1st Friday


「今日は1週間の締めくくりでテストな」


補習の先生が言うのと同時に、生徒達の肩が一斉に落ちた。少なくとも私の見える範囲にいる生徒達は。

この、長いだろうと感じた補習も最終日となり昨日までの内容を復習するためのテストが配られていく。

私は中間テストの結果は良くなかった(だから補習になったんだけど)が、勉強が嫌いなわけでない。期末テストでは良い点をとるために、一応毎日復習している。補習の内容も含めて、だ。

だから配られたテストにざっと目を通した時、「ああ大丈夫だ」と感じた。
しかし隣の席では五色くんが頭を抱えて唸り始めた。


「……やっべえ…」
「…大丈夫?」
「う……うん…いや…大丈夫じゃない」


どうやら五色くんは補習で出された課題は最低限提出していたものの、この5日間の復習なんかこれっぽっちもしていないらしい。
「カンで行くしかない」と呟いているのが聞こえた。





テストは30分ほどで終わり、その場で解答が配られて隣の席同士で採点をすることになった。

五色くんの解答用紙を受け取ると…空白がちらほら。でも6割とれば合格だと先生が言っていたので、なんとか6割あるかなと思いながら赤いボールペンを取った。


「…白石さん…92点」
「え、」
「俺は?俺のはどう?」
「………」


私の机には五色くんのテストがあり、その右上、点数を書く欄には私の字で「58」とはっきり書かれていた。
採点の結果、彼は不合格だったのだ。


「…うっそ」
「60無かったの何人だー」


先生の問いに、手を挙げた生徒は二人。
…最後に五色くんがおずおずと挙手したので合計三人が不合格だったらしい。

そこで、先生がその三人をどん底に突き落とす発言をした。


「不合格は来週まで補習延長するから」
「えっ!?」
「補習はただ出席してこなせば良いってもんじゃ無いからな?お前も」


と、言いながら先生が五色くんを指差した。


「知ってると思うけど白鳥沢は文武両道だから。部活だけを上手くやっても駄目だ」


先生の指差す先、私の隣の席では青い顔の…もはや白い顔の五色くんが、身体を震わせていた。

その表情は絶望一色に染まっている。
やがて、彼は震える口を開いた。


「…先生、でも、インターハイの練習が…」
「五色はスタメンじゃないだろ」
「い…今なろうとしてるところです!」


五色くんの声が教室に響いた。


「1週間も練習が減るのは絶対に嫌です!どうにかなりませんか?インターハイが終わったら…お盆休みの時期とかいくらでもやりますから、でも今は絶対駄目です!」


そこまで言い切ると、五色くんは肩を上下させて先生をじっと睨んでいた。
憎悪を持って睨んでいたわけでは無いのだろうけど、少し怖い。こんな顔の五色くんは初めて見た。

先生もこんな彼を見るのは初めてだったみたいだけど、勉学を怠ることは生徒として確かによろしくない。
先生の硬い表情とその考えは変わらないようだったし、最後に放った一言で完全に五色くんの戦意は喪失した。


「顧問の先生にはもう話してあるから。今日お前が60点未満だった場合、1週間プラスで拘束しますってな」


そして、隣で五色くんが音もなく崩れるのを感じた。





この5日間の私は、隣の彼の存在により補習をなんとか乗り切ったと言っても過言ではない。

その本人は最後の最後に抜き打ちテストで不合格となり、バレー部顧問の許可も下りた状態で来週いっぱいまで補習が伸びてしまった。


「…五色くん…えっと…」


補習が終わった教室に、残り私と五色くんの二人だけとなった。
いつもなら真っ先に鞄を持って部室に行くのに、じっと机を睨んだまま動かない。


「…部活いかなくていいの?」
「……どんな顔して行けばいいの?」
「………」
「あ、いや…ごめん、俺」


そう言いながら五色くんは頭をぐしゃぐしゃとかいた。
この人もこんな風に落ち込んだり暗くなる事があるんだなと感じるのと同時に、そこまで部活に信念を燃やしている事を尊敬する。


「…俺、勉強なんかするために白鳥沢に来たんじゃ無い。バレーがしたくて来たのに…くそっ」


がたん!と五色くんが机を叩き、その勢いに驚いて、私もびくりと強張った。


「…でもあと、1週間だから…ね?」
「1週間も!他の奴らが練習してんのに机に向かってたら駄目なんだよ!周りはみんな上手いんだから二倍も三倍もやらなきゃレギュラーなんか取れないし、それに…、……」


