紫赤前提の紫+氷










 この頃、変な夢をみる。誰かの首を絞めている夢だ。いや、締めているのではない。ただ、そいつの腹の上に乗って、そいつの首に手を置いているのだ。すぐに力を入れれば、そいつの首を絞めることができるのに、肝心のそいつは怯えもせずに、ただ笑っていた。愉快そうに、まるで自分が優位に立っているように。その笑みがすごいムカつくんだけど、なぜか指に力が入らなかった。ただ、そいつの口元と白すぎる首元を眺めていた。
 首を絞めるぐらいなんだから、すごく捻り潰したい相手だとわかるのに、俺は誰を捻り潰したいのかは全くわからなかった。












 「アツシ?」


 後ろから声が聞こえた。ゆったりとそっちの方に振り返ると、数時間前まで一緒にいた黒髪の人物。室ちんだ。


 「あらー、偶然だねー」


 口の中にある飴をもごもごと動かしながら言うと、室ちんは訝しげな目で俺を見てくる。んー、何でそんな目で見るの?


 「アツシがこんな時間に起きてるなんて珍しいね」


 こんな時間…ごそごそとポケットに入っている携帯を取り出して、携帯に示されている時間を見ると、0:14と書かれていた。たしかに、普通の俺だったら寝ている時間だわ。ふらふらと廊下を歩いていたから、今が何時かなんて全然気にしていなかった。



 「眠れないのかい?」



 室ちんの言葉に、ふと思い浮かんだ白い首。室ちんの言うとおり、眠れない、のかもしれない…


 「この頃、へんな夢見るんだー」


 「夢?」



 室ちんが首を傾げる。でも、俺の頭の中ではあの夢がぐるぐるぐるぐる。気持ち悪い。あ、飴が舌にひっついちゃった。舌を動かしていないことに気づいて、口の中でまたころころと飴を転がす。イチゴ味の飴はひどく甘く感じた。



 「そう、殺してる夢」



 瞬間、室ちんと俺の周りの空気は少しだけ不安定になった気がした。でも、俺の頭の中は未だに夢の映像オンリー。夢の中のそいつはまるで静止画のように微笑んだまま動かなかった。あぁ、殺す前の出来事と思っていたけど、本当は殺した後の出来事だったのかもしれない。だから、俺は力をいれずにそいつの首を持ったままだったのかもしれない。



 「……誰を、殺したの?」



 室ちんの声が一気に硬くなったのがわかった。まぁ、物騒な話をしているっていうのはわかってるよ。いくら、日ごろから捻り潰すっていう言葉を使っててもね。でも、いくら聞かれても、自分で考えても、そいつの顔は出てこなかった。



 「わかんない」



 俺は首を横に振る。口の中の飴はころころと口の中で好き勝手に転がり続けた。



 「アツシは誰かを殺したいの?」



 「そうかもしんない」



 俺がムカムカする相手なんて、そこら中探せばいる。努力しているやつとか、変な希望持ってるやつとか。そいつを捻り潰したい、殺したいなんて、常日頃思っている。でも、特定の誰かを殺そうとは思ったことないかもしれない。だって、めんどくさいし。それだったら、お菓子を食べているほうがましだ。



 「誰を?」



 「誰だろうねー」



 室ちんは意味がわからないというふうに首を傾げた。まぁ、俺もわかってないんだから、室ちんもわかるわけないよね。室ちんはまるでどこかの名探偵みたいに、顎に指をあて、考え込んでいる姿勢になる。あ、これ赤ちんもよくやっていたなー。メニュー考えているときとか、試合でベンチにいるときとか。


 「じゃあ、アツシは誰かの言いなり…とかなってない?」


 どこか言いづらそうに室ちんが言った。俺はよくわかんなくて首を傾げた。



 「言いなり…?」



 「そう、言いたいことを言えなくて、その人物の言うとおりになってたときに見るって聞いたことがあるよ。多分、アツシはその人物から自由になりたいんじゃない?」



 そのときに出てきたのは赤ちんの顔だった。俺が、赤ちんから、自由になりたい?何で?俺はべつに赤ちんから自由になりたいとか思ったことがないよ。だって、赤ちんから離れたら赤ちんが悲しい顔するもん。自分はいとも簡単に離れていくくせに。だから…だから?
 口の中の飴が煩わしくなって、歯で噛み砕いた。ガリガリと頭の中でその音がよく響いた。イチゴ味がじんわりと口内に溢れる。あぁ、そういえば、赤ちんの目も赤くて、イチゴみたいだねって言ったことがあったな。そのとき、ちょっとびっくりしたように目を開いたけど、そのあとにすぐ笑ったんだ。そう、笑ったんだ。愉快そうな、まるで自分が優位に立っているような。俺はその笑顔の意味がよくわからなくて、イライラした。赤ちんは俺を雁字搦めに縛るのが上手いのに、俺には全然縛らせてくれない。それが悔しくて、嫌で。だから…だから……
 口の中の飴はきれいさっぱり消えていた。







 「アツシ?」



 室ちんの声が聞こえる。あぁ、そういえば室ちんと一緒にいたんだっけ?で、俺が自由になりたいから、そんな夢をみるって言ったんだ。



 「逆だよ、室ちん」



 「え?」



 室ちんが首を傾げる。あぁ、やっとわかったよ。あれは赤ちんだ。殺そうと思って首を絞めようとしたんじゃない。自由になりたくて、首を絞めたんじゃない。



 「赤ちんをどっか行かないためにしたんだよ」



 ずっと俺と一緒にいるために。


END

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