1st Thursday木曜日。今日頑張れば、あとは明日で補習は終わりだ。…昨日の朝も同じようなことを考えた気がする。
昨日、五色くんが家に帰してくれたおかげで私はゆっくり過ごすことが出来た。
補習を最後まで受けていたとしてもたった1時間の事なんだけど、気持ちがとても楽。家で、自分のペースで勉強に打ち込めた。
その代わり、「補習をずる休みした」という罪悪感は少なからず感じるはめになった。
今朝はいつも通りの時間に学校に着くと、すでに朝練を終えた運動部の人たちが足早に教室に入っていく姿が見えた。
テニス部の生田さんの姿もちらりと見える。朝私よりも早く起きて、放課後は練習なのに私よりもテストの点が良かったのか…
「白石さん」
と、劣等感の渦に巻き込まれそうになった時、肩をとんとんつつかれた。
振り返るとそこには中途半端に結ばれたネクタイ、視線を上げれば五色くんが私を見下ろしていた。
「……お、おはよう」
「おはよー!良かった来れたんだ」
「ウン…」
五色くんは運動部特有(だと言えるのかは分からないが)の爽やかなスマイルを見せて、自分のクラスに入っていった。
昨日のこと、気にしてくれていたんだろうか。
私がちゃんと来れるかどうか気にしていたんだろうか?それとも今、私の姿を偶然見つけたから声をかけられただけ?
…それよりも私は、何でこんなちょっとした事に考えを巡らせてるんだろ?
◇
木曜日の5限目は体育で、隣のクラスと合同だ。
今まで全然気にしてなかったけど、五色くんは隣のクラスだったらしい。頭ひとつ抜けていて目立っている。
同じ体育館を二つに分けて、女子はバドミントン、男子はバレーボールをするようだ。
私はバドミントンなら親と公園でよく遊んだので、かろうじてラリーをする事くらいはできるのでラッキー。
そんな事より男子がバレーということは、五色くんが本領を発揮する時間かもしれない。
物忘れがひどくて、補習中に居眠りをしている姿しか知らない彼はどんな風にバレーをするんだろう。
ぼんやりと気になって、自分の試合が終わった後に五色くんの姿を探した。
すると、近くでわあっと歓声が上がった。続いてボールが激しく床に落ちる音。
近くの女子が向けている視線の先を追ってみると、私の探している彼がいた。
「ッしゃー!次も行くぞ!」
「おいおいバレー部ずりィよ!」
「あれ本域じゃん」
対戦相手のチームからは、バレーの授業でバレー部と試合することにわずかなブーイングが上がっている。
反対に女子のほうからは、五色くんへの黄色い声がこそこそ聞こえ始めた。
「あんな人、隣のクラスに居たっけ?すごい」
「ゴシキくんって言うんだって」
「へえー背高いね」
「背ぇ高いだけで割増に見えるよね」
「分かるーー」
なんだ、五色くんモテてるじゃん。
みんな知ってるのかどうか分からないけど、彼は補習で爆睡するし、大切なプリントを二度も紛失するような人だよ?そんなに素敵には見えないんだけど。
素敵じゃないと思うんだけど。
ほかの子が五色くんを褒めるのはちょっと嫌な感じだ。
そう思いながら私も無意識に五色くんを見ていると、ちょうど彼がサーブを打つところだった。
その時、五色くんと目が合った。効果音をつけるなら「バチッ」という感じで、私は思わず瞬きをした。
どうしよう見てるの気づかれたかな、と目を逸らすかどうか迷っていると、五色くんが手に持ったボールを指さした。
そして大きな口を動かして、私に何かを訴えた。
(み・て!)
「見……て?」
私が復唱すると、私の声は当然届いていないけれども伝わったらしく五色くんが頷いた。
続けてボールに視線を落とす。あ、顔つきが変わったかな?目を閉じた。深呼吸してる…ああ、今だ。
それからすぐに放たれたのは、テレビでしか見たことの無い力強いサーブだった。
◇
その後の6限目を、私はぼやっとした気持ちで受けてしまった。
体育の授業で五色くんが打ったサーブが頭から離れなくて。正確にはサーブそのものではなく、「あのサーブを打つ時に私に合図した」事が頭から離れないのだ。
これって自意識過剰だろうか。
でも、どう考えても私に「今から打つのを見ててね」と合図してた、よね?たまたま目が合ったから?
ホームルームが終わり、私は4日目にして初めて補習のクラスへと迅速に向かった。
が、早すぎたらしくまだその教室はホームルームが終わっていない。
仕方なく引き返そうと振り返ると、マッハで動く物体とぶつかった。
「いだっ!!」
あ、この感触、この転げ方はデジャヴ。
私の記憶ではこのまま弾き飛ばされて廊下に尻餅をつく予定だったのだが、今日は少し違った。
そのぶつかってきた物体が私の腕をつかみ、間一髪で転けるのを免れたのだ。
「…ごめん!大丈夫?」
それは今まさに私が気になっていた人物、五色工くんだった。理由は知らないけど、またもや廊下をダッシュしていたらい。
「…大丈夫…です。」
「はあー…アレ、まだ終わってないんだ」
「そうみたい」
「なんだぁ」
五色くんは、補習の教室に全速力で向かっていたらしい。
まだ開始時間まで余裕があるのにどうしてこんなに急いでいたのか不明だけど、もしかしたら基本的に移動中はダッシュなのかもしれない。危険だ。
「白石さん、俺のサーブ見た?」
「えっ」
唐突に体育の授業での事を聞かれ、びっくりして心臓が跳ねた。
「うん、見た」
「どうだった!?」
「え………」
どうだった、って。
あんな合図の後にあんなサーブ見せられたら、そんなの誰だって答えは決まっているはず。
「…す…凄かったよ」
かっこよくてドキドキした、とは言えないので無難な回答をした。それにあの時は、他の女の子が五色くんに注目してる事も気になっていたもんだから。
でも「凄かった」という答えは五色くんを満足させることが出来たらしい。
「だろー!?ちょっと本気出しちゃって!」
「…女の子が見ててテンション上がったから?」
「それもある!」
あるんだ。
何だよ。
また得体の知れないものにちくりと刺された。
「でも白石さんが見てくれてたのが一番テンション上がったかな?なんて」
ちくり、と刺された直後なのに。
一気に痛みが引いた。
「……それってどういう」
がらっ、と私の言葉を遮って教室の戸が開く音がした。
ホームルームが終わったらしく、生徒がどんどん教室から出てくる音と声とで私の言葉の続きは完全にかき消された。
「あ、終わったー」
五色くんが教室の中へと入っていく。
私も後を追いかけて入らなければならないのに、しばらく廊下に立ったまま動けなかった。
いますぐ隣の席に座ってしまうと、たぶん心臓の音が彼に聞こえてしまう。
Thursdayのときめき