ私も我慢しよっかな…」と、浮かせたお尻を椅子へと戻したのだった。


「…あ…電池切れそう」


孤爪さんが顔をしかめて立ち上がる。控えめに会釈をして席を立ち、どうやら部屋にこもりに行ったようだ。

このテーブルに残ったのは私たち二人とリエーフくんで、バレー初心者だという彼は影山くんに興味深げに話しかけた。


「影山はいつからバレーやってんの?」
「小二」
「え!?小二でルール理解できた?」
「簡単だろ?ルールは」
「う…そうかなあ…俺、なんだか覚えが悪くていっつも怒られるよ」


その話を聞きながら飛雄くんはリエーフくんの長い手足のほうに意識を向けていた。

今の飛雄くんの頭の中を代弁すると、きっとこんな感じ。「この腕から繰り出されるであろう数々の攻撃をどのように凌ぐか、どのように躱すか、どのように攻略するか…」

それを遮るかのようにリエーフくんが突然叫んだ。


「あっ!夜久さんプリン残ってますよお」


そして立ち上がったかと思うと食堂の入口へ走り出し、そちらを見ると音駒の部員数名が入ってきたところだった。


「お前プリンなんかで俺の機嫌取ろうったってそうは行かないからな!食うわ!」
「えへへへへ」
「研磨は?」
「部屋でゲームしてます」
「寝落ち確定だな」


ああ、あの人はゴールデンウィークに練習試合をした時に水道のところで出会った主将だ。
音駒の臨時マネージャーを頼まれたのを断ったんだっけ。私の代わりに、飛雄くんが。


「ごちそうさま」


そこで飛雄くんが箸を置き、手を合わせた。ご飯をお代わりしていた飛雄くんよりも先に私は食べ終えていたので、一緒に手を合わせる。


「あ、私もごちそうさま」
「腹いっぱいだ」
「結構食べたね。私もお腹いっぱい」
「……もう何も食えねえくらい?」


静かに、周りには聞こえないように、呟くように彼は言った。

「甘いもん持ってきてるから」と言っていたのを思い出す。そして、それを言っていた時と同じように私の足を、テーブルの下で彼のつま先がつついた。

お互いにしか分かっていないこのスキンシップ、誰にも見られていないとは分かりつつも恥ずかしくて顔が赤くなっていくのが分かる。


「……甘いものなら、食べられます」
「さすが。行くぞ」


かしゃんと食器の音を響かせながら夕食のトレーをカウンターに戻し、私たちはこっそりと食堂を後にした。

プリンは要らない