Jack | ナノ


Fasem


それは、ジャックがティーを拾って三月になろうかというころのことであった。

口をきけるようになった少女と男の奇妙な二人暮らしには、ある変化があった。それは少女がもはや男の庇護の必要がないほど健康的になったことである。話し合いの結果、少女は男のそばにいることを選択した。それはまごうことのない彼女の意思であったし、男もそれを承諾した。決して少女の意思の介さぬような受動的な結論ではなかった。だからこそ、男はこの小さな同居人を受け入れたのである。

とはいえ、ジャックは大きな問題を抱えていた。一人の男として仕様のないことである。彼は、少女に色欲を抱いていた。男の性の衝動は時に暴力的で危険なものだ。今この時もジャックはそれを抑え込んでいた。彼が有するのは薄い紙ほどの理性である。

そもそも彼は人間独特の名誉や所属という欲求だけでなく、本能的な欲求も希薄であった。ティーと出会う以前の彼は、その底浅い欲望を満たすことに消極的で、度々自慰と変わらぬ淡白な交わりを重ねていた。他者に強い欲求を感じることがなかった。

しかし、一変して、この少女に出会ってからの彼は自身も不思議に思うくらい貪欲だった。女と呼ぶには幼すぎる少女にかつてない渇きを覚える。惹かれてやまない。身体中の細胞が少女に触れる度に歓喜で震える。彼は戸惑いを感じていた。そばにいると無性にそれに触れたくなるのだ。深く吸い、味わいたくなるのである。その衝動に抗うことは気が狂いそうになるほど難しかった。


「ティー」


呼べば、のこのこやってきて、傍らに寄り添った。その腹の内に気づかぬのか、少女は甚(いた)くを男のことを信用しており、こうして容易く体を預けてきた。布越しに伝わる熱。柔らかく温かい肉体がとろけるほどに美味であろうことはその香りが教えてくれる。


「お前、俺がどういうやつか、わかってないだろ」


男はソファーに沈みながら、唸るように言った。少女は小首を傾げて、男を見つめている。服を買い与えたというのに、相変わらず、男のシャツを一枚だけ羽織っていて、下には何もつけない。これは頑固なところがあって、注意してもきかぬのだ。


「もし俺がお前に酷いことするようなやつだったら、どうするんだ」

「ひどいこと、するの?」


たとえばどんな、と少女が言う。男は焚きつけられたように感じて、低い声で呻くようにその耳下(じか)へ囁いた。


「例えば、こんなふうに」


押し倒したソファにさらさらと音を立てて豊かな髪が流れた。小さな耳を食むと少女が鳴く。それも、こちらが痺れを感じるほどに甘く鳴いた。止められる気がしない。男の太い腕が、少女の背に回った。乱暴に抱き寄せて、飢えた刃が細い喉元に喰らいつかんとしたとき、少女の両の腕が、ひしと男を抱いた。言葉はない。少女の腕はぎゅうと力をこめて男の体を包んだ。

それから、どれくらいしていただろう。二人は抱き合ったまま動かなかった。予期しなかった抱擁に男はしばし呆然としていた。ただ、言い知れぬ安堵が男の胸を満たしていた。かつて抱いたことのない不思議な温もり。何時の間にか少女の方は静かに泣いていた。胸もとを濡らす涙が何故こうもあたたかいのか、男にはわからなかった。


「ジャック」


ほうと火が灯るような声が男の冷たい瞳を揺らした。離れ難くて、如何なる言葉も口に出なかった。
男は出来うる限り優しく少女の頭を撫でた。


「ずっと、このままがいい」


ティーはぽつりと呟いた。


「ジャックが拾ってくれた、あの日、目が覚めたとき、地獄にいるような最悪な気分だった。でも、ジャックを見たら、この人は、ティーの天使なのかなって。やっと天使が来てくれたのかなって、思った」

「俺が天使に見えたって?」

「うん。ジャックは、ティーの天使みたいな人。たくさん、やさしくしてくれた……」


少女の声は夢うつつにとろりとろりとしていた。一連のやり取りを全てを忘れて、ふわふわとした心地でいる。


「やさしくしてくれた……」


ジャックの腕の中で、ティーは再びほろほろと涙をこぼした。生温かいものが胸を湿らせている。そっと顔を此方に向かせると、大きな眼が美しく染まっていた。


「こうして、ずっと、このままだったらいいのに……」


そう言うなり、ティーは泣きながら眠ってしまったらしかった。くたりと力が抜けた幼い体を押し潰さぬようジャックはゆっくりと体を起こした。ティーの長い睫毛には涙の露が光っていた。


この少女が自分のそばにいることが良いのか悪いのか、ジャックにはわからなかった。けれど、少女は自分を受け入れ、信じている。それは揺るぎない事実のように思えた。何度も選択の余地を与えた。それでもティーは自分の意思でここにいる。


「俺も、何にビビってるんだか」


自嘲に歪んだ男の顔を少女が見ることはなかった。






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