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日向翔陽と影山飛雄は同じ学校のバレーボール部に所属していて、私は仲が良いほうだ。むしろ良すぎるくらいだと思う。

翔陽とは小さな頃から家が近い典型的な幼馴染で、飛雄くんのほうは驚く事に私の恋人。

すったもんだの末に無事付き合える事になった私たちは、「付き合っているのは内緒にしてみよう」と考えていた当初の計画も虚しく、数日のうちに全部員に事実を知られた。


烏野高校バレーボール部の練習はいつもパワフル。
部員数は決して多いとは言えはないけれど各々素晴らしい個性を持ち、互いに活かし競い合い、インターハイ予選ではあの青葉城西高校とフルセットの末惜しくも敗退したのだった。





「…あーくそっ、クソ」


あれから飛雄くんはクソクソ言う回数が増えたけれどもそれは自分の不甲斐なさに向けてのようだ。
試合に負けた悔しさのせい…だと思われるだろうけど今は違う。来週に控えた期末テストの勉強に対しての「クソ」である。


「わかんねえ!」


がしゃんと机に手をついて彼は項垂れた。
まさか彼が、勉強がこんなに苦手であるとは知らなかった。
中間テストの直前に付き合い始めた私たちだけど、その時は浮かれすぎて勉強の話なんてあまりしていなかったし。


「…休憩する?」
「しない」
「お、おお…」
「教えてくれ。お前ならどこにヤマ張る?」
「ヤマ!?」


彼の頭には公式を覚えるとか応用するとか英単語を暗記するとか文法を理解すると言った、勉強に必要不可欠な考え方は存在していないらしい。脳内まさにバレーボール一色なのだとつい最近になって知った。


「何だろうなあ…数学はとにかく応用問題解いてって、それから…」
「すみれーーー!」


がらっと教室の戸を開けて、いや開ける前から叫びながら入ってきた彼が日向翔陽。
プリントを一枚手にして、机の間を小走りに駆け寄ってきた。


「…と、なんだ影山居たの」
「ここは俺のクラスだボゲ」
「あ、そうか。なあなあ昨日の小テスト返ってきたじゃん?俺70点だった!」
「へー、凄いじゃん!」


翔陽と私は同じクラスで、昨日は英語の小テストが行われた。
あの先生はテキストの中から問題を出す事が多いのだと潔子先輩に聞いていたので翔陽にも伝えたところ上手くいったらしい。


「日向が…ななじゅってん…」
「おやおや影山くんは初めて目にする数字ですかな?」
「ウルセエボゲェ!」
「まあまあ小テストだから…」


しかし翔陽がテストと呼ばれる類のもので70点を叩き出すとは驚きだ。本番のテストも7割とってくれれば東京合宿には間違いなく行けるんだけど。


…そう、バレーボール部は間も無く東京の強豪グループとともに合宿を行う事となっている。しかしその日程が期末テストの補習と重なっており、補習になれば合宿には行けない。

そのため部員たちは赤点を逃れるべく、練習に勉強にと明け暮れているのだった。


そして翔陽とは何かと競っている飛雄くんはと言うと、翔陽の点数を聞いてすっかり燃え上がってしまった。


「すみれ!俺にもなんか教えろ!コツとかヤマとかテクニックとか!」
「テク!?」
「カンニングかよ」


すっかり小テストで良い気になった翔陽は飛雄くんを勝ち誇った目で一瞥すると、さっさと自分の教室に戻っていった。


「…くそ…あのヤロー」
「でも小テストは補習には関係ないから」
「そーだけど」
「ちなみにこれも潔子先輩に聞いたんだけど、テストは大体いつも小野先生が作ってて傾向は…」


と、テストに有力かと思われることを話してあげてるのに飛雄くんが肩肘をついて私の顔をじっと眺めている。
たった今翔陽の点数に嫉妬したばかりじゃなかったのか?


「…何?何かついてる?」
「ついてる。」
「え!取って」
「ん」


飛雄くんがすっと手を伸ばし、私の顔へ近づけてきた。少し身構えてしまい、「動くなよ」と怒られて大人しく止まる。

そして前髪あたりに何かが付いていたらしく、それを摘んで机の横に払ってくれた。


「何ついてた?」
「さあ。なんかホコリ」
「きたなっ」
「……なあ…日向にも勉強教えてんのかよ」


取り払った埃が自分の指に付いていないかを確かめる仕草をしながら、飛雄くんが言った。

この時私は、「私の髪に何かが付いていたなんて嘘なんじゃないか」という事をぼんやりと考えてしまったけれどそれは内緒にしておく。


「聞かれたら答える感じかな…?クラスも同じだし宿題も同じだから」
「フーン。」
「でも最近は、やっちゃんのトコ通ってるみたいだよ」
「あー…」


バレー部にマネージャーとして入部してくれた同級生のやっちゃんは進学クラスで頭がいい。

ちょっと不思議な子だけど元気で笑顔が可愛くて、翔陽とは気が合うようだった。
はじめは私や月島くんに勉強を頼んでいたが、最近ではもっぱらやっちゃんのクラスに通い詰め。


「だから私は飛雄くんだけだよん」
「あっそ」
「……安心した?」
「別に……まあ…ちょっとな。ちょっとだけだ。ほんのちょっと!これくらい」


親指と人さし指のあいだに数ミリだけの隙間を作って飛雄くんが言った。

彼はあまり恋愛に対してウェットな人ではないと思っていたけど、ドライというわけでも無いらしい。

その証拠に毎日おはよう・おやすみの連絡を怠らないし、付き合い始めの時なんか翔陽が私を下の名前で呼ぶ事に嫉妬していた。
今も私が翔陽に勉強を教える事にはあまり良い感情を抱かないみたいで、そんな風に思ってもらえるのが嬉しくて仕方ない。

こんなに格好良くてバレーに対して真剣で素敵な人が私の彼氏!いまだに夢みたい。


「…そろそろ5限始まるんじゃね」
「あ、ほんとだ」


気づけば5限目開始まで数分となっていた。翔陽もやっちゃんのクラスから帰る途中だったのかもしれない。


「すみれ。」
「んっ?」


筆記用具を持って立ち上がると、飛雄くんに呼び止められた。
見下ろしたが彼の顔は別の方向を向いていて、「あ、きっと今からときめく一言を言われる」と簡単に予測できてしまう。


「…放課後、教室まで迎えに行く」


こうして約束なんかしなくても、いつも迎えに来てくれるくせに。

翔陽がちょうどいいタイミングで登場してくれるおかげで、飛雄くんは「幼馴染」の翔陽に張り合うかのようにこんな事を言うようになった。
早く放課後にならないかなあ?

新たな敵はどこだ?