1st Saturday


土曜日だと言うのに制服を着て、学校に向かおうとする私を親は大いに不思議がった。
しかも朝ではなく夕方になって家を出ようと言うのだから無理もない。


「こんな時間から学校行くの?」
「友達と勉強会!10時までには帰るから」
「じゅ……っ」


そんな遅い時間まで!?という顔を「いってきます」の言葉とともにドアで見えなくして、私は家を出た。
そろそろ五色くんの部活が終わる頃。今からみっちり彼に勉強を教える予定。


学校には少し早く到着してしまい、今は4時半。練習風景が気になって、五色くんがまだ練習していると思われる体育館へ向かった。


「遅い!もう一回!」
「お願いしますっ」
「今の拾える球だぞ」
「ハイッ」


初めて彼に忘れ物を届けに来た時と同じく体育館内はたくさんの部員で溢れており、全員がかなりの汗をかいていた。

その中で五色くんが一際目立って動き回っているのが素人目に見ても分かる。
一本、二本、スパイクを決めるごとにその感触や手応えを確かめて、周りの先輩やコーチ達に「今のはどうでしたか」と聞きに行っているように見える。
これが彼にとって、何にも変えられない尊い時間なんだ。

その時、五色くんが私に気づいた。

軽く手を振っみると、いつものようににこにこ笑って反応してくれるのではなく真面目な表情のままで会釈をされた。
真剣な場所での真剣な彼に、少しだけどきっとして私も会釈した。





「お待たせ!早かったね?」
「…うん、ちょっと早く着いて…ゴメン練習見ないほうが良かった?」


練習中の五色くんを初めて見たので、その集中している様子に水を差したのではないか。
心配になって聞いてみると、五色くんは首を横に振って答えた。


「ううん。いつもいろんな人が見に来てるし大丈夫」
「そうなの?」
「うん…」
「……?」


人に注目されるのが好きそうな印象なのに、あまり嬉しくなさそうだ。「どうかしたの」と聞く前に、五色くんが言葉を続けた。


「でもみんな、俺を見に来てるわけじゃないから。牛島さんがエースだから…」


教室までの道のりをゆっくり歩きながら、五色くんは悔しそうだった。
バレーで言う「エース」ってよく分からないけど、チームの中心なのだろうという事は分かる。
でも私はその「ウシジマさん」を知らない。


「私は五色くんを見に行ったんだよ」
「…えっ、」
「あ、うちの教室使う?五色くんの教室でもいいけど」
「へ…あ、どっちでも」


結局、五色くんの教室は別の生徒がいて話し込んでいたので誰もいない私の教室を使う事にした。


補習は昨日までの5日間しか無く、その5日ぶんの補習内容が月曜日のテスト範囲になる。5日ぶんなら今日と明日で何とかなるはずだ。


早速教科書とノートを開いて、五色くんが寝ていた1日目のプリントも復習する事にした。
「勉強なんか」と言っていた割には部活が絡んでいるからなのか、私の説明を真剣に聞いてくれた。


そこから2時間ほどぶっ通しで、気付けば教室の外は暗くなっていた。
五色くんもこんなに集中して机に向かうのは初めてなのか、疲れてきた様子。部活の後だから当たり前か。


「…今日はもうやめる?」
「いや…もうちょっと出来る」


予想外の回答。
まだ勉強を続ける力があるらしい。


「じゃあ校舎閉まるから、駅前行こう」
「うん!あ、白石さんは時間大丈夫?」
「親に連絡しといたら平気」
「休みなのにごめんね…」
「何で?私が言い出した事だもん」


先生に再テストを頼んだのも、その対策のために勉強を教えると言ったのも、連帯責任でいいと言ったのも私。
それに家に居たってこの時間は勉強、あるいは夕食を食べながら家族とテレビを観てダラダラしているだけだ。


