私の彼氏はバレー部の副主将、そして私はマネージャー。
もともと彼を目当てでマネージャーになったのではなく、兄がバレーをやっていた事もありマネージャーとして入部したところ赤葦くんと知り合った。

私と赤葦くんはまだ苗字で呼び合う間柄、つまり付き合いたての状態だ。


そんな中いきなり合宿で昼夜を共にする事となり私は焦った。可愛い部屋着とか持ってないどうしよう。慌てて母と買いに行ったのだった。


「お疲れ様でしたー」


1日目の合宿が終わり、この後は自由時間となるがほとんどの部員は自主練習をしている。
この練習量こそが各校、強豪と言われる理由なのだろう。


「白石さん、今仕事ある?」
「ないよ」
「ちょっと手伝ってもらっていい?」
「うん!」


赤葦くんと木兎さんの練習のお手伝いをするため、私もまた体育館に残った。

彼の練習に付き合えるなんて願ったり叶ったり。なんたって毎日部活でしか会えずまだデートもしていなくて、少しでも赤葦くんのことを知りたいというのが本音。


そんな、部活でしか会わない状況でなぜ恋人同士になれたのかというと、私が思い切って告白しちゃったから。そして脈ナシだと思っていたのに赤葦くんがOKの返事をくれたから。

なぜOKをくれたのかは、分からない。


「いきまーす」
「頼んまあぁぁす!」


ぽーんとボールを放り投げると、赤葦くんは素早く落下地点に入り木兎さんへのトスを上げる。そして木兎さんは気持ちよくスパイクを決めた。


「ッしゃーー入ったァァ!」
「ブロッカー居ないんだから入ってもらわないと困ります」
「ガーン」
「す、すごかったですよー」
「イエイ!サンキュ!」
「…甘やかしちゃ駄目だよ」


呆れ気味に赤葦くんが言った。
自分にも他人にも厳しい彼らしい一言だ。でもなんか、いつもこのテンションだから私って本当に好かれているのか不安になる。

告白されて断る理由もないから仕方なくOKしたとか、そんな理由じゃなければ良いのだが、そこまで聞くのがまだ怖い。





自主練習が終わり、体育館の消灯が行われた。

1日目は私が梟谷の洗濯当番なので、ビブスや皆さんのTシャツなどを干しに取り掛かる。暑いから夜のうちに乾くといいなあと思いつつ干していると、後ろから声をかけられた。


「お疲れさま」
「あ!?あかっ赤葦くん」
「何驚いてんの?」
「いやあ…」


いけないいけない、いつも一人でいるときは鼻歌を歌ったりしているのだが、今日は偶然無言だったから良かった。


「一人で洗濯するんだ」
「当番制だから…バレー部全員が来てるわけじゃないし、そんなに多くないよ」
「ふーん?そっち貸して」


赤葦くんが、私の足元にあった洗濯かごを持ち上げた。かと思えばそばに置いていたハンガーにかけ、干し始めたではないか。


「赤葦くん?いいから!休んでていいから」
「二人のほうが早く終わるじゃん」
「それはまあ…」
「暇だからいいよ」


なーんだ、単に暇だから手伝ってくれるのか。こんな風に、ひょうひょうとしているところも好きなんだけど「彼氏彼女」である以上、もう少し親密になりたいところ。

でも、干している間静かな空間でせっかく二人きりなのに大した会話ができなかった。
好きで告白して付き合えたのに、赤葦くんの気持ちが分からず怖くて一歩踏み出せないでいる。


「終わった」
「ありがとう助かったぁ」
「空のかご、ここでいい?」
「うん!」
「じゃあ行こうか」
「ん?」


赤葦くんがどこかに向かって歩き始めたので、「ついて来いって事?」と少し混乱した。


「こないの?」
「あ…いく!どこ行くの?」
「座れるところ。」


相変わらずあまり表情筋を動かすことなく喋る赤葦くんだが、少し柔らかい雰囲気だった。
私はというと、赤葦くんが誘ってくれた!という事に浮かれてゆるゆるの顔でついて行った。


体育館からは少し離れた校舎のあたりに花壇があり、私たちはそこに腰掛けた。さっきまで洗濯をしていたので腰が休まる。


「1日目お疲れ様」
「ありがと。白石さんもね」
「私は何もしてないっていうか、部員の皆は大変だよね1週間みっちり…」
「白石さん?」
「はい!」


赤葦くんが木兎さん以外の誰かの話を遮って話し始めるなんて聞いた事がないから、少しびくっとした。しかも、強目の口調で。

ちらりと横を見ると赤葦くんはいつもより強い視線をこちらに向けていた。


「な…何?」
「思ってたんだけど、何でそんなに遠慮すんのかなって」
「え」
「好きって言ってくれて、ああ嬉しいなって思ったのにそれ以降全然恋人らしい事してないよね」
「……?」
「もっと本音言ってワガママ言って頼ってくれて良いから」


…赤葦くんのこんな真剣な顔、バレー以外の時には見た事がない。私が告白した時ですら、もう少し無表情に近かったのに。


「……じ、じゃあ…」
「聞く。言って」


こんなに積極的にコミュニケーションを取ろうとしてくれるなんて凄く嬉しいのに、いざ本音で話せと言われると言葉が出なかった。

私の本音は「本当に私の事が好き?」「嫌々付き合ってない?」それが気になって仕方がないのだ。


「赤葦くん…なんで私と付き合ってくれたの?」
「えっ?」
「私、好かれてるのか分からなくて…だから色々言うの怖くて…」
「………」


ほらやっぱり答えてくれない!こんな質問するんじゃなかった、むしろ告白するんじゃなかった全然噛み合ってない私たち。


「ごめん」


そして赤葦くんが謝った。
ああ、この恋終わった。


「ううん…」
「よく考えたら俺の方が歩み寄りに欠けてる」
「そんな…」
「だからちゃんと言う」
「え!いや、いいよもう分かったから」


ちゃんと言うって、そんなハッキリキッパリ振られると残りの合宿が辛すぎる。このままここで終わって欲しい。


「俺は白石さん好きだよ」
「やだ言わないで!」
「えッ!?」
「…………好きなの?」
「…好きだけど…」


何かまずい事を言った?と、赤葦くんが困り顔をしていた。私も私で素っ頓狂な声を上げた事に恥を覚えた。


「ふ…振られるかと思った」


恥ずかしさでやっと出た言葉を聞いて、しばらく無言だったけど赤葦くんが口を開いた。


「好きじゃなきゃ付き合わない」
「え……」
「…つっても、俺も言葉足らずだったからお互い様だね」
「……!」
「付き合お。ちゃんと」


そう言うと、お互い体の横に置いていた手がちょんと触れた。

うわ、うわあ、当たってしまったと手を引っ込めようとするとそれよりも大きな手で上から覆われた。赤葦くんの、男の子の分厚い手に。


「…あか…」
「嫌なら振り払っていいけど」
「……うう」
「えっ!?ちょ、泣いてる?嫌だった!?」
「ごめんビックリして嬉しくて」


赤葦くんが慌てていたけど、嫌なわけではない事を理解すると胸をなでおろしていた。

泣き止んで落ち着くまで彼の手は私の手を上から包み込んでいた。ちょっとだけ、じんわり汗をかいているのを感じる。これは熱帯夜のせいか、それとも。


その日、その後はやっぱり会話は少なかったけど、話さなくても充分幸せだった。

明日も二人で一緒に洗濯当番したいなあ、と冗談交じりに言うと赤葦くんは「洗濯は嫌だな」と言って笑った。
隠れた熱を呼び覚ませ