興奮して立ち上がっていた五色くんは、私がびっくりしてその姿を見上げている事に気付き言葉がフェードアウトした。

そして、へなへなと椅子の上に崩れ落ちる。そのまま椅子を通り抜け、地面に溶けて無くなりそうなくらいいつものパワーが失われていた。


「………ゴメンほんとにゴメン」
「謝らなくていいよ」
「……ちくしょー…何でだよ…何でだよっ、くそ、くそっ」
「ちょ…ちょっと」


ごつんごつんと机に額をぶつけるので慌てて止めに入るが、五色くんは顔を上げない。
机に突っ伏したまま、膝の上で拳を握っていた。…泣いてるのか、泣きそうなのか。

五色くんが教室で泣いた私を逃がしてくれたように、何か私にも出来ることはないか。


「…職員室行って頼んでみよう」
「え………?」


五色くんがゆっくりと顔を上げた。


「もう一回頼んでみよ」
「………」
「このままだと、どっちにしても来週補習だよ。聞くだけ聞いてみよう!私も行く」


自分でも驚くほど無謀な考えだった。

でも五色くんの部活に対する思いをもう一度ぶつけたらどうにかなる気がして、もし駄目だったとしても、私も一緒に次の手を考えようと思っていた。
五色くんは疑念の混ざった瞳で私を見つめていたけれど、やがて立ち上がった。





「…ちょっと他の先生の迷惑になるから」
「考えを変えてくれるって言うまで帰りません!」


職員室内に響き渡る声で五色くんが言った。ちょっと興奮しているようなのでこれは逆効果だ。まだ言葉を続けようとする彼をを手で制して、私も先生に訴えた。


「先生、勉強を怠るのは良くない事だって言うのは分かります。私も補習組だから人の事言えませんけど…でももう一回だけチャンスくれませんか?五色くんに」
「……んー」


恐らく、全員の前で「60点未満は補習延長」と言い切った手前、五色くんだけを特別扱いするわけには行かないのだろう。それは何となく予想がついた。
だから私の作戦はこれ。


「今日のテストが駄目だったのは事実なので、えっと…もう一回テストしてくれませんか。週明けに」


先生の顔が変わった。
いけるかも。もう一押し。


「それで五色くんが8割取れなかったら、もう文句は言いません。補習して下さい、連帯責任で私も受けます」
「!!!」


五色くんが私を驚きの目で見た。


「…白石の言いたい事は分かった。五色が良いならそれで行く。どうする」
「……え…でも、連帯責任って」


私の必死の訴えをまさか本人が無駄にするなんて許せないので、思わず肘で彼を突いた。
五色くんが一瞬私の方へ視線をやり、そして視線を落とし、ついに決心したように言った。


「…やります。月曜日、テスト受けます」





「…と言ったは良いけど、8割なんてどうやったら…」


職員室からの帰り、五色くんがぽつりと呟いた。

確かに彼は今まで勉強なんて真剣にやってこなかった人みたいだから、自分の力で8割取るのは難しいだろう。でも、及ばずながら今は私がいる。


「私が教えてあげるよ」
「え!?」
「土日、練習はどれくらいある?」
「…土曜は5時まで…日曜は午前中だけ…」
「じゃあ、空いた時間に私が教える」
「え、いやっ、でも」
「補習受けたいの?」


すると、五色くんは口をつぐんだ。
彼の気持ちはさっき嫌というほど聞いたんだから、補習など受けたくないに決まっている。


「………嫌だ」
「私、こんな事でしかお礼できないから…だからやらせて。一緒に頑張ろ」
「……うん」


ちょうど下駄箱の前まで到着した。
私は熱くなってしまった自分が少し恥ずかしくなってしまい、もしかして引かれているかなと今更心配になった。


「って、私も今じゃ頭が良いとは言えないけどね?」


別れ際にわざと明るく言ってみると、五色くんは首を横に振った。


「そんな事ない。俺も絶対頑張るから」
「………うん、」
「…じゃ!明日お願いしぁすっ」


五色くんは身体を直角に曲げてお辞儀をし、靴に履き替えてそのまま部室棟へとダッシュして行った。


テスト範囲は補習でやった5日分だから、何とかなるはずだ。
明日と明後日の二日で、五色くんをテストで8割取らせるための付け焼き刃を磨けるだけ磨く。

力になりたいFriday