五色くんが「せめて出させて」と言ってくれたので、彼の奢りで駅前にあるファストフード店に入りあと1時間ほど勉強する事にした。


「……はぁー!何となくつかめてきた!」


さすがに疲れきったらしい五色くんが盛大にため息をつきながら言った。


「後は応用問題やってみて、いけそうなら大丈夫だと思う」
「マジで?ありがとう!こんなに数学が理解できたの初めてかも。教えるのうまいね」


五色くんはしなしなになったポテトを頬張り、あと数口残ったハンバーガーを一気に食べた。豪快な食べっぷり。多分、これだけじゃあ足りないのではないか。

食べ終えると、今日一緒に勉強したところをもう一度見直して「これは大丈夫、ここも多分いける…」と独り言を言っていた。

その姿を見て、少し失礼だけどある疑問が浮かんだ。


「…五色くん」
「ん?」
「あのね、気を悪くしたらゴメン。入試は受かったんだよね?入学してるって事は」
「俺?」


五色くんが自分の顔を指差して言った。
私が頷くと、彼は首を振って恥ずかしそうに、でも誇らしそうに話し始めた。


「俺、スポーツ推薦で入ったから…白石さんと同じ入試は受けてないんだ」
「そうなの?バレーの…?」
「そう!ずっと白鳥沢のバレー部に入るのが夢だったから」


五色くんは小学校5年の時にバレーボールを始めたらしい。
身長が高いからと親や周りにすすめられ、少年チームの監督が「勉強になるから」と白鳥沢の試合に連れて行ってくれた時、その戦いぶりに感動したのだとか。
その時から五色くんの志望校は白鳥沢学園ただひとつ。


「いつかこのユニフォームを着てコートに立つぞ!って思ったんだよね。でも中等部は推薦とか無くて入試が駄目で…だから高校は絶対白鳥沢って決めてた」
「……へえ…」


私は、同じ中学校にこんなに輝いてる人が通っていたのを3年間知らないまま卒業してしまった事を後悔した。

もっと早くに知っていれば、五色くんがスポーツ推薦に合格するほどの力をつける過程を見る事が出来たのに…ただバレーがうまくて、華麗なスパイクをこなしているだけだと思っていたのにその裏ではどんな努力があったのか。


「五色くんはバレーが好きなんだね」
「うん。大好きだよ」


不覚にも、少しどきっとした。
何考えてるんだ、この子が好きなのはバレーボールだっつーの!と自分で自分にツッコミを入れる。


「でも白鳥沢は上手い人がいっぱいで…分かってたけどなかなか監督の目に留まらなくて。色んな学校から上手い人が集められてるから」
「………そっか…」


バレー部には色んな学校から上手い人が集められている。この白鳥沢学園には、色んな学校から頭のいい人が集められている。

五色くんは上手いバレーボール選手の中で必死に芽を出そうと頑張っているのか。それを覚悟で入学したのだろうという強い眼差しが私の心を揺さぶった。


「白石さんはどうして白鳥沢にしたの?」


だから、そんな人の前で「周りに勧められてその気になって受けただけ」という自分の志望動機が恥ずかしい。
でも五色くんは私が答えるのを待っている様子で、そのまっすぐな視線から逃れられずに小さめの声で答えた。


「……五色くんみたいなちゃんとした理由は無いけど…親とか先生にすすめられて…」
「それで受けようって思ったの?」
「う……うん…」


ナンダソレって 思ってるかな、思ってるよね。何となくその気になって決めたなんて。


「それでホントに受かるなんて凄いよ、白鳥沢だよ?過去問見たけどサッパリだったもん」
「……そ、そうかな」
「俺に教えてくれるのも上手だし!分かりやすかったよ」


五色くんのような、しっかり頑張ってる人に褒められると何だか自信が持てる気がする。
私には勿体無い褒め言葉の数々にくすぐったくなって、早くこの話題を切り上げたい気持ちともう少し続けたい気持ちが入り乱れた。


「白石さん、前から頑張り屋だったもんね」
「……前から?」


前って、いつ?
いつから私の事を知っているの?

勉強道具を片付けながら発した五色くんの言葉に少し反応してしまったけど。
それは彼の独り言のような気がして、追求することが出来なかった。

もっと知りたいSaturday