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あれよあれよと言う間にテストの前日。

このテスト期間中、私が家の用事で飛雄くんの勉強を見れなかった時に白鳥沢のウシワカさん?いや牛島さん?と出会ったらしい。
翔陽と一緒にやっちゃんの家で勉強していた帰りに遭遇したのだとか。


「…で、宣戦布告してきた」
「宣戦布告!?」
「おお」


ふたりで最後の追い込みをしている最中に、テストの話と同じくらい牛島さんの話も多く出てきた。
まさか全国3本指に入るという人に向かって「あなたを倒して全国に行く」なんて大胆な。いや、倒さなきゃ全国行けないんだけども。


「飛雄くんならホントに倒しちゃいそう」
「倒すけどな」
「…早くテスト終わらないかな」


本当なら勉強そっちのけで練習したいだろうなあと思う。でも赤点回避という大切な任務があるので、嫌々ながらも彼は机に向かっている。

明日はいきなり英語のテスト。
私はヤマを張れるような頭はないが、なんとなく要点は理解出来ているのでそれをひたすら伝える事にした。


「…いけそう?明日」
「おお。やるしかねえ」
「頑張ろ!終わったら東京だよ」
「だな…強豪と練習か」


私は彼のバレーボールをする姿に惹かれたのがそもそもの始まりで、それは今も変わらない。
強豪グループとの合宿を今か今かと待ちわびてそわそわする姿も魅力的だ。

もっと強くなり、上手くなり、そして更なる活躍の壇上へ。飛雄くんと翔陽はここ最近、見違えるほど輝いていた。





そして、約一週間後。

テストが返却された直後の昼休憩、私はまず翔陽の席に行った。なぜなら翔陽も赤点が危うい部員の一人であり、私も少し勉強を見ていたから。


「翔陽!どうだった」
「ごめん……ッ!!」


私が聞き終わる前に翔陽は机に頭をついて謝った。ああ、頭が真っ白になりそう。


「…ダメだったの…?」
「やっぱり残り全部解答欄ずれてて…いや、でもちょっと小野センセーんとこ頼みに行ってみる!影山の結果聞いといて!」


翔陽はテストが終わる直前に解答欄がずれていたことに気づき、書き直している途中で終了してしまったらしい。
小野先生は果たして大目に見てくれるだろうか、それはあとから聞くとして飛雄くんのテスト結果を聞くべく私は彼のクラスに向かった。


昼休みの教室内はいつもながらざわついていて、その中でいつも一人静かに過ごす私の恋人を探す。…席には居ない。
どこに行ったのかと見渡していると、入口の近くに座っている女の子に声をかけられた。


「影山くん、調子悪そうな顔して出てったよ」


どこに行ったのかは分からないけど…との事だったが、教えてくれたお礼を言って私はスマホを取り出した。
通話履歴の一番上にある名前をタップして、相手が出るのを待つ。すると思いのほかすぐに通話中の表示になった。


「とび、」
『ごめん。マジでごめん。ごめん!いま合わせる顔ねえから逃げてる』


合わせる顔がないから逃げているとは、なんとも潔い言葉。つまりは飛雄くんもテストが駄目だったのだ。


「…仕方ないよ。私だって文句無しの良い点だったとは言えないし…赤点は何教科?」
『いち』
「ああ…惜しい」
『…ごめん』
「いいってば!どこにいるの?」


聞いてみると、食堂の裏側にあるあの人気のないベンチのところ。
ため息とともに私はいったん自分のクラスに戻り、お弁当を持ってそこに走った。





ベンチのところでは飛雄くんが血眼でひたすら牛乳パックをすすっていた。もう吸いすぎてパックがペタンコだ。


「飛雄くーん」
「!!! わ…悪い。」
「いいって」


隣に座り、包を開きながら何の科目が駄目だったのか、どこを間違えたのかなど聞いてみる。

するとやはり飛雄くんは自分なりのヤマを張っていてそれが見事に外れたらしかった。ヤマなんか張るなと言ったのに…と落胆しても意味は無い。


「日向はどうだった」
「…実は翔陽も英語だけ赤点」
「……そうか…」
「安心してるの?」
「イエマサカ、メッソウモゴザイマセン」
「よろしい〜」


あと心配な面子は田中先輩とノヤ先輩だけれども、今がまさに成長の真っ最中かと思われる翔陽と飛雄くんが抜けるのはけっこうな痛手なんじゃないだろうか。

合宿に行けないならば烏野の体育館で自主練をするんだろうけど、チームのみんなと合わせる練習や強豪との練習試合はぜひ経験しておいたほうがいい気がする。
と、必死で考えを巡らせる私をよそに飛雄くんはスマホをいじっていた。


「何見てるの?」
「グーグルマップ」


画面を覗けばここ、烏野高校から梟谷学園までの地図見ようとグーグルマップが開かれていた。
今度の合宿は梟谷学園で行われるからだろうけど、宮城県から東京都までのそんな広域地図を見てどうする気だろう。


「……俺は毎日走り込んでるから…たぶん行ける」
「はっ!?」


走っていく気だ。ここから梟谷まで。


「走っ…え?補習が終わってからってこと?」
「おお」
「おお、じゃないよ無理だよ」
「無理じゃねえ!やれる事は全部やらなきゃ気がすまねえんだよ!」


それならヤマなんか張らないで今までの授業を真面目に受けていてくれれば良かったんだよ!





「ほんとケッサクなんだけど」


放課後、体育館では月島くんが哀れみの目でふたりを見ていた。

本当に翔陽と飛雄くんときたら、かたや走っていくだの自転車で行くだの頭がおかしい。
その根性のうち一割でも二割でも勉強に向けてくれたなら、こんな事にはならなかったのに。


「けど田中さんに考えがあるらしいから…迎えの人用意してくれるんだって」
「そうなんだ!」
「おう日向影山、礼はいらねえぞ!」


意気揚々と声をかけているということは、田中先輩は赤点を免れたらしい。
さてノヤ先輩はどうなんだろうとコートを見れば、東峰先輩に勝ち誇った顔で解答用紙をかかげていたのでこちらも大丈夫だった様子。

という事は、補習組はたったの二人。


「俺たちは夜中にバスで行くけど…お前ら勝手についてくんなよ?補習受けなかったらそれこそ部活禁止にされるからな」
「うっす…」
「夜中にバス!?楽しそうだなぁクソぉぉ」


翔陽は修学旅行か何かと勘違いしているらしいが、れっきとした部活の遠征。

しかし中学の時、みんなでバスを借りて遠征だなんて経験したことのない私もうきうきしていた。
音駒とまた試合ができるし、調べてみたところ梟谷グループには全国区のプレイヤーが居る!初めて飛雄くんを見た時のような感動を味わえるかもしれない。


「バスで行くってホントか」


と、バスでは行くことの出来ない飛雄くんがこそっと聞いてきた。


「みたいだね…寝れるかなあ」
「座るのは清水先輩の隣だよな」
「……か、やっちゃん」
「よし」


何がよし、なのか。
ほかの部員の隣に座ってぐっすり寝られるのが嫌なんだろう、けど。


「飛雄くんが行けるなら、ぜひ隣に座りたかったんだけどなあ…」
「!!!」


そんな嫉妬も今は嬉しいなという気持ちより先に、皮肉った言葉しか出てこないのだった。

見えない試練